第2章

        一年前


「あ、すいません」

「あーいえこちらこそ」

 肩がぶつかってしまった。若い女の人だ。バッグから書類がバサバサとこぼれる。

「ほんとにすみません!」

 慌ててそれらを拾う。

「あ、ありがとうございます……」

「どうぞ」

 そう言って顔を上げて拾った書類を渡す。

 息を呑んだ。

 なんて綺麗な人なんだ。

 顔がとても綺麗というわけじゃない。むしろ十人並みだ。でも、その憂いを帯びた瞳と、今にも崩れ落ちそうな微笑みが、言葉で言い表せないほど綺麗だった。

「あ、あの! 連絡先、聞いてもいいですか?」

「え……ナンパですか?」

「ちがいますちがいます。やっぱりなんでもないです。ごめんなさい」

「……えと、隣……に住んでますよね?」

「ええ⁈」

 よくよく見たらそうだ。隣の人だ。気付かなかった。でもいつもはこんな綺麗じゃないのになぜ……。

 というか! 隣の人をナンパしてしまった……。これから顔を合わせるとき気まずい……。

「あの、もう行っていいですか?」

「あああすいません本当にご迷惑おかけしました」

「それじゃ……」

 それから、ふと気付くと隣人を探すようになっていった。顔を合わせれば挨拶する仲ではあったので、その関係は続行していた。

 そして例のナンパ事件から二ヶ月程経ったとき、あることに気付いた。

 彼女と顔を合わせると、線香のような煙草のような甘い匂いがする。そういう煙草の銘柄なのだろうか。

 いや、違う。オランダに留学しているときに何回か嗅いだことのある匂いだ。

 大麻だ。

 警察に通報しようか迷った。でもそれ以上に、彼女ともっと話せるようになりたい。何か接点が欲しい。そんな思いが勝ってしまった。

 彼女と同じ匂いが、自分にまとわりつくようになった。

 それから八ヶ月後。彼女とは相変わらずだったが、ひとつ、変化があった。

 匂いがしなくなった。

 足を洗ったのか。自分はあなたのために手を染めたのに。

 許せなかった。だから計画を立てた。

 あなたを誘拐して、自分のものにする計画。

 計画はうまくいった。から、

 今夜はあなたとゆっくり過ごそう。








 

 快楽に浸かったあなたはやっぱり美しかった。思わず口付けをしてしまうほどに。

 

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隣の部屋は少し危険 内月雨季 @misaki78

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