第20話「犯人を探した件2」

 次第に状況を理解し始めた。

 店主と話している最中に、誰かが俺たちに向かって何か魔法を使ったんだ。

 魔法が放たれる一瞬前、ウィネットが俺の前に出た。


 次の瞬間には、俺は店の外で瓦礫の上にいた。


 見ると、さっきまで中にいたはずの店は瓦礫の山となり、ところどころから火が上がっている。煙で視界も悪い。


「一体何が……」


 更に視界の端ではヘスタが倒れている。

 気絶しているようだ。完全にのびている。


「死ね」


 瞬間、眼の前がちかっと光る。

 俺は咄嗟に自分の俊敏性を上げる。


 相対的に、自分の周りの物の動きがゆっくりになる。

 そして、襲撃してきた人間の姿を捉えた。


「クライアス……!」


 王城騎士団の元団長。

 やはり、この件にクライアスが噛んでいるのは確かだった。


 クライアスはこちらに向かって杖を振っていた。

 そこから魔力が溢れていて、こちらに放たれようとしている。


「まずいっ」


 クライアスの動きは周りの他の物よりもやや早い。

 元々の俊敏性が高いのか。


 急いでウィネットとヘスタを抱えてその場を離れる。

 その瞬間、背後で魔法が放たれた。

 瓦礫が粉々に砕ける音がして、間一髪躱すことができた。


「クライアス、お前が龍玉を奪った犯人か!」


 クライアスからすれば俺が瞬間移動したかのように見えただろう。

 少し困惑したような表情をしたが、すぐにこちらを威圧するように視線を向けてきた。


「龍玉? 知らないな。だが、今から死ぬのにそんなことを聞いてどうする?」


 矢継ぎ早に彼の杖から火炎弾の魔法が放たれる。

 二人を抱えながら攻撃を避けるのは厳しい。

 いや、避ける必要はないか。


「ハッキング――魔法防御を上昇」


 避けるのが難しければ、こちらの耐性を上げれば良い。


「効かないだと……この龍の力が!?」

「龍玉を飲み込んだのか」


 これが龍玉から得られる力か。確かに、強力だ。


「お前が俺を恨む気持ちはわかる。だけど、こんなことお前の身を滅ぼすだけじゃないか!」

「部外者が……偉そうにするな!」


 火炎弾が上空に放たれる。それは次第に雨のように街に降り注ぐ。


「くっ、二人が危ない」


 俺一人なら防御力を上げればどうとでもなるが、二人を庇いながらだと難しい。

 それに、このまま猛攻を耐え続ければジリ貧になる。

 俺に攻撃魔法があればいいんだが……


「そこだっ!」


 火炎弾の雨から逃げる俺にさらに追い打ちをかけるような一撃が放たれる。

 それに脚を取られその場に倒れる。気絶している二人から距離が開いてしまった。


 そこにすかさず、クライアスがやってくる。


「動くなよ部外者」


 彼はウィネットの喉元に杖の先をあてがった。鋭い杖の先がウィネットの肌を切り裂き、細く血が流れる。


「お前がどんな魔法を使っているかは知らないが、少しでも妙な真似をすればこの女を殺す」

「……一対一じゃ俺には勝てないか?」

「ふん」


 鼻で笑いながら、クライアスは杖を動かした。

 杖がさっきよりも深くウィネットの喉を抉る。


「ああぁ……」

「やめろ!」


 ウィネットが喘ぐ様子を見てクライアスが卑しく笑う。


「そうだ、お前のような凡人はいつもその眼で俺を見るんだ」


 駄目だ……怒りで心臓がバクバクしている。

 失神してしまいそうなくらい眼の前がクラクラする。

 怒りで我を忘れてしまいそうになる。


「う、ぐっ……」

「ふはは、苦しいか? 眼の前で仲間を失うぞ? もっと苦しめ、命乞いでもしてみろ?」

「ちが……」

「あ?」


 違う。

 なんだこの感覚は……内側から、何かが込み上げてくる。


「ああ! ああああああああ!!」


 苦しみに耐えかねて、俺は思わず叫んだ。

 身体が言う事を聞かない。

 自分の能力を抑えられない。


「な……なんだ?」


 やがて衝動が落ち着き、眼を開けるとそこには見たことのない光景が広がっていた。


 世界が静止し、無数の数字が周りを漂っている。


「なんだ、これは? 何が起こったんだ?」


 一瞬困惑するが、すぐにその答えが思い浮かんだ。


「この世界を、ハッキングしたのか……?」


 俺は、自分のスキルを理解した。

 スキルが暴走して、この世界に対してハッキングをかけてしまったらしい。


 そして、この世界ではもうステータスを改ざんするような真似はしなくてもいい。

 ただ、願えば良いのだ。


「クライアスから、俺の大切な人を守りたい……!」


 そう願った瞬間、俺のステータスが変化する。スキルまでも。

 やがて、世界がゆっくりと元に戻り始める。


「クライアス……最後のチャンスだ」


 再び動き出した世界でクライアスに問いかける。


「は?」

「今ならまだ許されるだろう。投降しろ」

「この状況で、まだそんな減らず口が……何?」


 彼は気がついたらしい。自分の杖が動かないことに。

 簡単なことだ、ウィネットの防御力を最大にしている。これ以上ウィネットに杖は刺さらない。


 そして、俺は魔力を手に込める。

 これが、俺が世界に願って手に入れた力だ。


「穿け! 氷の刃!」


 眼の前に氷柱が現れ、クライアスに向かって放たれる。


「そんなものっ……なっ!?」

「動けないだろ?」


 彼の体重を200キロ増やした。200キロの重りを背負ったまま、機敏に動ける人間なんていない。

 それがたとえ龍の力を持っていたとしても。


 俺は氷の刀を生成し、さらに自分の俊敏性を上げる。


「動くな……今度はこっちの番だ」


 身動き一つ取れないまま、クライアスの身体は氷柱に貫かれた。

 その痛みに悶える暇も与えず、俺はクライアスの背後に回った。


「貴様、どんな魔法を……」

「さあな、魔法なのか何なのか、俺にもよくわからない……ただ、一つだけ言えるのはこの力はお前を倒すためだけにある!」


 クライアスの背中に氷の刀を突き刺す。


「がっ……アっ!」


 身体を穿つ痛みに悶える。だが、殺すわけじゃない。

 刀の先端には禍々しい光を放つ玉が刺さっている。


「この力さえなければ、お前は何もできないだろ」

「やめっ……」


 龍玉に、更に氷の魔法をかける。


「はあ、夢のマイホームが……」


 俺は一つため息をついて、力を込めた。

 龍玉を覆い尽くしていた氷が一瞬縮まり、そして、粉砕した。

 すると、クライアスの身体から力がふっと消えた。

 同時に氷の刀を抜く。


「ふぅ……じゃあ、後はこの事実だけを残して……『Ctrl + Zもとに戻す』だ」


 その瞬間に世界が逆再生を始める。


 俺の世界ハッキングスキルは、どうやら一つの事実を変える能力で、逆に『一つの事実しか』変えられない。

 それ以外の事実はになり、世界は元に戻る。


 今回は、龍玉の存在を消し去った。


 時間が戻り、クライアスがウィネットを人質にとったところまで遡る。

 だが、もうクライアスに龍玉の力はない。突然力を失った彼は、後ろ向きに倒れた。


「何事だ!」


 すぐ衛兵が駆けつけてきた。だが、力を使い果たして、俺ももう立っていられずその場にへたり込んだ。

 あとは偉い人に任せよう……俺はもう疲れた……


 巨大連勤開けの帰宅直後のように、俺はぶっ倒れた。

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プログラマーが異世界転生した件 紙ひこうき雲 @kamihikoukigumo

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