第5話 この手に治癒魔法を(1)
ロージア大聖堂を入ってすぐにある一室。そこは用途の観点から『治療部屋』と呼ばれていた。
治癒魔法のスペシャリストが集うこのロージア大聖堂には、毎日のように治療希望者がやってくるのだ。
そして左目に眼帯を付けた赤髪の少女――ライナもまた、治療希望者のうちの一人であった。
彼女の周りには護衛とも言うべき使用人が、この部屋にいる聖女の数よりも多く付いており、さらには彼女自身もまばゆいばかりの優雅な雰囲気を放っている。
そんなライナの正体は、とある領主の娘――言うなれば貴族のお嬢様だった。
ただ、どこぞの自堕落聖女が想像しているような典型的わがままお嬢様なんかではなく、
「皆様、ごきげんよう。本日はお忙しい中、わたくしなどのためにお時間を割いて頂き誠に感謝申し上げます」
「あっ……は、はい、こちらこそ、光栄です……」
「あら? せっかくの綺麗なお召し物に、埃が付いておりますわ? わたくしめが払って差し上げましょう」
「いえ、だ、大丈夫です! ライナ様の手を汚すわけにはいきませんから……」
どちらかと言えば……いや、言うまでもなく彼女は、礼儀を重んじる模範的な淑女であった。歴戦の聖女達も、彼女からほとばしる女子力に圧倒されている。おそらく、この部屋にいる聖女全員が束になっても彼女には敵わないだろう。
それはさておき。
ライナが治療を希望した理由……それは眼帯から見て分かる通り、彼女は左目に大怪我を負ってしまったからだ。顔の美しさが評価に直結する貴族の令嬢にとって、それは大きな痛手だった。
しかも怪我の具合は相当に深く、失明寸前まで眼球が潰れてしまっている。なのでただ外面を治しただけでは視力が元に戻らず、より高度な治療を必要としていた。
しかし、高度な治療にはやはり、高度な治癒魔法の使い手が必須となる。当然、そんな治癒魔法の使い手がその辺に転がっているはずもなく、このロージア大聖堂に望みをかけたという次第だ。
「……そんなに重傷だったのですか」
使用人からの説明を受けた聖女達は、あまりに深刻な事実にまたしても圧倒されてしまう。果たして、自分達にライナの傷を癒せるのだろうか……と、皆が暗いムードに陥る中、一人の聖女がこんな提案をしてきた。
「そうだ、大聖女様ならあるいは――」
「それは無理よ」
しかし、別の聖女にばっさりと否定されてしまう。
「ええっ!? どうしてですか!?」
提案主である聖女は、当然のごとく否定された理由を求めてきた。
大聖女は聖女達の長であり、そして随一の治癒魔法の使い手でもある。今まで何度もその力で数多くの重傷者や難病者を救ってきており、今回に限って大聖女を頼れないというのはどうも納得がいかなかったのだ。
「これ、あまり大きな声で言えないんだけどね……」
「は、はい……」
「大聖女様は今、婦人会の旅行に行ってるの。二泊三日の温泉旅行だって」
「えぇ……」
なんというタイミングの悪さ。しかし、大聖女とて一人の人間なのだ。しかも五十歳の。そうである以上、たまには羽を伸ばさないと壊れてしまうのだ。
これで話は再び降り出しに戻ってしまう――と、誰もが考えていたその時だった。
「では、私に任せていただけませんか?」
この重苦しい雰囲気の中、名乗りを上げた聖女がいた。
彼女の名はエリシア。十五歳にして第七階位までの治癒魔法をすべて取得している、大聖女と比べても遜色ないほどに優れた治癒魔法の使い手だ。
あと、どこぞの自堕落聖女の親友でもある。
「そっか、エリシアなら……!」
「もう貴女にしか頼めないわ!」
そんな若きエースの登場により、さっきまでの悪い空気が一気に覆る。聖女達の期待を一手に受けながら、エリシアは前に出てライナと向かい合った。
「というわけで、私が貴女の目の治療をさせていただきます。エリシアと申します」
「エリシア様、ですか。わたくしと歳もそう離れてはいないでしょうに、皆様から期待されているなんて……とても優秀な方なんですね」
「そんなことありません」
「うふふ。謙遜なさらなくて結構ですよ? わたくしも貴方様にとても期待しています」
「ありがとうございます。ご期待に添えられるよう、私も精一杯頑張らせていただきます」
そう言ってエリシアは深呼吸をし、意識を集中させていく。
「ではいきます――第七階位欠損治癒術、《エクス・ヒール》!」
するとエリシアの指先から溢れんばかりの光が放たれ、またたく間にライナの左目を覆い尽くしていく。淡く、そして優しい光だ。
やがて光が完全に消えてなくなると、エリシアは眼帯を外してみせた。
「どうでしょうか。視力は戻りましたか?」
「駄目です。ほとんど見えません」
ライナは首を横に振る。
「そうですか……私の力が及ばず、本当に申し訳有りません」
「――まったく、本当よ。期待外れもいい所だわ」
「なっ……!」
その時だった。ライナの雰囲気や態度が豹変したのは。
あまりの変わりように、エリシアも己の目と耳を疑った。
「い、いけませんライナお嬢様! ここは屋敷の外ですよ!?」
慌てた使用人達が止めに入るが、時すでに遅し。ライナの本性は、さらに剥き出しになっていく。
「
「エリシアです」
「どっちでもいいわ。だって、あたしの目を治せない聖女に価値なんてないもの」
「…………っ!」
様々な感情が入り混じり、顔を歪ませるエリシア。
それを見かねた聖女の一人――最初に大聖女に任せようと提案してきた彼女が、ライナに猛抗議をぶつける。
「そんな言い方ないじゃないですか!」
「……いいの。私は気にしてないから」
だが、すぐさまエリシアは彼女を止めた。
「けど!」
「これは私の責任でもあるの。私が、力不足だっただけなのよ……」
「あら、よく分かってるじゃない。見直したわ」
皮肉っぽく言うライナ。
エリシアには返す言葉がなかった。
「で? 大聖女とかいう奴ならあたしの目を治せるわけ?」
「はい。大聖女様なら、あらゆる厄災を除くことが敵うはずです」
エリシアは力ない声で答える。
「そっ。だったらその大聖女とやらが帰ってくるまで、あたしはここに居させてもらうわ。いいわね?」
「……分かりました。特別に許可します」
「うん、よろしい。それじゃ早速、あたしはここを適当に見て回ってくるわ」
ライナはその言葉通り、部屋を飛び出して大聖堂の奥地へと足を踏み入れていった。
しかし、色々と目新しさはあるものの、なかなか彼女の興味を引くようなものは現れてくれない。
やがてライナは大聖堂の最奥、とある部屋の前にたどり着いて立ち止まった。
「書物庫、ねぇ……あまり期待はできないけど、一応入ってみましょうか」
そんなことをつぶやきながら、ライナは扉を開ける。
だが予想に反して書物庫は非常に広く、相当数の蔵書があるように見受けられた。
「ふぅん。結構すごいじゃない」
さすがのライナもこれには感嘆の息を漏らす。
自然と足は動いていき、気づけば書物庫を半周するまで歩いていた。
「……ん? 何かしらあれ……」
その時ライナの視界に映ったのは、本の山に埋もれている一人の少女……法衣を着ていることから、彼女もここの聖女なのだろうか。
恐る恐る近づいていく。
すると、その少女もこちらに気づいた。
本の山からひょっこり姿を現し、声をかけてくる。
「あれぇ? ここにシスター以外の人が来るなんて珍しいね」
それは引きこもり聖女にして闇魔法の使い手――クロエだった。
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