第6話 この手に治癒魔法を(2)
「貴女……いったい何者ですの?」
微妙に距離を置きながら、ライナが問う。
一応初対面の相手なため、猫をかぶったような口調に戻っていた。
「ボクはクロエ。見ての通り、シスターさ」
「シスター……わたくしはてっきり、司書か何かかと思いましたわ」
「司書かぁ。ま、似たようなもんだね」
「そうですか。では、わたくしのためにオススメの一冊を紹介してくれます?」
「いーよー。ちなみにどんな本がいいの?」
「そうですわね……ロマンチックな恋愛小説が読みたいですわ」
「恋愛……ボクはあまり読まないジャンルだけど、しいて選ぶならこれかな」
クロエが差し出した一冊の本。それは旧き時代に創られた、知る人ぞ知る名作に数えられる一作だった。
「礼を言いますわ」
本を受け取ったライナは早速、近くにあった椅子に座って中身を読み始めていく。
が、なかなか最初のページから進まない。
彼女はその本を相手に、しかめっ面でにらめっこをしていた。
「…る……の…をしよう」
「
「…の…、……な…でありながら」
「
「…に……な…る…いをしていた」
「常に暴虐な振る舞いをしていた」
「…に…………と…ばれていた」
「故に悪役令嬢と呼ばれていた」
ライナが読むのに苦戦していると察したクロエは、後ろから小声でフォローをしていく。
クロエにしては珍しく気を利かせたつもりだったが、ライナにとっては余計なお世話だったらしい。
その後すぐさま、怒涛の怒号がライナの口から飛び出してきた。
「ちょっと貴女! そんなことしなくても結構ですわ!」
「え、そう? だったらやめるけど」
「フン、それでいいのよ。さて続きを読みましょうか、えーと……(うっ、やっぱり読めない……)」
「無理しなくていいよ。その本ってだいぶ昔のだからさ、文字もちょっと古いのが使われてるんだよね」
「黙りなさい。本来ならこの程度、問題なく読めますのよ。ですが今のわたくしはほら、目を怪我しておりまして……(さっき考えたにしては上手い言い訳ね)」
「あー、確かに。眼帯してるもんね。……てことはもしかして、治療のために大聖堂に来た人だったりする?」
「よく分かりましたわね。そのとおりですわ」
「それじゃあ、目はもう治ってるんじゃないの?」
「いいえ。治癒魔法を施していただいたのですが、未だに左目は見えないままですわ(あのヘボ聖女のおかげでね)」
「ふぅん……だったらさ、今度はボクに任せてみない?」
「へ?」
予想外の言葉に、ライナは一瞬たじろいだ。
「任せてって、何をですか……?」
「そりゃもちろん、キミの左目の治療に決まってるじゃないか」
「貴女にそれが務まりますの? あまり優秀そうには見えませんが……」
「いーからいーから。物は試しって言うでしょ?」
「まあ、そこまで仰るなら……試してみなくもないですわね」
「よし、じゃあ早速準備するね!」
そうしてライナはクロエに促されるまま、目を閉じて時が来るのを待っていた。
まぶたの外では何かをやっている物音がするが、クロエに決して目を開けないよう強く言われているので、確認することはできない。
徐々に不安が募っていくが、
(ま、どうせ失敗するでしょうけど、その時は目一杯責め立ててあげるわ)
なんとも邪な心の声ではあるが、そう考えてもおかしくはない。なぜならライナからしてみれば、クロエはエリシアよりも年下に見えていたからだ。
そんな裏事情も露知らず、クロエは準備を進めていく。
そう、闇魔法の準備を――。
「じゃあいくよ。〈
やがてライナの耳に、聞き慣れない言葉が飛んでくる。
これも治癒魔法の一種なのかしら――などと考える隙もなく、ライナの左目には変化が訪れていた。
光を失った眼球に再び明かりが灯ったかのように、段々熱が帯び始めていく。
熱く、熱く――熱っ、え、ちょっと、熱すぎますわ!
「ひぃぎゃああああ! 目が、目が、灼けるように熱いですわあああ~~~っ!!」
床をのたうち回るライナ。
その異様な姿に、術者であるクロエもさすがに慌てた。
もう一度魔導書を開き、〈
「…………あっ」
何かに気づいた様子のクロエ。
実は彼女、憧れの治癒魔法が魔導書に載っていたことに大喜びした結果、視野が狭まってページに書いてあることの大半を見落としていたのだ。
ちなみにその内容とは、
――中級
で、ある。
一応「対象の傷を癒やす」という文面があるものの、これは紛うことなき拷問用の闇魔法だ。もはや「治癒魔法」とは対極にあると言ってもいい。
しかも術を解くには時間が経過するのを待つしかなく、ライナはただ黙って痛みに耐えるしかなかった。
その
いっけんすると一瞬で済むように思えるが、ライナにとっては永遠に等しい苦しみを味わったような感覚があった。
「はぁ……はぁ……」
「ね、ねぇ。大丈夫……? 目は、見えるようになった……?」
床にへたり込んで動かなくなったライナを、クロエが心配そうに見つめる。荒いものの息はしていることから、死んではいないようだが……。
――バッ!
急に上半身を起こすライナ。
クロエと目が合った瞬間、滝のような冷や汗が頬を伝っていく。
「目なら……申し分なく見えるようになりましたわ」
震えながらライナは言う。
「そっか、それならよかっ――」
するとクロエが言い終えるよりも早く、
「ですから、
とライナは逃げていくのであった。
そして彼女は大聖堂の長い廊下を走りながら、こんなことも誓っていた。
(もう、二度と他人を
形はどうあれ、彼女が改心を果たす日は近い――
かも知れない。
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