第3話 クロエの特技(1)
ロクに魔法を使えない上に引きこもってばかりのクロエが、未だに大聖堂を追い出されていないのにはもちろん理由がある。それは、他の聖女には決して真似できない特技がクロエにはあるからだ。
しかし、当のクロエはこの特技を忌み嫌っていた。なぜならこの特技のせいで、月に一度、書物庫を出ないといけないからだった――。
「やだ! 今月こそは絶対サボる!」
「ダメよクロエ。そんなことしたら、書物庫どころか大聖堂からも追い出されちゃうわ」
駄々をこねてばかりのクロエを、エリシアが無理やり引っ張って書物庫の外に連れ出す。
いつも「外に出たくない」と言っているクロエではあるが、彼女の言う「外」の範囲は「大聖堂の外」である。なので、書物庫の外はギリギリセーフだ。
「ほら、ちゃんと自分の足で歩いて」
「はいはい、分かったよ、分かった分かった」
ぶーたれながらも自分の足で歩くクロエ。そんな彼女が次に連れてこられたのは、聖女達が普段使っている大浴場だった。
そこの脱衣所に一歩足を踏み入れると、待ち構えていた聖女数名によって一瞬のうちにタオル一枚巻いただけの姿にさせられ、浴室へと向かわざるを得なくなってしまう。
「ほら、私も付いてってあげるから。今日くらいはちゃんと体洗わないと」
同じくタオル一枚となったエリシアが、クロエの手を引く。
「えー。ちょっと湯に浸かったら充分っしょ」
「あのねぇ。それじゃあ汚れが落ちないでしょ? 背中を流してあげるからここに座って」
「はいはい。けど、汚れなんてないと思うよ? ボク、そういう体質なんだ」
「そんなわけ……って、嘘!? ホントに垢一つ出てこない……。なんで? 日に当たってないから?」
「ふふふ。これも神様の御加護あってのことだね」
生意気な笑みを浮かべるクロエ。
するとエリシアはカチンときて、クロエの背中を粗布で思いっきり擦った。
「ぎゃっ?! な、なにするのさ!」
「あ、ごめんごめん。私はクロエと違って日にも当たるし、汗もよくかくからさ。つい普段やる感じでやっちゃった。けど許してね、これくらい強く擦らないと汚れって落ちないんだよねェ!」
「痛い痛い! ボクが悪かったから許してよぉ!」
「そうだ、髪も私が洗ってあげる。こんなに綺麗な髪なのに洗わないのはもったいないでしょ?」
「いやー! 目が、目が染みるー!」
「こら、動いちゃダメ!」
「ひぃぃ……」
そんな感じで全身をくまなく洗われたクロエ。湯の中にも百を数えるまで入れさせられ、完全無欠の清潔状態で再び脱衣所へと戻るのであった。
元々着ていた法衣はすでに洗濯に出され、代わりに用意されていたのは純白が際立つ特別な
それに着替え終えたクロエが次に向かったのは、大礼拝堂――四対の巨神像が天井を支える、神話のとある一節を模した大広間――の扉の前だった。
向こう側からは、大勢の人々が話す声が聞こえてくる。クロエを憂鬱な気分にさせる、不快でしかない音だ。
しかし、ひとたび扉を開けて彼らの前に立つと、先程までの喧騒が嘘のように静まり返った。老若男女、大聖堂近辺に住む者から遥々遠方から来た者まで、みな等しく視線をクロエに送っていた。
ちなみにクロエが立っているのは地上三階分の高さにある、壁から突き出たバルコニーである。
そのため下にいる人々の数は手に取るように分かり、軽く見積もっても一千人はいる。
だが、クロエはまったく緊張する気配を見せない。この程度のこと、月に一度のペースで何年も繰り返しているからだ。
(すぅっ――)
程なくしてクロエは軽く息を吸い込む。
そして次の瞬間――大礼拝堂は美しい歌声に包み込まれていた。
今聞こえてくるのは、『聖歌』の第一節目である。歌い上げているのは、信じられないかも知れないがクロエだ。
彼女の歌声は聴く者の心を魅了してやまない。ある者は目を閉じて聴き入り、さらにある者は涙まで流していた。
やがて最終節まで歌い終えると、今度は静寂した空気から一転、鳴り止まぬほどの拍手が響き渡る。
クロエの特技とは、澄み切った青空のような美声による歌唱だった。
これは月に一度行われる『礼拝の儀式』での一幕なのだが、同時に大聖堂へのお布施金が最も入る日でもある。それはやはり、クロエの歌声による功績が大きい。
もっとも、単純に人が多く集まるからというのも間違いではないのだが、クロエが運悪く風邪にかかって(クロエにとっては運良く)歌わなかった月は、いつもと比べて半分近くお布施金が減ったという。
これが意味するのは、信徒はクロエの歌声を求めているということだ。彼女が未だに大聖堂を追い出されていないのは、大切な信徒のためである部分が大きい。
……と、綺麗事を並べてみたが、一番の理由はやっぱりお金のためである。聖女達だって一人の人間なのだ。そうである以上、先立つ物はやはり……。
クロエが未だに大聖堂を追い出されていない本当の理由は、つまりそういうことである。
――ちなみに。これまでの一通りの出来事は、クロエが闇魔法の力を得る以前のことだ。
その証拠に、クロエは「やだ!」と拒絶心を剥き出しで言っているのにも関わらず、闇魔法の攻撃術――〈
そしてまた今月も、クロエにとって憂鬱でしかない
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