第2話 クロエの親友
ロージア大聖堂の一角にある、広大な面積を誇る書物庫。国にあるすべての本が貯蔵されていると専らの噂だが、最近は
そのため最早クロエの所有物と化しているこの書物庫ではあるが、誰でも入れる部屋でもあるため利用者は多くはないが一応いる。
「ごきげんよう、クロエ」
「やぁやぁ、エリィじゃないか。今日は何しに来たの?」
「子供達に読み聞かせるための本を取りに来たの。貴女も探すのを手伝ってくれる?」
「うん、いーよー」
口調からして正反対の二人。
見た目も正反対と言ってもいいくらいの黒髪で、瞳は凛とした赤紫色。
治癒魔法に関しても、魔法をちっとも使えないクロエに対して、エリシアは他の聖女から一目置かれるほどには優秀だ。
あえて共通点を挙げるとすれば、十五年前にこのロージア大聖堂で生を受けたという点くらいか。
と言っても、魔法を使えないというのは昨日までの話。今のクロエは魔法を使うことができる。……できるのだが、使えるようになったのが闇魔法のため、堂々と見せびらかすことはできない。
なのでできることと言えば、一人しかいない時に魔導書を読むことくらいだ。ついさっきも、エリシアが書物庫に入ってくるまでは魔導書を読んでいた所である。
「……ねえクロエ、この本は何?」
エリシアが手に取った一冊の本を見て、クロエはドキッとする。それは机の上に置かれたままの魔導書だった。あろうことかクロエは、魔導書を隠すことを忘れてしまっていたのだ。
「あっ! そ、それは……」
「すごく怪しい本ね。タイトルもないし……」
「え?」
意外そうに驚くクロエ。
彼女からははっきり見える『
なんとも不思議なことではあるが、そのおかげで闇魔法の魔導書だとはバレずに済んだようだ。
「クロエ……貴女はこの本をもう読んだの?」
「う、ううん。読んでないよ。ははは……(もちろん嘘だけど)」
「そう。なら絶対に読まない方がいいわ」
「どうして?」
「だって、この本からはすごく邪悪な気配を感じるんだもの」
「そ、そうなんだ……」
クロエが例の魔導書を見かけた時は、変な本だと思っただけで微塵たりとも邪悪な気配は感じなかったが、やはり分かる人には分かるらしい。
となるとエリシアだけでなく、大聖堂にいる聖女なら誰でも分かりそうだ。クロエは今回のような不注意を二度と起こさぬよう誓いを立てる。
そしてエリシアも本来の目的を思い出したようで、それ以上の詮索はすることなく魔導書を元あった場所に戻した。
「おっと、こんな話をしている場合じゃないわね。早く読み聞かせの本を探さないと」
「だったらこの本がオススメだよ」
そう言ってクロエが見せたのは、とある勇者の一生を描いた絵本だった。
「それって、ただの冒険物語よね。私はそんな本よりも、こっちの方が適していると思うわ」
対するエリシアが見せてきたのは、神の教えがいかに大切かを説いた、兎にも角にも頭の硬そうな本だった。確かに聖女は教えを広めることも努めの一つではあるが、果たしてエリシアは
(エリィは真面目なのが良い所だし、悪い所でもあるんだよねー)
クロエは苦笑を浮かべる。だが、ここで引き下がっては子供達がただただ退屈な時間を過ごすだけとなってしまう。どうにかして考えを改めさせなければ。
と、そんな時に頭の片隅に思い浮かんだのが――闇魔法だった。
確か、こういう状況で使えそうな闇魔法があったはずだ。クロエはこっそり魔導書のページをめくる。
(……あった! 十二ページ目!)
――初歩的洗脳術、序列の十二番〈
書いてある内容を心のなかで復唱したクロエは、さっきまで意気揚々としていた気持ちが萎縮してしまう。なぜなら洗脳だの服従だの、穏やかでないことばかり書かれているからだ。
とは言え闇魔法が危険なのは重々承知しているし、それが分かった上で闇魔法と向き合っていくと心に決めたばかりなのだ。
そう考えると、今は闇魔法の実験ができるいいチャンス。逃す手はない。
「ま、後のことは後で考えればいいよね。というわけで――」
ニヤリと怪しい笑みを浮かべ、クロエは詠唱を開始する。
「――〈
「どうしたの、クロエ。突然変なこと言っ――」
突如エリシアの身体は、時が止まったかのように動かなくなってしまった。視線もどこか虚空を見つめている。
「えーと……これでいいのかな。それとも他に何か……」
いつまで経っても動く気配がないエリシア。そこでクロエは、耳元で「ボクの本を選ぶ」と囁いてみた。すると――
「はっ! 私、なぜか急にクロエの本を選びそうになったんだけど……なんで?」
何事もなかったように、エリシアは再び動きだしたのだ。しかも今の言葉からして、闇魔法の実験は成功と言える。
「それはたぶん、神様からのお告げだよ。だからさ、素直に従っておくべきだとボクは思うな~」
「うーん、ただの直感だと思うけど……まあいいわ、今日はクロエの本を選んでみるね!」
にかっと白い歯を見せる、エリシアにしては珍しい無邪気な笑顔。対するクロエも、はにかんだような笑顔で応えた。
こうしてどちらの本を選びかという小さな論争に、一応の決着が着いたのであった。
「じゃ、私はもう行くわね」
エリシアは勇者の姿が描かれた絵本を片手に書物庫を出ていく。
「うん、バイバイ」
クロエは彼女を見送った後、ふと考える。
(魔導書に書かれてることと、実際の効果が違ったような気がしたなぁ。効果が小さいと言うかなんと言うか……やっぱりもっと練習しないといけないのかな?)
研究は、まだまだ続く……。
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