4-3.裏切らないと。誠実であると。幸せにすると。
遅れたというのに、ふゆ
「よくも遅刻して、悪びれた様子一つもないもんだねぇ」
「女には支度がかかりますの。それを捨てたハナミ、あなたにはわからないでしょうけど」
「減らず口を叩くもんだ。今ここで食ってやってもいいんだけど、オレは」
にたり、とハナミは笑う。長い犬歯を剥き出しにするように。
二人の険悪な情調を止めたのは、誰でもなく
「そこまでにしろ、二人とも。よく来た、ふゆ
「
嬉しそうに微笑むふゆ
「貴様は相変わらず無作法な蜘蛛だな。
「禁則事項ではございませんでしょうに。犬神、あなたはただ、羨ましいのでは?」
「小娘程度が……」
らんがこぶしを握り締めたのを、
「落ち着けといったはず。ここで殺気を出すことは禁じている」
「ほんに、ほんに。まっこと穏やかではないのォ」
肩を軽くすくめたふゆ
「それで? 話はどこまで進みましたの?」
「人柄か、能力か、よ。あの娘、花と念話まではできておる」
「ま、いつの間にかしら。……ですが
流し目で見つめられ、
冷たい瞳だった。憎悪も怨念も通り越し、無価値なものを見るような目だ。
(これならまだ、前の方がましだったかもしれないわ)
背筋が自然と総毛立つ。だがここで、弱い自分をさらけ出すにはいかない。手の震えをこらえ、なんとか微かにうなずいた。
「ふゆ
「
「はい、らんさま。そのとおりです」
「アンタは十八だっけか。オレたちにとって八年ってのは短いけどさ。人の身なら長く感じるくらいの年月だよなぁ」
「この先、開花させられるか否か。中途半端なものを
やはり、
歯がゆさに、唇を真一文字に結んだ、そのとき。
「長い目で見守る、というのも必要なのではありませんの?
助け船を出したのは、誰であろうふゆ
突然救いの手を差し伸べられた気がして、
「期間を設けて、それまでに
「期間、か。なるほど。珍しくまともなことをいうな、土蜘蛛」
「ふむん、それであるならば。まあ、許せるであろうか」
「どうしたの、アンタ。ずいぶんしおらしいじゃないのさ」
らんと
「失礼な
「さて、どうだかね」
「期間はまた後で設けるとして」
ハナミを無視したふゆ
「お約束なさい、
「は、い。それは……もちろんです」
気配に圧倒され、しかしやっと出た言葉は本心からのものだ。
疑問に思う
「本人もこう言っておりますわ。
ふゆ
「仕方ない。この場は一度、収拾するとしよう」
「犬神のいうとおりじゃのォ。
「そうだねぇ。オレもそれで構わないよ」
らんたちは一斉に
「協力、感謝する」
「やめておくれよ、
「とは言え、まだ完全に
「ほんに、ほんに。まあ、またの機会に集まることにしようぞ」
あくびをする
「また後日に会同を開こう。今日はみな、苦労だった」
「は。それでは我らはこれにて」
「やっとこさ食事ができるってもんだ。オレ、もう腹が空いちまったよ」
「ではでは、
「ああ。気をつけて帰ってくれ」
それにしても、ふゆ
言葉では助けてくれた。それは事実だ。だが、何か含みがあるような気がして、素直に受け止めることができない。
(わたしの心が狭量なのかしら……)
らんと
「今日は助けられた。感謝する、ふゆ
「
ふゆ
「は、はい。ふゆ
「
「なんだろうか」
「実はここ最近、満月が近いためか体の調子が悪いのですわ。
着物の袖で顔半分を覆う彼女は、確かに少しばかり青ざめている。
「
「いいえ。
「君の城へ行くことに問題はないが……」
あ、と
たぶん、彼は
「あなたさま、どうぞふゆ
「
「わかった。先に行ってくれ。あとから向かう」
「では、蜘蛛車でお待ちしておりますわね」
唇をつり上げたふゆ
彼女は何もいわなかった。嫌味や
扉が閉まり、
「……すまない、君を一人にしてしまう」
「気になさらないで下さい。大切なお仕事なのでしょうから」
「ああ。
近付いてきた
「一日くらいで帰ってくる。君と離れるのは、寂しいが」
「あなたさま……わたしもです」
手のひらに頬擦りしてささやく
「ツキミは置いていく。二人でゆっくり羽を伸ばすといい」
「いいえ、ちゃんとわたしの仕事をします。お帰りを待ち侘びておりますね」
「うん……行ってくる、
「お気をつけて」
静かに、
玄関の近くには、巨大な蜘蛛を馬代わりにした馬車が止められていた。
まるで名残惜しい、といわんがばかりにこちらを見る
本当は、もっとずっと一緒にいたい。だが、
(これが寂しい、ということ)
蜘蛛車を見送り、すっかり静まった玄関で一人、目を閉じる。
冷たい風が髪をさらっていった。ほつれた毛を手で押さえ、屋敷へと戻る。
その夜、
虫一つの声もしない庭を見ながら、ただ、まどろみが来るのを待った。
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