4-2.必要なのは能力の有無

 しばらくしてツキミが起きたのち、事態は急速に動いた。


 まずは四人のおさの招集だ。犬神のらん、九尾の銀冥ぎんめい、土蜘蛛のふゆ夜叉鬼やしゃおにのハナミ。この四名が会同することは、滅多にないと真鶴まつる加賀男かがおから聞いた。


(ふゆさまも来る……他のお三方も)


 曜紋ようもんが五つ入った黒留袖くろとめそでに着替えつつ、一抹の不安を感じる。


 彼女は以前、屋敷から飛び出したきり、姿を現すことはなかった。真鶴まつるが一人のときも、加賀男かがおと共に蛇宮へびみやに出かけた際にも、だ。


「ふゆさまの誇りを傷付けてしまったけれど……大丈夫かしら」

『何を心配してんのさ、真鶴まつる


 ツバキの声が頭に響いた。かんざしを挿し、支度を終えてから縁側のふすまを開ける。


 紅の花弁を風に揺らせたツバキが、微かに全体を金色に光らせている。


「今から四人のおさに会うとなると、不安で」

『自信を持ちなよ。大丈夫だってば、ねえ、樫』

『ツバキは気楽でいいのう。真鶴が不安なのはわかるぞ』

「ええ。まだ長雅花ながみやばなを咲かせていないから……あなたたちとは話せるようになったけれど」

『それで十分だと思うけどな、あたいは』

長雅花ながみやばなは奇跡の花。病も怪我もたちどころに治すもの。そう簡単には咲かせられまい』

「そう、よね。念話ができるようになっただけでも、わたしにとっては大きな成長だわ」


 けれど、と真鶴まつるは顔を伏せ、唇に触れた。


 きっとおさたちは、不完全な部分を突いてくるだろう。古野羽このは家の人間として未だ認められていない自分を、星帝せいていの妻に添えることを、やすやすと許すとは思えなかった。


「ひいさま、失礼しますの。おさの皆さまが応接室に集まりましたの」

「……ありがとう、ツキミさん。今まいります」


 ツキミの声に振り返り、口をきゅっと締める。


 部屋から出て、背筋を正した。ツキミは付き従ってくれてはいるが、おさの四人がいるとなるとさすがに緊張もするのだろう。露骨に顔が強張っているように見えた。


 応接室までの道のりが、今まで以上に長く感じる。それでも加賀男かがおと共にいたい、その気持ちだけで足は進んでいった。


星帝せいていさま、おさの皆さま。古野羽このは真鶴まつるひいさまをお連れしましたの」

「入れ」


 応接室の奥から聞こえたのは、厳しい加賀男かがおの声だ。


 ツキミが扉の片方を開ける。真鶴まつるは一度目を伏せたのち、意を決して前を見据えた。


「失礼いたします」


 そうして視界に飛びこんできたのは――


「なんだい、ずいぶんちっこい娘だね」


 こめかみに象牙色の角を生やした鬼人の女が、着物を揺らして豪快に笑う。


「小さいが大きいが関係ない。必要なのは能力の有無」


 真鶴まつるをきつくねめつけるのは、狼の耳を持った軍服の男。


古野羽このはの出来損ないが、よくまあ、黒留袖くろとめそでなどを着ておるのォ」


 侮蔑ぶべつを隠そうともしない様子で、九本のキツネの尾を持つ衣冠いかん姿の青年が首を振る。


(右にいらっしゃるのが夜叉鬼やしゃおにのハナミさま。左におられるのが犬神のらんさまと、九尾の銀冥ぎんめいさまね……ふゆさまは?)


「ご挨拶が遅れました。お初にお目にかかります、古野羽このは真鶴まつると申します」


 三人しかいない、ふゆの姿がないことをいぶかしみながら、真鶴まつるは深々と礼をした。


「座ってくれ。丁度、君の話をしていたところだ」

「はい。失礼いたします」


 黒い大島紬おおしまつむぎの羽織と着物を着こなす加賀男かがおに勧められ、真鶴まつるは用意された椅子へと腰かける。


 威圧感が凄まじい。とりわけ、男二人の視線も厳しいものだ。夜叉鬼やしゃおにのハナミだけは、どこか興味深そうに真鶴まつるを眺めている。


 話の口火を切ったのは、湯飲みを置いた加賀男かがおだ。


「先程も言ったように、俺は彼女を正式に娶るつもりだ。祝言しゅうげんを挙げたい」

星帝せいていさま。噂では、真鶴まつる嬢は花と念話ができないと聞いています。力も使えない半端者に、天乃あまのの血を汚させるわけにはまいりません」

天乃あまの家は代々、平安よりも古来から、我らの調停役を担ってきた家系。出来損ない程度が天乃あまのの家に入ることは……のゥ、犬神よ」

「珍しい意見の一致だ、銀冥ぎんめい陽月ひづき家の連中、役立たずを押しつけただけなのでは」

「その能力のことだが」


 らんと銀冥ぎんめい、二人の糾弾に加賀男かがおいかめしい声音で告げる。


真鶴まつるはすでに、花との念話をすることが可能だ。庭に咲く夜ツバキと会話している」

「へぇ。一体いつの間にだい、星帝せいていの旦那」

「つい先程」

「それが真実ならば、真鶴まつる嬢。机の上にあるツバキと対話することは可能か」


 らんに言われ、真鶴まつるははじめて気付いた。一輪のツバキが水差しに入れられ、机の中央に置かれていることを。


「どうなのかえ? できるのか、できんのか」

真鶴まつる

「……やらせていただきます」


 全員の注目を浴び、内心震えていた。


 上手くできるか、緊張で唾を飲み込みつつ、ツバキへと集中する。


(手折られたツバキさん……どうかわたしの言葉に応えて。あなたとお話しがしたいの)


『めちゃくちゃ乱暴に折られて、痛いんだけど』


 少しの間を置いて、ツバキが怒りを押し殺した念話を伝えてきた。


「この子は……乱暴に手折られたことを怒っているようです」

「そんなもの、少し見ればわかることよ。傷跡で確認することもできるであろ」


 対話できたことにほっとしたのも束の間、銀冥ぎんめいが鼻でせせら笑う。


『あたしを折ったのは、ハナミさま。ハナミさまが裏庭で折って持ってきたのよ』

「失礼ですが、ハナミさまが裏庭から手折って持ってきたのだと。そう告げてきています」

「おやま、ばれちまったら仕方がないねえ」


 ハナミを見ると、彼女はにやりと口の端をつり上げた。


 らんと銀冥ぎんめいが顔を見合わせ、苦いおもてを作る。


真鶴まつるが有する力の有無は、わかっただろうか」

「使用人に聞いたのかとも思います。では、今度はこれはどうだ」


 そう言って、らんが机に置いたのは一つのしおりだった。真鶴まつるの目の前に投げ渡されたそれには、カスミソウの押し花がある。


 真鶴まつるは、茶色がかった可憐な押し花のしおりに手を触れることなく、ただ注視した。


「カスミソウさん。お話しはできますか?」

『いいよ、古野羽このはのお嬢さん』

「何か一つ、らんさまのことを教えて下さい」

『実はここだけの話、銀冥ぎんめいさまの尻尾に憧れてるんだって。せめて二つはほしいって思ってるみたい』

「それは、話してしまってもいいものでしょうか……」


 悩みあぐねる真鶴まつるを見てか、らんがけわしい視線を送ってくる。


「何を聞いたか知らないが、とっとと口に出せばいいものを」

「ほんに、ほんに。なんじゃ、犬神の話というのは」

「ええ、と……らんさまは、銀冥ぎんめいさまの尻尾に憧れていらっしゃいます。二つは欲しいらしい、と」

「なっ……」

「ほう、犬神よ。我の尾が羨ましいか。そうか、ハハハ」


 銀冥ぎんめいの持つ檜扇ひおうぎで肩をつつかれたらんが、顔を朱に染めつつ無言で真鶴まつるを睨んだ。


「秘密を聞き出すなど、狡猾こうかつな」

「そうでもしないとお前たちは納得しないだろう」

「し、しかし星帝せいていさま。まだこのものは、長雅花ながみやばなを咲かせてはいません」

「ふむ、そうさな。祝貴品しゅくきひんたる長雅花ながみやばな。それを咲かせて古野羽このはの女は一人前よの」

「なあなあ。ちょっとさ、オレにも話させてくれないかね」


 痛いところを突かれた、と真鶴まつるが感じた刹那、今までほとんど黙っていたハナミが口を開く。


「なんだ、夜叉鬼やしゃおにのハナミめ」

「アンタら結局、どうしたいの。どうなってほしいんだい、星帝せいていの旦那にさ」

「無論……つつがなく幸せになっていただきたい。それだけだ」

「うむ、それもまた犬神と同じよの。我らの名付け親にしてあるじと認めたお方には、いつも心、健やかであってほしいと思うぞよ」

星帝せいていの旦那の願いは、このちっこい娘と結ばれること、じゃないのかい?」


 ハナミが立派な角を指で掻き、らんと銀冥ぎんめいを見つめた。


「二人が思い合っているなら、オレは祝言しゅうげんをしようが何をしようが構わないさ」

「貴様はただ酒を飲みたいだけだろうっ」

「あれま、わかっちまった? でも、今まで星帝せいていの旦那が誰かと一緒にいて、こんな穏やかな気配を出してることってあるかい?」

「それは……」


 ハナミの言葉に、らんはあからさまに動揺した素振りを見せる。


「力の有無も大事だろうけど、人柄がまず肝心だとオレは考えるねぇ。幸い、この娘はあの土蜘蛛みたく高飛車じゃない。使用人たるオレの娘にも、優しい」


 言って、ハナミは豪快に笑った。


「娘というのは、まさか……ツキミさんのことですか?」


 つい、真鶴まつるは話に口を出してしまった。ハナミは寛容な態度を見せ、うなずく。


「ツキミはオレの子の一人。いつも世話になってるみたいだねぇ」

「そうだったんですね。わたしの方こそ、ツキミさんにはいつもお世話になっています」

「話を逸らすでない。なごむな、夜叉鬼やしゃおに。ふむ、人柄か……」


 銀冥ぎんめいが唇を尖らせて、畳んだ檜扇ひおうぎで顎を叩いた、ときだ。


「失礼しますわ、皆さま」


 扉が数回叩かれる。同時に聞き覚えのある声に、真鶴まつるははっとした。


 開いた扉から現れたのは、朱色の着物に身を包んだ――


「遅れてごめんあそばせ。三名のおさには、そして星帝さまにはご機嫌うるわしゅう」


 紅の唇をつり上げた、ふゆだった。

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