3-6.優しさは毒にもなりうることを
※ ※ ※
馬車に乗り、
「ありがとうございます、あなたさま。
「……」
今まで以上にゆっくり歩く
「あなたさま?」
「ああ。……その
「い、いえ、何も。どうしてでしょう」
「まつろわぬものの気配がしたから」
「
「……ならばいいんだ。怪我はしていないか?」
「はい、どこにも怪我はありません。大丈夫です」
緑に包まれた庭を行き、首を横に振る。「うん」と
なぜだろう。
意地悪をされていることくらい、わかってはいる。それでも彼を慕い、思っての行為なのだ。釣り合わない自分が悪いだけ。
(せめて力を使えていたなら……)
つらつらと考えているうちに、裏庭の方へと出た。
途中でナラなどが並ぶ中に樫の木を見つけ、つい足を止めた。
「どうした」
「樫の木がありましたもので。実家にいたとき、あの木には助けられたのです」
「そう、か。念話を試してみるか?」
「ぜひ……
「やってみるといい。きっと、大丈夫だ」
「……はい」
腕を組む
樫の木は大きい。自宅にあったものよりも、遙かに立派だ。
こくりと唾を飲み、幹に触れて目を閉じる。
「挨拶を欠かして申し訳ありません。わたしは
ふうわりと、一本縛りにしている髪の毛が揺れた。
「わたしはあなたたちと仲良くなりたいのです。どうかお返事を下さい」
木を撫で、一心に念じる。生温い風が強く吹いた、直後――
『
「あ……」
頭の中に、しわがれた、楽しそうな声が届いた。
『話は
「みんなが無事……よかった」
『我ら草木のもの、汝を歓迎しよう』
「ありがとうございます、樫さま。至らぬ身ですが、どうぞまた、お話しさせて下さい」
『うむ。困ったことがあったなら、いつでも我らに話すとよい』
樫の梢が揺れると同時に、他の草木たちも音を立てる。風があるからではないことを、
「上手くいったようだな」
「はい。皆さん、わたしを受け入れてくれたようです。花との念話はまだできませんけれど」
「毎日練習するといい。積み重ねは肝心だ」
「ですが……ここには花がなくて」
腕をほどいた
「ここいらの花々は、開花を
「どうしてですか?」
「……花を見れば、君が
「花に罪はありません。あなたさま、どうか花を咲かせてあげて下さい」
「辛くは、ないか」
「もちろんです。このツバキを、わたしも見てみたいですから」
「わかった。今、
おごそかに
「影に住まう花、夜ツバキよ。いましめを今、ここに
告げた途端だ。ツバキの葉っぱから黄金の煙が立ちのぼる。
すると一斉につぼみがつき、金色の
庭中に広がり、緑の中へ彩りを添えたツバキは月に照らされ、
「とても綺麗ですね」
「そうだな。花はずっと美しい」
しみじみとした口調だった。
今日は、特段穏やかな
「ありがとうございます。これで力を使う練習ができます」
「ああ。……そろそろ屋敷に入ろう。
「もうそんな時間なのですね。
「今日は出かけて疲れただろう。夕食はツキミに任せておくといい」
「わかりました。でも、野菜の丸かじりはだめですよ?」
「……そうする」
子どもじみたように、
裏庭から表の玄関へと回る。気配を察したのか、玄関の戸を開けたのはツキミだ。
「お帰りなさいですの、
「今帰った」
「ただいま戻りました、ツキミさん。お掃除などやらせてしまってごめんなさい」
「いーえ。お夕飯、頑張って作りましたの。食べてやってほしいですの」
得意げに胸を張ったツキミが、「あっ」と声を上げた。
「そういや、みつやさんがきてますの」
「追い出しても構わんが」
「夕飯を食べるまでは帰らない、って言ってますの」
「やあやあ、お二人さん。さっきぶりだねえ」
洋館側の廊下を歩いていた際、一室から顔を覗かせたのは、みつやだ。
その部屋はどうやら、客室兼書庫になっているらしい。ジャケットを脱ぎ、シャツ姿になった彼は、まるで我が物顔で
「お前を呼んだ覚えはない」
「あれ、まだ怒ってんの? 大丈夫だって。食事したらすぐ
けらけらと笑うみつやに、
「着替える。準備が整うまで、大人しく本でも読んでいろ」
「はいはいっと」
「……君も、着替えてから食事処へ」
「わかりました。では、またのちほど」
ツキミもお辞儀をしたのち、食事の準備をするために台所へと走っていった。
「ねえ、
「え……いいえ。話していません」
みつやは
「嫌がらせをされてるだろうに。これ以上ひどくなったらどうするのさ」
「……わたしには、ふゆ
「なんで?」
「わたしに力があったなら、きっとあの方も納得して下さったでしょうから」
事実を告げただけの
「君は慎ましやかで、優しい。それはね、美徳だと思うんだよね」
「は、はあ」
「でもね、覚えておいて、真鶴ちゃん。優しさは毒にもなりうることを」
「優しさが、毒……?」
「ちょっと考えてみて。自分の頭で。考えること、すなわちそれは人の証である」
混乱する
(優しさは、毒)
しばらく
謎かけめいた言葉に対する答えは、すぐに出そうになかった。
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