2-6.ねむっていいのかしら
※ ※ ※
ふゆ
「お茶の方、大変美味しゅうございましたわ、
「お野菜、どうか食べて下さいましね。
「……はい」
「今日はわざわざすまなかった。
「
妖しく笑みつつ、ふゆ
扉が閉まるのを見て、
「どうかしたのか」
手の震えを着物の袖で隠す自分を見てだろう。加賀男が柔らかい声で問いかけてくる。
「い、いえ」
「疲れさせてしまったようだな。顔色が悪い」
「大丈夫です……慣れない方々に、緊張をしただけですので」
かぶりを振り、口角を上げようとしてみた。無理だ。頭も上手く働かない。
「……口に、合わなかっただろうか」
「え?」
「その、茶だ。
「そんなことはありません。お茶は、嫌いではありませんから」
「この茶は……君のために
太く、それでも透き通る声音が
手の揺らぎを抑え込み、湯飲みを手にする。すでに温くなってしまった茶は、それでも微かに匂い立っていた。
目をつぶり、そっと飲んでみる。まろやかで深い味わい。苦みはほとんどなく、甘かった。
「……美味しい」
はじめて心からの思いを告げられた。ほっとできる味に、心身が休まる。
「よかった」
「ありがとうございます、
「そう言ってもらえるならありがたい。ああ、風呂も沸いている。腹は空いていないか」
「はい。ですが、
「みつやがもう入っている。湯は取り替え済みだから、安心してほしい」
「……わかりました。それでは、お言葉に甘えます」
「ツキミ、案内を」
「はいな、
「助かる。彼女を風呂場と寝室に案内してやってくれ」
「わかりましたの。
「案内、よろしくお願いします。ツキミさん」
「はいなー」
楽しそうに笑うツキミが、扉を開けてくれた。
館は広い。ともすれば迷ってしまいそうなくらいだ。
「このお屋敷、気に入りましたの?」
「え? ええ……とても広くて綺麗です。お掃除が大変そうだけれど」
ツキミは平らな胸を張り、器用なことに後ろを向いて歩いている。
「お掃除ならウチも手伝いますの。でも、よかったですの。洋風の方がひいさま、辛くないだろうって
「辛くない?」
「あっ、あわわ。い、今のは、その、忘れてほしいですの」
慌てふためく彼女を見て、
辛くない、というのはどういう意味だろう。困惑しながら辺りを見渡してみる。
「もしかしてこのお屋敷は、建てられたばかりのもの?」
「そ、そうですの……ひいさまをお迎えするに、建て直したのですの」
「わたしを迎えるため……」
「
しょんぼりとするツキミに、
和風の建物なら、もしかしたら自分が
(どこまでもわたしを気遣って下さるのね、
自分には、もったいなさ過ぎる相手だ。そう心から思う。
ツキミの案内で
(心尽くしをいただいている……わたしもただ、怖がってばかりではいけない)
用意された藍色の浴衣に着替えつつ、決意する。
ふゆ
そう決めたのはいい。だが。
「……どうしましょう」
問題は、寝室に入ってすぐおとずれた。
大きな寝床の中央には二人分の布団があり、うろたえてしまう。
(でも、これは必要なこと……お世継ぎを産むに、必要なこと……)
さしもの
しかし、具体的に何をすればいいのか。
「
心臓だけがただただ早鐘を打つ。顔に出てはこないが、緊張の極みにあった。
奥の布団の上で正座し、ぼんやりと明るい
そうしてどのくらい、経過しただろう。
「中に入っていいだろうか」
不意に
「は、はい」
声が少しだけ上擦る。若干の間を置き、静かに浴衣姿の
「……こちらへ」
真っ正面に座った
褐色の肌は、薄暗がりにあればまさしく闇のようだ。
(怖がっていては、いけない)
一つ決心し、
優しく、壊れ物を扱うような所作で、
そのまま大きくたくましい胸板へ、
「大丈夫だ」
「眠れ。そっと目を閉じて……辛いこともいやなことも、全てを忘れていいから」
呟きを繰り返し聞いていれば、次第に強烈な睡魔が
(ねむって、いいの、かしら)
うとうととしつつ、残された気合いだけで思う。
抗いがたい催眠は甘く、柔らかい。
「お休み、
意識を手放そうとした瞬間、今まで聞いたどんな声よりも優しく温かい
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