2-5.下賤のできそこないが
ツキミの言葉に「げっ」と呟いたのは、みつやだった。
「ふゆ
「はいな。どうしますの?」
「無体にするわけにもいかない。ここに呼んでくれ、ツキミ」
「承知ですの」
ぺこりと頭を下げ、ツキミは静かに退室していく。
何やら天井を仰ぐみつやをさておき、
「ふゆ
「土蜘蛛にして、蜘蛛の一族の
「味方……」
それは、
顎に指を添えて考えていたとき、みつやが不意に立ち上がった。
「
「好きにしろ」
「助かるよ。どうにも苦手だ、彼女は。じゃあまたね、
「は、はい」
慌ただしさが消え、残された
「
「
「わたしも退室した方が、よろしいでしょうか」
「……君のことは
重々しい言葉に、小さくうなずく。
再び沈黙が下りた。だが、落ち着かない静寂ではない。
窓から入りこむ草木の香り。
(無作法にならないようにしなければ)
そればかりを考えていたとき、扉が控えめに叩かれた。
「失礼しますわ、我が
凜とした声が響く。そうして静かに入ってきたのは――
「わざわざ苦労、ふゆ
軽く微笑を浮かべ、
一方の
「労い、感謝いたしますわ。そのお言葉こそ何よりありがたいものですもの」
妖艶に笑う女性――ふゆ
とてつもない美女だ。まさに壮美が顕現したような存在に、
「お初にお目にかかります。
「あら、これはご丁寧に。あなたが
圧迫感を振り切り、なんとか頭を下げた
「
「可愛らしい方ですのね。はじめまして、
「ふゆ
「それじゃあ、遠慮なく失礼いたしますわ」
たおやかな所作で歩くふゆ
「本日は野菜を持ってまいりましたの。
「ありがとう、ふゆ
「とんでもございません。
小さい笑い声すらよく通る。紅を塗った唇が嬉しそうにほころんでいた。
(もしかしたらこの方が、
二人のなごやかな会話を聞き、
(
きっと自分ではこうはいかない、と軽く、うつむく。二人にわからない程度に。
(せめてこの屋敷で、わたしと過ごすときは安らいでいてほしいのだけれど)
内心で思い、それから自嘲した。
お飾りの妻である存在が、何を期待しているのだろう。自分は子を産むだけの器なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。使命を果たすと、
「ふゆ
「残念ながら。九尾の
「そうか……」
「申し訳ありません、わたしのせいで」
ささやいて謝罪すれば、
「君が謝ることじゃあない」
「ですが、
「……他の
「微力ですがお力添えしますわ、
「助かる。何か礼をしなければいけないな」
「まっ」
ほんのり頬を赤く染め、ふゆ
「では、一つお願いがありますわ」
「なんだろうか。俺にできることであればいいのだが」
「
「そんなことか。
「ま、ご謙遜。茶を
「簡単なものでいいなら、今すぐ出せるが」
「お願いしますわ。ねえ、
「え、あ……はい」
気圧されてつい、遠慮ができなかった。
「すぐに用意しよう。茶室に、とはいかないがな」
「楽しみですわ、
「二人で待っていてくれ。すぐに
椅子から立った
ぱたり、と小さな音を立てて扉が閉まった。
小さく鳴り続ける時計の音が、どのくらい沈黙に響いた頃だろう。
「
「え?」
呟かれ、視線をふゆ
「わたくしはお前を認めない。今すぐ、許されるならこの場で食ってやりたいくらいよ」
「ふ、ふゆ
「
顔を上げたふゆ
彼女はは、とため息をつくと、先程までとは打って変わり、
「
「あ、の……」
「わたくしたちにとって
殺意、憎しみ、恨み。負の念が凝り固まった気は、父のものとは比べものにならない。
だが、何も言い返せなかった。事実本当のことだからだ。
本能が震えていた。それでも恐怖を顔にすることは、かなわない。
「可愛げすらないなんて。おいたわしいわ、
赤い唇を噛みしめ、視線を逸らすふゆ
(この方は……
それだけは
今すぐ荷物を持って、屋敷から逃げ出せばいいのか。しかし
女性も働きに出ている世の中、もしかしたら自分にできることも見つかる可能性はある。
(……でも、わたしが逃げたら、
両膝に置いた手を握り、まぶたを閉じた。
樫のじいやなら、何と言ってくれるだろう。こがねならばどうするだろう。
憎悪という針のむしろに晒されたまま、今はただ、友に会いたいとだけ思った。
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