第二幕:天の海に 雲の波立ち 月の船
2-1.怖くはないか
赤い。今日の日暮れは、恐ろしいほどに真っ赤だった。
支度をし、家の清掃をして三日目の
まだ
(出るのが早かった、かしら)
建物にかぶさるように落ちる夕陽を眺めながら、横に置いた荷物へ手を触れたときだ。
「待たせた」
一体、いつの間に側へ来ていたのだろうか。四つ辻の影から
「
夕映えの道を歩く彼は、
「荷物はそれだけでいいのか?」
「はい」
「なら俺が持つ。君は手ぶらで構わない」
「お気遣いだけで十分です。自分で、持っていきますから」
「……気にしないでくれ。俺がやりたいだけだ」
「ですが」
「ありがとうございます、
「礼はいらない。行こう」
「
「近いといえば近い。遠いといえば、遠い」
「……?」
謎かけのような言葉に、
その間に
人力車か馬車を用意しているのか、と最初は思った。だが、数歩先で
辻の中央で二つの風呂敷を片手に持ち、
追いついた
「どうなさったんですか?」
「今から
「かげがはら?」
「
しかしまさか、この世ではない場所に居を構えているとは。見当外れもいいところだ。
「着物の端を掴んでおいてほしい」
「は、はい……」
困惑しながらも、たもとを軽く、握る。
めまいのようなものがして、
周囲の匂いが変わる。冷たさを帯びた
(草木の香りが濃い……?)
「もう大丈夫だ。目を開けても構わない」
優しい声に、怖々とまぶたを開ければ、そこに広がったのは――
「ここ、は」
一面の緑が目に飛びこんでくる。巨大なブナやナラが乱立し、梢を風に揺らしていた。樹齢百年はゆうに越える木々たちの周囲を、青白い灯火が仄かに照らしている。
辺りは真っ暗で、
「ここが、
「
「さっきまで外は夕暮れだったのに……」
「ここに日は差さない。とこしえの夜なんだ。月は満ち欠けするし、星も出るが」
「あの灯火はなんでしょう」
「鬼火だ。屋敷にいる鬼の子がつけたもので、無害だから安心してくれ」
「鬼火があるとはいえ、かなり暗い。足下に気をつけてほしい」
「わかりました」
「怖くは、ないか」
加賀男の問いに、
「大丈夫です」
「……そうか」
(へびみやという場所なのね。蛇たちが集まるところなのかしら)
こがねがいるかも、と近くの藪を見たりしても、何もなかった。時折ふうわりと浮き、発光する鬼火が足下を照らすだけ。
熱くもなく、まとわりつくこともしない灯火は、恐れを呼び起こすには至らない。
(寡黙だけれど、お優しい方)
素直に思う。心遣いで十分だ、とも。だが同時に――
(わたしに気を遣わないで、
うつむきながら歩いて、念じる。
与えられる気遣いと優しさに甘えてはいけないと、悟られぬよう小さく吐息を漏らした。
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