火を繋ぐ

きと

火を繋ぐ

 その男は、俺の隣の部屋に住んでいた。

 江戸のはずれの長屋。俺のような金のない者が、住んでいる場所である。ここに住む事情は、様々。その事情は、聞かないことが、このあたりに住む人間の暗黙の了解となっていた。仕事もしているのか、していないのか。それすらも分からない人間も、多くいた。

 しかし、俺の隣の部屋の男は、このあたりに住む人間の中のでも、一際不気味であった。まず、家から出てきているのをまず見ない。食事もどうしているのか、何時ねているのか、とにかく何も分からない。近所の知り合いに聞いてみた所、名は秀継ひでつぐということが分かったが、その知り合いもそれ以上のことは、知らなかった。

 ある日、くだんの秀継が、外に出ているのを見た。体型は、やせ細っている。目もなんだかうつろで、前が見えているのか、分からない。歩き方もっぱらっているのか、ふらふらしている。

 気になって、何処どこに行くのか、こっそりと後をつけた。入って行ったのは、屋台の蕎麦屋そばやだった。

「かけそばを……」

 秀継は、しゃがれた声でそれだけ店主に言って、後は無言で蕎麦をすすっていた。

 代金を払って、そのまま帰るのかと思ったところ、帰り際に店主は秀継に何かを渡した。秀継は、それを受け取ると、蕎麦屋を去った。

 俺は、物陰に隠れて、秀継が帰って行ったのを見ると、蕎麦屋に尋ねた。

「親父さん。あんた、あの男に何を渡したんだ?」

「ああ、あの人かい。あいつには、ろうそくを渡したんだ」

「ろうそく?」

「なんでも、火繋ひつなぎ、という仕事をしているらしい。その時に、ろうそくが必要なんだそうだ」

 火繋ぎという仕事は、聞いたことがない。俺は、その蕎麦屋で秀継と同じようにかけそばを食べて、その屋台を後にした。

 さて、それから、数日後である。

 俺は、たまたま秀継の部屋の戸が、少し空いていることに気づいた。

 俺は、辺りを見渡し、誰もいないことを確認して、秀継の部屋をのぞいた。

 そこは、異様な光景だった。

 秀継を囲うようにろうそくが幾本いくほんも並んでいる。ろうそくは、消えそうなものから、大きな火をともしているのもまで、様々だ。秀継は、一本の消えそうなろうそくのそばまで行くと、新しいろうそくを近づけて、火を繋いだ。

 なるほど、これが火繋ぎか。

 そう関心していると、

「見てるくらいなら、入ってきたらどうですか?」

 と秀継が、言った。

 俺は、悲鳴を上げそうになったが、えた。逃げるのもなんだか忍びない気がして、俺は、秀継の部屋に入った。

「すまない。つい気になってしまって」

「いえ、気になさらず」

「それで、そのように火を繋いで何の意味がある?」

 俺が尋ねると、秀継はこちらを見る。相変わらず、虚ろな目だ。

「これは、人の命の火なのです。この火をその人の寿命まで繋いでいくことが、私が死神様より任された仕事なのです」

 何を馬鹿な。俺は、そう思い鼻で笑う。

「疑うのなら、ひとつ、消してみますか」

「何だと?」

 秀継は、ひとつのろうそくを指さすと、

「これは、もう消していいものですので。これを消せば、私の言うことがまことであると、分かるでしょう」

「いいだろう。その余興に付き合ってやろう」

 俺は、秀継の指さしたろうそくまで近づく。この男は、気が触れているのだろう。目を覚まさせて、医者に診てもらった方がいい。

 ある種の人助けをする思いで、俺は、ろうそくを消した。

 すると、心臓が急に痛み出した。

 苦しくてたまらない。呼吸が荒くなる。

 徐々に暗くなっていく世界の中で、秀継の声が聞こえた。

「ほら、私の言った通りでしょう?」

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火を繋ぐ きと @kito72

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