第17話「エピローグ」

「……はぁ……。」



 絢爛豪華な執務室にて壮年の男が溜め息を吐いている。

 その顔色は悪く、何らかの病気、あるいは心の病を患っているのは明白だ。


 彼の名前は『ボウイスタッフ・フ―ロ』。

 この街の領主であり、貴族界の男性では知らぬ者はいない程の男だ。


 彼はやり手の実業家としての顔も持ち、近年になって初めた貴金属商も好調。

 もともと副業として始めた事だったが、それでも結果を出してしまう才能は、周囲から喝采されている。


 だが、そんな彼の雰囲気は暗く、体中から負のオーラを撒き散らしていた。

 それは、最愛の娘『ローズハーヴ』が盗賊に攫われて、消息を絶ってしまっているからだ。



「はぁ……。」

「そんなに肩を落とさないでください、領主様!きっと、お嬢様は生きておられますよ!」

「そうそう。絶対に元気だと思う!」



 そして、そばに控えているのは齢12の幼い少女達。

 真っ白い髪の少女と青い髪の少女は、二人で領主を挟み込むように位置取り、うつ向いている領主の顔を覗いている。


 それはまるで、嘆きながら絶望する人へ優しく声を掛ける天使そのもの。

 無邪気な頬笑みと、上手に邪気を隠している笑顔が、折れそうな領主の心を支えているのだ。



「だが、一週間も経ってしまった……。もはや、遠くの町に売られてしまったか、それとも……」

「でも、谷底からは見つからなかったんですよね?なら、生きていますよ。絶対に!」

「うんうん。今頃、ご飯でも食べてると思う!新鮮な牛乳で美味しい朝食!!」


「あぁ、励ましてくれてありがとう。キミたちが居てくれなければ、私はもう、どうにかなっていたかもしれない。本当に礼が言いきれないくらいだよ」

「いえいえ。それが僕らのお仕事ですから。お礼なんて、とても……とても……」

「うん。お礼を言われる資格はないと思う」



 白い髪の少女は作り上げた笑顔で謙遜し、青い髪の少女は平均的な真顔で呟いた。

 その可愛らしい態度を見て、領主はどうにか立ち直ろうと意気込む。


 だが、溜まってしまった書類の山を片付ける為にペンを握るも、視線が定まらない。

 書類は整理されずに乱雑に積み上げられてしまい、どれから手を付ければ良いのか分からないのだ。


 そして次第に元気を無くし、再び視線を机に落してしまった。



「あぁ、歴史あるフーロ家も私の代でお終いになるのだろうか。……妻を亡くし、男手一つで娘を育ててきた。だが、その娘もいなくなってしまった……」

「うーん。お嬢様を探すか、新たな奥さんを探すか。どっちの道も苦労ですねぇ」

「むずかしい選択だと思う。……お昼ごはんを『唐揚げ』にするか『天ぷら』にするかくらいに重要!」


「ははは、確かにそれは難しい。唐揚げか……天ぷらか……。妻は天ぷら派だったが、ローズは唐揚げを選ぶだろう……うぅ……。」

「ちょ、領主様しっかりしてください!……んで、おいこらリリン!いい加減な事を言うんじゃないよ!」

「だって結局……むぐぅ!」



 白い髪の少女――ワルトナは、ちょっと慌てた雰囲気でリリンサの口を押さえた。

 仕込みを始めてから一週間。

 この屋敷にメイドとして潜り込んでから6日目であり、今日はその最終日。


 最後の仕上げをするべく、ワルトナとリリンサは領主の執務室を訪れているのだ。



「それに、だ。例えローズハーヴが見つかったとしても、これだけ執事が辞めてしまっては執務もままならない。執事長すらいないのでは……」

「そうですねぇ。……まさかの8割超えは予想外過ぎでしょ……」

「元気出して領主さま……うん。ほぼ、盗賊グループと化してた」



 当たり障りのない言葉で領主を励ましつつ、ワルトナとリリンサは小声でつぶやいた。

 更なる獲物とお宝を求めてやってきた二人にとっても、この展開は予想外過ぎたのだ。


 フーロ家に仕えていた執事・メイドの数は全部で20人。

 そして、その内の16人が謎の失踪を遂げた。


 それを引き起こしたのは、この二人の少女だ。

 ローズハーヴを売り飛ばした二人は、「ついでだしね!」と軽い気持ちでフーロ家を訪れた。

 そして、とりあえず4人ほど捕まえて痛めつけてみた所、盗賊と結託している犯罪者だと判明。

 さっさと役所に引き渡した後、何食わぬ顔で臨時のメイドとして潜り込んで調査を開始したのだ。


 その結果。

 領主とローズハーヴ以外のほぼ全員が盗賊の一味という末期状態。

 残った4人は日雇いの執事やメイドであり、領地運営に深く関わっていないのだ。


 近年になって随分と代替わりが激しいと思っていた領主だったが、長年勤めていた家老が引退してしまえばこんなもんだろうと思って放置していた。

 その結果が、貴族界で噂になっている『成り変わり強盗団』の巣窟だ。


 この領主は優秀で、そして、人が良すぎた。

 能力があり過ぎるが故に、どんな問題も解決してしまう。

 そして、悩まないが故に人を疑わないのだ。


 ……そうして、領主は全てを失ったのである。

 なお、リリンサとワルトナは色んな物を手に入れてホクホクしている。



「あ、そう言えば領主様、さっき綺麗な女の人がお手紙を持ってきました」

「手紙……?何かの催促状か?」


「いえ、フーロふれあい放牧園からのお知らせみたいですよ。なんでも、新人さんが仕上がったので是非ご覧に入れたいと」



 ワルトナから差し出された手紙を受け取り、領主は宛名を見る。

 はて?何処かで見たことある字だな?と思ったが、ただそれだけだった。


 当然、フ―ロふれあい放牧園の業務内容を熟知している領主は、「そんな気分ではない」と一蹴したのだ。



「すまないが、適当に返事を書いておいてくれないか。断るという内容であればどんな文面でも……」

「あ、そうなんです?じゃあまずは内容を確認しまーす」


「あ、待て!それは子供の見て良い内容じゃな――って、早い!もう読んでいるだと!?」

「なるほど、これは……」


「すまない。いくらなんでも横暴すぎた。なんて私はダメな奴なんだ……」

「いえいえ、そんなことより、この牧場『チチ搾(しぼ)り』体験ができるそうですよ?」


「乳搾り体験?」

「えぇ、期待の新人が主導となって行う催しものみたいです」



 その変な言い回しが気になった領主は、ワルトナから手紙を受け取って流し読みをした。

 目に映ったそれは、一見して普通の乳搾り体験が出来ると思わせる内容。


 だが、領主は一瞬で理解した。

 この乳搾りというのは、隠語である……と。

 実際、手紙の文面には『チチ搾り』と書いてあり、明らかに深い意味合いが含まれているからだ。



「内容は分かった。だが、私はそんな事をしている場合じゃない。乳を搾る前に気力を振り絞らなくてはならないんだ」

「いえ、行った方が良いと思います!」

「うんうん、行くべき!」


「なんでだ?」

「だって領主様、凄く疲れた顔をしていらっしゃいます。こんな時は、乳を搾ったり搾られたりして、リフレッシュするべきです!」

「うん。きっと悩みも無くなると思う!」


「だがしかし……」

「あ、これなんてどうですか?『たっぷり12時間、親子でチチ搾りコース』。新人さんが甘い声で、『ゆっくりお話ししたいですわ。パパ』って言ってくれるみたいですよ」

「間違いなくパパって呼んでくれる。というか、絶対にパパって呼ぶ!」


「パパ……か。はは、そんな風に呼ばれて甘やかされたら、きっと私は泣いてしまうな」

「でしょうね。あ、ついでに涙以外も搾られると思いますよ!!」

「うん。新人さんはとっても乳搾りが上手。搾るのが上手過ぎて、すぐに樽(たる)をいっぱいにする!」


「樽はヤバいだろ、樽は。……そうだな、この部屋に居ても何にもならない。思えば、友人の貴族連中もこぞって『牧場に行って気分を変えて来い』と手紙を寄越して来ている。……新人がいるというのなら、領主として顔を見せてやらんとな」

「そうそう。それに新人さんは、まだ乙女らしいですよ」

「そう、新古品!」



 若干意味合いがずれている二人の笑顔を受けて、領主は奮い立つ事が出来た。


 この領主は凄腕の商人でもあり、そうと決めたのならば行動は早い。

 即断即決主義のこの領主は、直ぐに支度を整えると、いつもよりも仕立ての良い服を着て歩き出す。


 その横にはワルトナが付き、さらに領主の気持ちを高ぶらせてゆく。



「それにしても初ものか……。ここは領主の威厳を見せてやらねばなるまい」

「逆に見せつけられると思うねぇ」


「何か言ったか?」

「いえ。それより領主さま、このフーロ家はもともと娼館を生業としてきたんですよね?昨今は貴金属にも手を出しておりますが、それも、娼婦の品質を高めるのが主目的だったとか?」


「あぁ。あまりにもそっちが好調なもんでな。家業を忘れそうになっていたよ。それにしても、キミらは良くそんな事まで知っているね?私が話した事はなかったよな?」

「親切な執事さんが教えてくれたんですよ。今はもういなくなっちゃったですけどね」



 正確には、教えて貰ったのではなく、痛めつけて聞きだしている。

 その上に、居なくなったのではなく不安定機構の職員に連行されたのだが、そんな事は領主は知らない。


 ついさっきまで愛娘の事で頭がいっぱいであり、今は擬似娘の事で頭がいっぱいな領主は唯一残った原動力を燃料にし馬車の御者台に乗る。

 そして、慣れた動作で手綱を引き、馬車を走らせた。


 揺れる荷台の中からは、可愛らしい悪辣な声が漏れ出ている。



「ワルトナ、牧場に行くんだよね?」

「もちろんさ。領主様はチチ搾りしに行くんだ。……たっぷり12時間、親子でチチ絞りをするんだよ」



 **********


「新人の説明文を読む限り期待できそうだな……。バラとハーブの香りがあなたを天国へ誘います……か。せっかくだ。楽しませて貰うとしよう」



 幼い従者に笑顔で見送られた領主は、直ぐに特別室へ呼ばれた。

 まるで待っていましたとでも言うようにスムーズに案内されて、しばらく来ない内に随分とのサービスが良くなったものだと感動。


 そして、ついさっきまでの悲壮感の溢れる顔を微塵も感じさせない、一人の男としての顔で特別室の扉を開いた。



「失礼する。私はこの地を治める領主である。今日は濃厚なサービスを期待している……ぞ……」

「へぇー。濃厚なのがご趣味なんですの」


「……ろうぇぇぇ?」

「あは。一人娘が行方不明なのに女遊び。まさに、由緒ある牧場主の鏡ですわー」


「え、え、えぇ……。」

「あぁ、これは失礼いたしました。本日はご指名頂きありがとうございます。新人雌牛のローズハーヴでございますわ」


「え、あ、あぁ、あああ……」

「それでは、『たっぷり12時間、親子で父絞りコース』を始めさせていただきますわ。……パパ!」



 その日、有能だった領主は色んな意味で死んだ。



 **********


ガタガタと揺れる、合同馬車の中。

純粋そうな少女達の可愛らしい声が響く。


何処からか仕入れたのであろう魔道具を磨きながら、二人の少女は微笑んでいた。



「ワルトナ、次はどこに行くの?」

「領主様の所で調べたんだけど、3つ山を越えた先の町に英雄の子孫を語る冒険者がいるらしいんだ。だから、確かめに行ってみよう」


「ユニクルフィンかな?」

「さぁ、分からないねぇ。……分かるのは、近くの森にドラゴンが出るらしいって事だけさ」






【後書き】

こんばんわ!青色の鮫です!!

これにて第一章、完結となります!!


次は『冒険者編』を予定しております。

ではでは~


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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険!! 青色の鮫 @aoironosame

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