第16話「それぞれの結末」

「おたから~」

「おったから~」


「「盗賊ボコって~~~、オイシイ~お宝!」」


「……歌詞が酷すぎますわッ!!」



 あまりにも酷い歌を聞いたせいで、ローズハーヴは現実逃避から目覚めた。


 二人ともが黙って微笑んでいれば天使に見えるほどに可愛らしい顔なのに、その実、まったく躊躇せずに盗賊を爆裂させる理不尽さを持つ。

 悪質な詐欺に引っ掛かった気分ですわ!とローズハーヴは無理やりに声を震わせ、なんとか正気を保っている。


 アジトに入ってすぐに見たワルトナの暴虐も酷かったが、奥の部屋で倒れている二人はもっと酷かった。


 見上げる程の大男が、パンツ一丁で気絶。

 そっと近づいたローズハーヴは、その男の顔に涙の跡を見つけて、いたたまれない気持ちになった。


 そして、奥の方で全身真っ黒に焦げている男を見て、さらに絶句。

 焼死体ですわ!?と錯乱したが、男は気絶しているだけ。

 しっかりと手加減しているリリンサは、「服だけ上手に焼いた。褒めて!」とはしゃぎ、ワルトナとハイタッチを交わしていた。


 そんなありえない暴虐を見て、それを平然と行う少女の理不尽を理解して、ローズハーヴは心を閉ざしかけていたのだ。

 だが、理不尽少女の非道う過ぎる歌声を聞いて、正気を取り戻す事に成功。

 誰かが突っ込まないと犠牲者が増えるばかりですわ!と奮い立った。



「お宝の分別も終わってきた。あと少しだね、ワルトナ」

「うんうん。今回はかなりの儲けだねぇ。次は、『血行を良くするベルト』、疲労回復効果がある奴だね。んー30万エドロ!」


「血行ベルト、30万……と。書いた!」

「よし、次は……」


「あの、何をしていますの?」

「「追い剥ぎ!」」


「えぇ、知ってましたわッ!!」



 声をかけるタイミングを見計らっていたローズハーヴは、一生懸命に戦利品を分別しながら値段を記録し、空間に放り込んでいくという作業へ、とうとうツッコミを入れた。

 二人はあまりにも淡々と作業しており、それが追い剥ぎなどという犯罪には到底見えない。

 だからこそ、ローズハーヴは二人の作業を眺めていた訳だが、『驚愕』と『罪悪感』は段々と薄れてゆき、しだいに『慣れ』と『飽き』になってきた。


 そろそろ頃合いだと判断し、自分の目的達成のために、二人へ切り込む。



「もう私は何も言いませんわ。……聖女が追い剥ぎをしても文句を言いませんわ!」

「それ、ほぼ言ってるよねぇ」


「私が申し上げたい事、それは、この私を自宅まで送り届けて欲しいという事ですわ!」

「おや?随分ド直球に来たねぇ。さっきはどうにかして話をそういう方に持って行こうとしてたのに」


「ここまで来たら出し惜しみなんてしてられませんわよ。あなた達は冒険者なのでしょう?ですから正式に依頼します。この私をフーロ家まで送り届けてください」

「なるほど、キミの言いたい事は分かったよ。で、僕も聞きたい事があるんだ」


「な、なんですの……?」



 話に切り込んだはずが逆に切り込まれ、ローズハーヴは迷いを見せた。

 そんな分かりやすい弱点を、ワルトナは見過ごしたりしない。


 いつの間にか攻守は逆転し、鋭い視線がローズハーヴを射抜く。



「僕達に依頼を出す前に、するべき事があるだろう?」

「するべき事?……依頼料のお話とかですの?」


「そうじゃなくってねぇ。……僕らさ、まだキミの名前を聞いていないんだけど」

「………………。大ッ変にご無礼を働きまして、誠に申し訳ありませんですわっ!!」



 言われてみればその通りだと、ローズハーヴは慌てふためいた。


 確かに、自己紹介をしたのはリリンサとワルトナだけだ。

 色んな情報が一気に押し寄せた事により、ローズハーヴはツッコミを入れるだけで精一杯。

 話に流されて、つい自分の自己紹介を忘れてしまったのである。



「遅れ馳せながら、私の自己紹介をさせていただきたいと思います」

「ぜひ頼むよ。名前が分からないと困るしねぇ」


「それでは……。わたくしの名前は『ローズハーヴ・フーロ』と申します。この街『カーンラーク』を預かる地方領主の娘ですわ」

「おお!結構偉いんだねぇ!!……10%アップ」


「そして私は第一子であり、他に兄弟姉妹はございません。ゆくゆくはこの街を導く立場に就くという事になりますわね」

「へぇー!これは掘り出し物だねぇ。……さらに15%アップ」


「今日は隣町まで宝石の商いをしに行く予定でしたのよ。近年扱うようになった貴金属販売はとても好調ですわ」

「なるほどー。自宅には貴金属いっぱいで資産もたっぷりあると……これは驚異の25%アップだね!」


「……あの、さっきから言ってる『何%アップ』って、何の意味がありますの?」

「あぁ、査定額の話だよ。……キミの」


「……え。」

「リリン、本日最後のお宝の名前は、『ローズハーヴ・フ―ロ』。値段はそうだね……5000万エドロくらいかなー」


「え?」

「ローズハーヴ、5000万エドロ……っと」


「え、え。……え?……えぇぇえええええええええええええええええええええええええええっ!?!?」




 盗賊の所持品を鑑定していた時と全く変わらない声と態度で、ワルトナとリリンサは最後のお宝の値段を紙に記した。

 そして、そのお宝は事態の意味を理解し、本日最大の悲鳴を上げている。



「ちょ、ちょっと待って欲しいんですの!?今、なんておっしゃいましたか!?」

「キミのお値段は5000万エドロって言ったんだよ。盗賊に襲われて中古なんだし、そんなもんでしょ?」


「失礼な!まだ未使用ですわよッッ!!」

「そうなんだ。リリン、新古品って書いといてー」



 まったく取り合う気がないワルトナは、速攻で話をすり替えた。

 そして、「ローズハーヴ、5000万、新古品……書いた!」と平均的な笑顔をリリンサが向けてくる。


 その全然悪びれない二人の態度に、自分が間違っているのかとローズハーヴは思いかけた。

 そしてじっくり考えて……「いや、間違ってるのはこの人たちですわ!」と常識を取り戻す。



「いくらなんでも、私をお宝扱いは間違ってますわよ!?」

「いやいや間違ってないよ。不安定機構の規定では、『盗賊が略奪行為をして所有していたモノは、その盗賊を討伐した人物の裁量権によって、持ち主に返還される』とある。つまり、お宝をどのくらい返却するのかは、僕らの気分次第ってこと」


「そうじゃありませんわ!私は人間でしてよ!?物じゃありませんわ!!」

「それがねぇ、不安定機構の規定書には『モノ』と書いてあるんだよねぇ。なんで『物』ではなく『モノ』なのか。それは……お宝の中に『者(もの)』が含まれるからだよ!」


「なんですのそれ!?盗賊よりも性質が悪いですわっ!!」



 あらゆる暴力と理不尽を体験した後の、トドメの一撃。

 盗賊同様に心が木端微塵になりそうになりながらも、物理的なダメージを一切受けていないローズハーヴは、なんとか耐えきった。


 それでも、満身創痍なのは変わらない。

 そして、未だ余裕のあるワルトナは、くっくっく。っと大変に悪辣な笑顔で口を開いた。



「ただの盗賊狩りかと思いきや、随分と嬉しいオマケがついたもんだねぇ。地方領主の娘で新古品。うーん、高く売れそうだ!」

「まままま、待ってくださいましっ!謝りますから、何でもしますから、どうか、どうかそれだけはご勘弁を!」


「……なんでもするだって?じゃあ、腕を後ろに回してくれないかい?」

「えっと、こうですの?」


「そうそう。そのまま背筋をピン!」

「こ、これでいいんですの……?」


「……。D、もしくはEか。これは搾りがいがありそうだ。査定額30%アップ!」

「騙されましたわッーーー!!」



 言われるがままに胸を張ったローズハーヴは、豊満な果実を主張させられた。

 そして、それを観察したワルトナは、しっかりと魔法を使ってサイズを測定。


 なお、驚異的な計測結果を叩きだしたが、12歳の少女には縁のない世界であり、サイズは当てずっぽうだ。



「これなら、小奇麗な貴族から脂ぎった商人まで大人気になれるよ!」

「嫌ですわ!誰か助けて下さい!誰かー!」


「盗賊で良いならそこに40人ほど転がってるよ。もっとも、僕らに戦い挑むような勇者はいないだろうけど」

「この子、自分を悪だと認めましたわ!……じゃなくって、何で私が売られる話になるんですの!?ここは普通に帰ってハッピーエンドになるとこですわよ!?」


「さっきも言ったけど、キミが家に帰っても待ってるのはバットエンドだからね?盗賊と結託してる悪人がまだ潜んでいるし」

「つっ!?」


「身代金として1億エドロ払うなら家に返してあげてもいいよ。3週間程度の余生を満喫したいのならだけど」

「くぅぅぅぅ!逃げ場がありませんわ!しかも、値上げまでされましたわッ!!」


「そりゃ、あれだけ付加価値をアピールされたんだし、値上げは当然さ!」



 なんて酷い子たちなんですのッ!!

 間違いなく悪魔の召使い、いや、悪魔そのものですわッッ!!


 ローズハーヴは、ついにワルトナの本性を見破った。

 だがそれは、遅過ぎたのだ。

 全ての可能性を封鎖されたローズハーヴには、この少女達の餌食にされる道しか残されていない。



「……ということで、キミには乳搾りをして貰う事になるね。だから行くのは当然牧場さ。雌牛が一杯いる楽しい所だよ!」

「ひぃぃ!嫌ですわ!!嫌ですわッ!!」


「嫌なのかい?じゃあここに残ってもいいよ。今なら腐った牛乳飲み放題だしね!」

「それはもっと嫌ですわ!!」


「じゃ、覚悟を決めて行ってみよー。なぁに、そこまで遠くないさ。すぐだよ、すぐ」

「そんな訳ありませんわ!!そんな野蛮な所、私の町にはありません事よ!?一体どこまで連れていく気ですの!?」


「この山の下にある牧場だよ。名前は確か……『フーロ触れ合い放牧園』だったかな?」

「え……?」



『フーロふれあい放牧園』

 その名を聞いたローズハーヴは凍りつき、逆にリリンサは目を輝かせ活発に動き出した。



「もう一度行くのワルトナ!?あそこは牛乳が美味しい!アイスクリームもすごく美味しかった!!」

「うんうん行くよ。そこでお宝ローズハーヴを買い取って貰うからね」


「分かった!直ぐに出発しよう!!搾りたては甘さが違うと思う!!」



 ワルトナとリリンサは、この領地に入ってすぐに牧場を見つけ立ち寄っていた。

 それこそが、フーロふれあい放牧園であり、リリンサが牛乳にこだわりを持つ原因になった場所。


 リリンサは、その牧場で人生初の乳搾り体験をして、鮮度抜群の牛乳を味わった。

 その時の味と感動が忘れられないからこそ、速攻で周囲の後片付けを済ませて入口の方へ歩き出す。


 そんなリリンサの後姿を目で追いながら、小声でワルトナはローズハーヴに語り掛けた。



「あえて言うけど、フーロふれあい放牧園は普通の牧場じゃないよ。なんと、夜は従業員が雌牛に変わっちゃう不思議な牧場なんだ!」

「……。」


「キミにはそこで働いて貰うよ。昼間はお乳を搾るだけだけど、夜は搾ったり搾られたり忙しいかもねぇ。おや?どうしたんだい?もしかして、その牧場に行った事でもあるのかなー?」



 あからさまな煽りの言葉。

 ワルトナが全てを察しているのは明確であり、それはローズハーヴも分かっていた。


 だが、どうしても叫ばずにはいられなかった。

 ただそれだけである。



「そこ、パパの牧場ですわーーーーーッッ!!」


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