第5話 蓼科で夢を(前編)

 大学2年生の夏、しめじ君は、大学の仲間4人と長野県の蓼科高原でアルバイトをした。

 サークルの先輩からバイトの紹介があって、面白そうだから仲間で誘い合って参加したのだった。先輩の話では、白樺湖畔や女神湖畔の土産物屋の売り子のバイトで、日当はあまり高くないものの、店が暇なときは、湖畔で記念撮影する女子をお店まで連れてきてアイスクリームのサービスをしつつ夜に一緒に食事をする約束なんかを取り付けてもよい、否、もっと簡単に言えば、ナンパしてもよいということだった。


 当時、学生ながら車を持っていたエリンギ君が運転手となり、同乗したのが、荻ちゃん、タラレバ君、さっくん、そして、しめじ君だった。

 夜に東京を出発して、明け方前に女神湖にある土産物屋に到着した。以前は、民宿兼レストランだった建物を改装して土産物屋にするとのことで、商品棚に土産物の陳列をするところから仕事を始めてほしい、という事前の話だった。

 ところが、ガラス戸に顔を付けて薄暗い土産物屋の店内を見ても、がらんどう

な感じで、商品棚すら入っていないようだった。


 その後、しばし、車の中で仮眠をして、朝、お世話になる観光会社の課長と顔を合わせた。課長は40歳代前半くらいの細身の男で、事前の話では、この課長が女子へのナンパを積極的に推奨するとのことで、気さくな感じがして印象は悪くなかった。

 課長に案内されて、土産物の店内に入ると、グレーのコンクリートの床が広がっているだけで、やっぱり、がらんどうだった。課長は、バイト生を店内の端の方に案内した。そこには、畳くらいの大きさの板状のものが人の腰の高さまで積まれていた。


「この土産物屋の商品棚を10個ほど、これから皆さんに作ってもらいたいと思います。期間は3日間くらいで。のこぎりや金づちなんかの工具やニスはここにありますのでよろしくお願いします」


 課長は、ニコニコしながらさらっと言った。


 しめじ君たち一同はすっかりあっけにとられていたが「あの、質問なんですけど」タラレバ君が口を開いた。


「はい、なんでしょう?」と課長はキビキビ聞き返した。


「棚を作るって、あの…設計図かなんかは無いのですか?」と、タラレバ君は言った。


「いや、設計図は無いんです。皆さんの若い発想をフルに使って作っていただいて構いません。一応、作る前に、皆さんが考えた設計図を見せてください。良ければそれを量産していただきます」と課長はニコニコしながら答えた。


「あの、うちらは、工学部でも建築学科でもなく、全員、文学部なんですけど、それでもいんですか?」


 荻ちゃんがそう言った。


「いやあ、構いません。皆さん、中学校で技術家庭科を勉強してきたでしょ?それくらいの知識と技術で構わないです」


 しめじ君たちは、腰の高さまで積まれた厚いベニヤ板から目を離さないでその返答を聞いた。


 しめじ君たちは、すぐに相談し合って上段・中段・下段の三段をあつらえた棚の設計図を作って課長に見せ、OKがもらえたので、その日の午後から棚の製作に入った。5人の仲間の中で技術的に長けている者は一人も居らず、現代風に言えば、正真正銘のDIYだった。


「俺たちの仕事って、棚に商品を陳列するところからって聞いてなかったっけ?」とエリンギ君が切り出した。


「なんで、俺たちが、大工仕事?」と、堪らない様子でさっくんが追従する。


 のこぎりでベニヤ板を切る音に紛れながらそうやって仲間同士でしばらくぼやいた。


 でも、とにかく、10個の棚を完成させない限り、商品を陳列することも、ひいては、湖畔の女子をナンパすることもできないわけで、しめじ君たちはやがてぼやくことをやめて、黙々と作業を進めた。




 お土産物屋は、元民宿兼レストランだったので、バイト生の宿泊場所は、民宿部分の部屋を与えられた。とはいえ、2段ベッドが置いてあるだけの狭い部屋であり、今時、こんな民宿は流行らないのは明らかで、土産物屋への転換はもっともな話だとしめじ君は思った。

 食事は、炊飯器でご飯を炊き、簡単な食材で味噌汁とおかずを自分たちで作るものだったから、相談して食事作りは当番制にした。

 そうして作られた簡単な食事をしめじ君たちは、元民宿ゾーンにあった小さな喫茶カウンターで摂った。テレビもない味気ない空間を埋めてくれたのは、しめじ君が東京のアパートでFM放送をエアチェックした2本のテープだった。洋楽が入ったそのテープが唯一の息抜きをするツールだった。

 だから、朝食の時も、昼食の時も、夕食の時も、コーヒータイムの時も、そのテープの音楽が流れた。




 兎にも角にも、約束通り、3日間で10個の棚を作りあげて、しめじ君たちは歓声を揚げた。そして、その夜は、みんなでお金を出し合ってウイスキーを買って祝杯を挙げた。



 翌日、課長がしめじ君たち5人を呼び出してこう言った。


「これから、白樺湖に新しくできた土産物屋に行ってもらいます。仕事内容は、そこにいる観光会社のスタッフに聞いてください」


 エリンギ君の運転で白樺湖に行く道すがら「まさか、白樺湖で棚を作れ、なんて言われないだろうな」「さすがに、それはないだろうて」なんて笑いながらしめじ君たちは車の中で言い合った。


 白樺湖の土産物屋に到着した。そこは、鉄筋コンクリートで作られたすごくきれいで大きな新築の建物だった。中に入ると、がらんどうで、フロアの隅には、今度は胸の高さまで積み上げられたベニヤ板が確固たる存在感で鎮座していた。




*関連作「北へ」vol.14~「Dreams」(1977) Fleetwood Mac~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888670511/episodes/1177354054888858699





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