第6話 蓼科で夢を(後編)
「それでは皆さん、これから、商品棚を25個作っていただきます。商品棚の作り方は、此処に居る5人のバイトさんがレクチャーしますので、お配りした設計図のコピーを見ながら説明を聞いて、それから作業に取り掛かってください」
新しい土産物屋の責任者の人なのかどうなのかという人が、一段高い所から大きな声でそう言った。
どうやら、此処に集まった男たちは、観光会社の社員で、いろいろな勤務地から集められたようだった。
しめじ君たちは、総勢20名になる社員らに作り方を説明して早速、作業に取り掛かった。
4~5人でグループを作ってベニヤ板にメジャーと鉛筆で線を引き、引かれた線通りにのこぎりで板を切り、切った板同士を釘と金づちで繋いで形作った。
そのうち、駐車場に面した大きなガラス窓の向こうに大きな外車が停まって、それに乗っていた夏のリゾートスーツ風のいかにも偉そうな感じの初老の男が店内の一番高い所から腕組をして作業風景を眺め始めた。
「あの、いかにもそうな男の人、誰だろ?」そう、しめじ君がつぶやくと「あれが、観光会社の社長。東京から視察に来たんだよ」と社員らしい人が耳打ちしてくれた。
「お~い、金づちはないか?金づち!」
誰かが大きな声で叫んだ。
「金づち以外の仕事だってあんだろ。まだ、ベニヤ板、あんなに高く積まれてるんだから」
そうエリンギ君が小声で言った。
「社長が見てるからだよ。金づちでトンカンしている人がいかにも仕事を熱心にしているように見えるからだな」
さっき耳打ちしてくれた社員がそうつぶやいた。
白樺湖で一日目の仕事を終えて、しめじ君たちは女神湖の宿舎に帰るべく、エリンギ君の車に乗ったが、道中、誰一人として口を開こうとはしなかった。文句も、そして、はぐらかすような冗談ですら口から出てこなかった。
次の日も、一日中、棚作りをしたが、次の次の日の午後、しめじ君たち5人は課長に呼ばれて新しい仕事の指示を受けた。
もう、のこぎりの音も、金づちの音もうんざりしていたところだったので、新しい仕事に5人はそれなりの期待を寄せた。
「皆さんのおかげで、白樺湖のお土産物屋のオープンもなんとかできる運びになりそうです。皆さんの給料には色を付けますよ~ ハハハハ~」
そう課長は笑いながら言ったが、しめじ君たち5人は愛想笑いで返すのが精いっぱいだった。
「で、課長、新しい仕事って何です?」
エリンギ君がそう切り出した。
「そうそう、そうでしたね。みなさん、駐車場を見て、なんか変わったと思うところありませんか?」を課長が駐車場を指さして言った。
「なんか、変な建物があるな」
タラレバ君がその建物がある方を指差してそう言った。
指さす方向を見たら、赤い屋根に白い壁の八角形をした小さな小屋みたいなものが二つ、駐車場に置かれていた。
「そう。あれが、皆さんからアイスクリームなんかを売っていただく小屋なんです」
「おおおお~」しめじ君たち5人は小さな歓声を揚げた。
「で、すが~ まだオープンできません。小屋の中に水盤が入りますが、配管作業が終わっていないので、これから皆さんにはその配管作業をやっていただきます」
「配管作業って、具体的には?」エリンギ君がそう尋ねた。
「ここじゃなんですから現地で説明しましょう」と課長は駐車場に歩き始めた。
要は、塩化ビニールの大きなパイプを水盤から通して、土中に埋める作業だったが、土中にパイプを埋めるためにしめじ君たちはスコップで土掘りをしなければならなかった。
商品棚作りに飽き飽きしていたのは事実だったが、この肉体労働は間違いなく、5人の精魂を押しつぶした。特に、これまで、文句らしい文句を言わずに作業に従事してきたしめじ君にとっては限界点を迎えていた。
「ん~っぁあ」
三角に先が尖ったスコップで掘った土をしめじ君は、誤ってアイスクリーム小屋の白い壁に投げつけてしまった。
「しめじ君、ちょっと、休憩してください」
それを見ていた課長がしめじ君に近寄ってそう言った。
「休憩、要らないです」
誰が聞いてもわかるふてくされた物言いに対して「いや、私も、そろそろ休憩したかったんで、一服しましょう」と課長が胸ポケットからマイルドセブンを一本出してしめじ君に勧めた。
「しめじ君は、実家、新潟だったよね」
「ええ」
「新潟は、やっぱり、暑い?」
「ええ、此処よりは」
「そう。私は、ずっと、此処に居るからよくわからないけど、どう蓼科は?」
「どう?って、蓼科が分かるほど、いろいろなことしてないからわかんないです」
「あ、そうだよね。失敬失敬。ごめんね。こんなつらいことばかり君たちにさせてしまって」
「いえ」
「でも、これさえ終われば、あとは、売り子さんの仕事やってもらうから。ほんと、ごめんね」
そう言って課長さんはしめじ君に向かって頭を下げた。
「わかりました。そう… 課長さん、あいつらにも休憩させてやってください」
「おお、そうですね。私、みんなに言ってきます。あ、そうだ、しめじ君、このお金でみんなの分の缶コーヒー、あの自動販売機で買ってきてくれませんか?」
「ありがとうございます。俺、買ってきます」
カナカナカナカナ
まだ、夏が始まったばかりだというのに、ひぐらしの鳴き音が聞こえてきた。
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