第7話 御宿の跡

 蓼科の山から東京に帰ったしめじ君は、いろいろなことから振りほどかれたいと言わんばかりに、海を求めた。

 ちょうど、大学の仲間のじーたま君と彼女のひとみちゃんから、海水浴に誘われていたので、ゆいちゃんを誘って日程を合わせた。


 海なんてどこにでもあるというのに、なぜに都心から二時間も掛かる千葉県の御宿おんじゅくに行くことになったのかははっきり覚えていない。ただ(「おんじゅく」って素敵なおんだな)としめじ君は思った。

 

 じーたま君と、ゆいちゃんと、しめじ君は東京駅で待ち合わせて国鉄総武線に乗って千葉駅へ向かい、千葉駅からひとみちゃんが合流して、外房線で御宿駅まで向かった。


 御宿駅から1キロ弱歩くと黄色っぽいノーマルな砂浜と海が見えた。

 4人は海の家で早速、水着に着替えて砂浜に出た。

 ひとみちゃんは、胸に二重のフリルが付いたセパレートの水着だった。もしかして、自分の胸の薄さを気にしていたのかもしれない、と不謹慎なことをしめじ君は思った。一方、ゆいちゃんの方はというと、前にプールに一緒に行った時にも着たショッキングピンクのセパレートの水着だった。ゆいちゃんは高校時代から巨乳だったから、その水着姿はじーたま君だけでなく、周囲の多くの男性からも視線を浴びせられて、しめじ君はなんだか恥ずかしい気持ちになったが、ゆいちゃんは、そういうのは全くお構いなし、って感じだった。


 4人は海に入って水浴びしたり、砂浜で寝っ転がったりしていたが、しめじ君は、砂浜に居るときは熱心にサンオイルを体に塗っていた。ずっと、涼しい蓼科に居たのもあって、しめじ君の身体のほとんどは真っ白で、恥ずかしさを感じていたからだった。

 買ってきたサンオイルも、“即効性”と印字されていたもので、手が届かない背中はゆいちゃんに頼んで塗ってもらった。


 四人は、午後3時頃には着替えて、来たルートの逆の鉄道で帰った。



 異変があったのは、次の日の朝だった。


「いててててて…」


 目覚まし時計が鳴る前に、痛みでしめじ君は目覚めた。

 おそるおそるTシャツを脱いで、手鏡を二つを使って痛い箇所を見てみたら、肩から肩甲骨に掛けて、多くの水膨れがあることがわかった。


「こ、これは、やっちまった」と、しめじ君は思わず声が出た。


 即効性のサンオイルで急に日焼けさせたことによる見事な火傷だった。

 しめじ君は、救急箱からオロナインを出して、手が届く限りに塗りまくって、Tシャツを着直した、が、Tシャツの衣擦れですら声が出そうになるくらいの痛みを感じた。


(これから、バイトだってのに大丈夫か?)


 朝7時半。最寄りの駅から電車に乗ろうにも、開いたドアの車内はいつもの通り寿司詰め状態。

 痛い背中を車内に向けて「すみません」と言いながら後ろ方向に背中で乗客を押して入る。


(ぐ、グワっ)


 激痛が肩や背中に走る。また、ちょっとしたカーブやブレーキで他の乗客が寄り掛かってきたときなんかもそうだった。


 そうやって40分後に駅のホームに出てようやく解放されたときには、それが暑さによる汗なのか冷や汗なのかそれとも、溶けたオロナインなのかTシャツは大変なことになっていた。


 バイト先の工場の社長に火傷跡を見せながら事情を説明したが、さすがに、上半身裸になるわけにはいかなかった。しめじ君は、ハサミを借りて、着ていたTシャツの袖を落としてタンクトップにすることで衣擦れの面積を小さくして仕事をしたのだった。





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