vol.14~「Dreams」(1977) Fleetwood Mac~

 大学2年生の夏、長野県の蓼科高原でアルバイトをしたことがあった。

 サークルの先輩の話では、白樺湖畔や女神湖畔の土産物屋の売り子のバイトで、日当はあまり高くないものの、店が暇なときは、湖畔で記念撮影する女子をお店まで連れてきてアイスクリームのサービスをしても良い(いわゆるナンパ 笑)、ということだったので、同学年の男子ばかり5人で車に乗り、ウキウキ気分で蓼科に乗り込んだ。


 明け方前に女神湖にある土産物屋に到着。以前は、民宿兼レストランだったが、そこを改装して土産物屋にするとのことで、商品棚に土産物の陳列をするところから仕事を始めてほしい、という事前の話だった。

 ところが、ガラス戸に顔を付けて真っ暗な土産物屋の店内を見ても、がらんどうで、商品棚は入っていないようだった。

 しばし、車の中で仮眠をして、朝、お世話になる観光会社の課長と顔を合わせた。課長は40歳代前半くらいの細身の男で、事前の話では、この課長が女子へのナンパを積極的に推奨するとのことで、印象も気さくな感じがして悪くなかった。

 課長に案内されて、土産物の店内に入ると、グレーのコンクリートの床が広がっているだけで、やっぱり、がらんどうだった。課長は、僕たちバイト生を店内の端の方に案内した。そこには、畳くらいの大きさの板状のものが人の腰の高さまで積まれていた。


「この土産物屋の商品棚を10個ほど、これから皆さんに作ってもらいたいと思います。期間は3日間くらいで。のこぎりや金づちなんかの工具やニスはここにありますのでよろしくお願いします」


 課長は、ニコニコしながらさらっと言った。

 僕はすっかりあっけにとられていたが、「あの、質問なんですけど」仲間の一人が口を開いた。

「はい、なんでしょう?」と課長はキビキビ聞き返した。


「棚を作るって、あの…設計図かなんかはないのですか?」と、そいつは言った。


「いや、設計図はないんです。皆さんの若い発想をフルに使って作っていただいて構いません。一応、作る前に、皆さんが考えた設計図を見せてください。良ければそれを量産していただきます」と課長はニコニコしながら答えた。


「あの、うちらは、工学部でも建築学科でもなく、全員、文学部なんですけど、それでもいんですか?」

 別の男友達がそう言った。


「いやあ、構いません。みなさん、中学校で技術家庭科を勉強してきたでしょ?それくらいの知識と技術で構わないです」

 

 僕たちは、腰の高さまで積まれた厚いベニヤ板から目を離さないでその返答を聞いた。


 僕たちは、すぐに相談し合って上段・中段・下段の三段をあつらえた棚の設計図を作って課長に見せ、OKがもらえたので、その日の午後から棚の製作に入った。5人の仲間の中で技術的に長けているものは一人もおらず、正真正銘のDIY作業だった。


「俺たちって、棚に商品を陳列するところからって聞いてなかったっけ?」

「なんで、俺たちが、大工仕事?」

 のこぎりでベニヤ板を切る音に紛れながらもちろん、僕たちは仲間同士でぼやいた。

 でも、とにかく、10個の棚をでかさない限り、商品を陳列することも、湖畔の女子をナンパすることもできないわけで、僕たちは、黙々と作業を進めた。


 元民宿兼レストランだったので、僕たちバイト生の宿泊場所は、民宿部分の部屋を与えられた。とはいえ、2段ベッドが置いてあるだけの狭い部屋であり、今時、こんな民宿は流行らないはずで、土産物屋への転換はもっともな話だと思った。

 食事は、炊飯器でご飯を炊き、簡単な食材で味噌汁とおかずを自分たちで作るものだったので、相談して食事作りは当番制にした。

 そうして作られた簡単な食事を僕たちは、元民宿ゾーンにあった小さなカウンターで摂った。テレビもない味気ない空間を埋めてくれたのは、僕が東京のアパートでFM放送をエアチェックした2本のテープだった。洋楽が入ったそのテープが唯一の息抜きをするツールだった。

 だから、朝食の時も、昼食の時も、夕食の時も、コーヒータイムの時も、そのテープの音楽が流れた。


 フリートウッドマックの「ドリームス」は、その中でも、最もみんなに愛された曲だった。スティーヴィー・ニックスのあのけだるい声が僕たち(の怒りみたいな感情)を癒してくれ、淋しい隙間を埋めてくれた。


 約束通り、3日間で10個の棚を作りあげて、僕たちは歓声を上げた。そして、その夜は、みんなでお金を出し合って酒を買って祝杯を挙げた。そこで、流れていた曲も、僕の洋楽テープだった。


 翌日、課長が僕たち5人を呼び出してこう言った。

「これから、白樺湖に新しく作った土産物屋に行ってもらいます。仕事内容は、そこにいる観光会社のスタッフに聞いてください」


 白樺湖に行く道すがら「まさか、白樺湖で棚を作れ、なんて言われないだろうな」「さすがに、それはないだろうて」なんて笑いながら僕たちは車の中で言い合った。


 白樺湖の土産物屋は、鉄筋コンクリートで作られたすごくきれいで大きな建物だった。中に入ると、がらんどうで、フロアの隅には、胸の高さまで積み上げられたベニヤ板が確固たる存在感で鎮座していた(笑)




♪「Dreams」/ Fleetwood Mac

https://www.youtube.com/watch?v=Y3ywicffOj4


現在地:秋田県男鹿市船川港比詰大巻羽立駅付近 走行中

https://www.google.co.jp/maps/@39.9169989,139.8120901,12.47z?hl=ja&authuser=0

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