第3話 裏の裏

…3、2、1、GO!


カタパルトから選手たちが射出される。ディスクは、点数を取られたチームのゴール近くのオブジェクトに配置される。レッドチーム側のシールドの上部に浮かぶディスクをユウがキャッチし、前に少しずつ進めていく。


一方、ヴェルはすぐにゴールへ、そしてアキはゴールの前にある透明なシールドの枠につかまった。


「ゆっくり進めていこう」


そう言ったユウは取ったディスクをつかみながら右サイドの中央トンネルを進めていく。

ヤナギとサハはディスクを持っていない時だけ使えるブースターを使って敵陣ブルーサイドの奥の方まで左右に分かれて移動していく。


その様子を見ながらカズマは自陣ブルーサイドの中央のオブジェクトで、ずっとユウがやってくるのを待っていた。


ユウがブルーサイドの四分の一ぐらいまでやってきたところで、カズマが目にも止まらぬスピードで一気に近づく。もちろん一対一のディスクの奪い合いだとユウではカズマに到底かなわない。


すぐにユウは判断しディスクを投げようとする、しかし一歩遅かった。

サハにディスクを投げようとした瞬間に突然のスタンを食らう。ユウのアバターは沈黙し、明後日の方向にディスクが飛んでいく。


カズマはユウを殴った反動の勢いをそのまま、浮き球になったディスクをさっとさらい、そのまま中央トンネルの深いヴァージを伝ってレッドサイドへ。


ブルーサイドにいたヤナギとサハもすぐにカズマを追いようとするも全く追いつかない。


そしてあっという間にカズマはレッドサイドの中央あたりに位置する二つのダイヤモンドが並んだオブジェクトへと近づいた。


「アキくん、きたよ。

引き付けてから飛びついて。

運よく足でもつかめればそこから登ってスタンできる」


ヴェルはそうアドバイスしつつカズマが迫るのを待つ。

カズマはフェイントを駆使しながら右へ左へとスラップしながら前に進んでくる。


今だ!


カズマが壁から離れて宙に浮いた瞬間を見計らって、アキはブースターでカズマに近づきスタンにかかる。


と、見せかけてアキはガードをした。


ガツン。


「えぇっ!」


カズマが声を上げる。スタンしたのはアキではなくカズマだった。カズマはアキのパンチが届く前に高速なジャブでスタンしようとしたのだが、アキはそれを見越してガードをしたのだった。


アキは浮いたディスクを取り、すぐにヴェルにパスをする。ヴェルのいたゴールから少しずれた場所にディスクは飛ぶが、ヴェルにとってはそれぐらいのズレは問題ない。キャッチして左手を床に着けて長距離投擲クリアを構える。


「誰か取って!」


ヴェルが放ったディスクは、真っすぐ右サイドのトンネルを抜けてブルーサイドに到達する。


カズマはすぐにヴェルをスタンし自陣に戻ろうとするが自陣ブルーサイドはまだずいぶん先だった。


ディスクを追いかけるユウとヤナギとサハ。そして一番最初にディスクに到着したのはサハだった。サハはディスクを拾うと慎重に地面をスラップしてゴールに近づき、そしてゴールをもって右手で素早くディスクをダンクした。


ブーーーーーーーッ!


ゴール音が鳴り響く。


「やったー!!!!」


サハは大きく両手ガッツポーズをした。


全員がバックボード裏の待機場所に戻った時、ナイス、ナイスと全員で声を掛け合う。ヴェルはアキに肩を持ち抱き着いてきた。


「カズマさんからディスク取るなんてすごいよ、アキくん」

「…たまたま、フェイントがうまくいっただけで…」


アキは、自分の作戦が通用したことが誇らしかった。そしてこのフライングディスクがこんなにも面白いことに気が付いた。


そうこうしている内に、すぐに次のカタパルトのカウントダウンが始まる。同じくヴェルとアキは2番カタパルトへ。ほかのメンバーは1番カタパルトへ向かった。


――――――


そこからの展開は一方的だった。アキが殴り合いの心理戦を仕掛けてくると分かったカズマは、アキからは距離を取り、一方的にオブジェクトの中をスラップで旋回して回る戦略に変えたのだった。


こちらがディスクを持っているときは高速なパンチと高速なかすめ取りでディスクを自分のものとし、高速なスラップで距離を取ってゴール直前に近づくとヴェルに飛びつかれる前に剛速球のシュートを決めていった。


気付けば点数はあっという間に、21-2となっていた。


アキもヴェルもユウもヤナギもサハも汗でにじみ、息が切れかけていた。

宇宙空間で両手や腰の上下、時にはジャンプを駆使して10分以上の間も動き回ったのだ、無理もない。


サハはもともと激しく動くプレイヤーなのか、疲れすぎてぜえぜえという声さえ聞こえる。


そして試合終了間際のあと1分というところで試合が動く。


華麗なスラップでオブジェクトを伝いながら動くカズマだが、ユウの執拗なプレッシャーをよけ続けるのも並大抵のことではない。ユウから延びる手をよけようとしたとき、たまたまディスクが後ろからやってきていたヤナギの頭に当たってカズマの手から落ちる。


「チャンス!」


小さなチャンスをユウは見逃さなかった。

まるで空間を削り取るように手を振りディスクを確保する。そして、ちょうど後ろには、タイミングよく勢いをつけてブルーサイドに向かおうとするサハ。


「乗せて!」


ユウはサハの頭をつかむと一気にカズマから距離を取る。

そのままの勢いのまま敵ブルーサイドのゴール前へ。取り残されたカズマはブースターで追いかけるが全然おいつかない。そしてゴール前についたユウはシュートフォームを構えてディスクをゴールに叩き込む。


ブーーーーーーーッ!


シュートスピードは16m/s。アシストプレイヤーとしてヤナギが表示されている。


その後バックボード裏の待機室に全員が戻らされるが、15分のゲーム時間が終了しゲームエンドとなる。


ブッブーーーーーーーッ!


結果は、20-4。日本代表アタッカーのカズマ一人に対して5人で4点をもぎ取った。これがすごいのかどうかアキにはわからなかったが。このフライングディスクが身の毛がよだつほど面白いということが分かった。


「お疲れ様~」


試合が終了すると、コートの中央に表示される得点表や各統計情報が表示されるボードの前に選手全員が集合する。それぞれのプレイをねぎらって声をかけたった。ボードの下には、4つの表彰がされている。


MVP: Kazuma

スティーラー: Yuu

守護神: Vell

トリックスター: Aki


その表彰表示が現れた瞬間アキの左腕の腕時計のようなデバイスから通知が表示される。


「アキさん、すごい。トリックスターだ。多分カズマさんのようなハイレートのプレーヤーからディスクを取ったから」


ヴェルが驚いている。自分にきた通知を開くと、新しいシャーシが手に入ったことを知らせる通知だった。そこには、魔狐ロキのシャーシが表示されていた。


まるで素早く動ける狐のような美しいフォルム。駆け抜ける風のようなデザイン。アキがなりたい姿にぴったりのシャーシだった。アキは今すぐ装着というボタンをタッチしてそのシャーシに変更した。


「というわけで、もうみんな疲れただろうし、今日の体験会。

体験会というにはヘビーな内容になっちゃったけど、終わりたいと思います!」


ヴェルがそういうと、皆からは拍手があがった。


「ありがとうございました、

本当に楽しかったです。これからもフライングディスク練習したい」


ヤナギはそういうと


「練習だったら付き合うよ、

たいていの夜はインしてるし、一人の時はAI戦や野良で対人戦もいいしね」


そうユウが返す。


「……………あ、ありがとうございました……………」


アキはヴェルに近づき、感謝の気持ちを伝える。


「アキくん、きっとうまくなるよ。カズマさんからディスクをとれるなんてすごい」

「センスあるよ、いつか一緒にまたプレイできるのを楽しみにしてるよ」


ヴェルの賞賛に、カズマが期待の言葉を添える。


カズマさんに、そういってもらえるなんて…。


アキは長らくこのように人に褒めてもらったことも期待されたこともなかったため、そのように言われて胸が熱くなった。日本代表選手に褒められるなんてこんなにうれしいことはない。


「フライングディスク練習会は毎週火曜日と木曜日の夜にやってるから、

チームの練習にもしよかったら来てね。

あとはもしよかったら同好会の申請の名簿登録もおねがいします!

これがないと同好会存続できないので!

では今日はこれで解散とします!

ありがとー!」


そうヴェルが言って、解散の雰囲気となった。


その後、新入生とユウとも連絡が取れるようにチャットツールでの名前や、フライングディスク内でのフレンド登録も行った。

そしてアキにとって鮮烈な経験となったフライイングディスク体験会は終了となったのだった。


――――――


あれから2日たった日曜日。

アキは、ベットでうずくまっていた。


今でも鮮烈に思い返す。カズマさんの高速なパンチをガードで防ぎ、ディスクをヴェルに渡したあの瞬間を。


あれから、何度かフライングディスクを起動しては、一人でスラッピングの練習をしたりしてみた。ディスクを投げるのはどうもうまくならないが、スラッピングでオブジェクトとオブジェクトの間を高速に移動するということに関しては、アキは自らの上達具合に驚いていた。


そして、それとともに自分には全く筋力が足りなくて、両手を挙げたままそれを維持したり、何度もジャンプできたりできないことに気が付いた。


筋トレしないとな…。


筋トレなんて、中学時代に入ってすぐにやめたバスケ部のウォームアップの時にやって以来だった。


――ジュージュージュージュー。


台所から母が料理している音が聞こえる。母は普段は工場で事務の仕事に出ているが、休日はどこかに遊びに行くのだ。いつも自分のために昼食と夕食の料理を作ってくれた後、どこかへと行ってしまう。


アキは、同好会の申請のために保護者の同意が必要であることを思い悩んでいた。同好会の申請フォームへは保護者のメールアドレスが必要となり、さらに確認のメールが飛ぶのだ。


アキには中学時代、母に迷惑をかけてバスケ部を辞めた経験がある。ユニフォームまで買ってもらってバッシュなども一式そろえたにもかかわらずだ。そのような状況があるにも関わらず、母にスポーツの同好会に入りたいなどと言えるわけがない、いえるわけがないのだ。激しく怒られるに決まっている。


しかし、フライングディスクをみんなとやりたい。ヴェルやユウのことが思い出される。もしかしたら自分が変われるかもしれない、その思いがアキを突き動かした。


布団の中でうずくまっていたアキはベットから起き上がり、ゆっくりと台所に近づいた。


「お母さん、実は…………」

「…………どうしたの?」

「…………言うかどうか、本当に迷ったんだけど、また部活動やりたいんだ……」

「……………」

「…………VRを使ったチームスポーツなんだけど、すごく面白くて、またやれたらなって…………」

「……………」

「…………駄目だよね…………」

「………アキちゃんがあんな目にあったこと、お母さんは忘れられないのよ………」


料理の手を止めてアキの母はアキの方を向いた。


「アキには才能があった。でも、それをねたむ人もいる。

社会ってそういうものだし、

またアキにはそういう経験をしてほしくないお母さんの気持ちがわかる?」

「……わかる…………」


女子バスケ部であったことは壮絶ないじめだった。中学の女子バスケ部に入ったアキは、中学一年生にも関わらず猛烈な勢いでうまくなっていったのだ。そして、他の一年生や二年生を差し置いて三年生ばかりがいるチームのスターティングメンバーにも選ばれた。


しかし、中学生において実力だけでのし上がっていけるほど中学の部活動に参加する中学生の生徒たちは大人ではない。そこには壮絶ないじめがあったのだ。


バッシュは隠される、ユニフォームは汚される。そこにはアキの爛れた皮膚に対する暴言もあった。


「このオバケ!」


そう言い放った女子バスケ部の先輩の言葉が思い出されて涙が出た。アキの母も泣いていた。


「…………また学校に通えなくなるようにはしたくないの…………わかって………」

「………………」


アキは何も言えなかった。


アキはとぼとぼと自室に戻り、自分の布団に籠って大声をあげて泣いた。

もう一度フライングディスクがやりたい…でも母にもう一度迷惑はかけたくない。


フライングディスクをやるためのVR機器が床にさみしそうに放り出だされたまま佇んでいた。

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