第2話 日本代表
ヴェルの肩をつかみ移動する3人の新入生が、たどり着いたのは、自分とそっくりのロボットが中央にハの字に手を広げて表示されている部屋だった。
「まずはここ、アバタールーム」
ヴェルはそういうと、自分のアバターの色を変えて見せた。
「ここで、FDをするときの格好を好きな格好に変えることができるよ。私はこの
ヴェルは、端末を実際にさわりながら説明する。
「ユウさんのそのアバター、自分もそれを着たいですが、どうすればいいんですか?」
ヤナギがユウに尋ねる。
「残念だけど、この
あと、ヴェルが着てるあの
「なるほど…」
「まあ、目標となるシャーシがあったりするとそれに向けて練習するのもひとつ。
あとプロリーグやアマチュアリーグで特定の成績を収めるともらえるシャーシやバナーもあったりするよ」
「すごいですね」
どうやら、最初から利用できるアバターの部品には最初は制限があるようだった。アキはヴェルが使っていた美しい戦いの女神のアバターを使いたいと思いつつ、ロボット調のデフォルトアバターの
「じゃあ次はブロウラールームに行こうか、また私を掴んで」
新入生たち3人はヴェルの背中や肩をつかむとヴェルに乗って移動した。アバタールームの隣にある部屋だった。一方ユウは軽やかに移動し、ヴェルたちよりももっと早くブロウラールームに到着していた。ブロウラールームは高さ、幅、奥行きそれぞれ10mぐらいの球形の部屋で、そこら中につかむための立方体のオブジェクトが浮いていた。
「このブロウラールームでは、殴りあうことができます!こんな感じにね」
ヴェルはこぶしを握り、ユウの頭を殴る。ヴェルのこぶしは青く光り、殴られたユウのアバターは電源が落ちたかのような色になり、全く動かなくなった。この状態が3秒間のあと、また電源が付くように元通りになる。
これが説明で聞いたスタン状態なのか。
「じゃあ、ユウ、ガードしてみて」
今度はユウは両手のこぶしを顔の前に合わせガードポーズをとる。そうすると頭の周りに青く光るバリアが現れた。
「これがガード状態、そしてこれを殴ると…、こんな風に」
今度はヴェルがスタン状態となった。
「まあこれは戦闘中の駆け引きとしてやるスタンとガードのやり方だね。
最初は、ディスクが取れなくてスタンするだけでも活躍できたりすることがあるから一応知っておくといいかも。
試しに、私とユウを殴ってみましょう!」
アキは生まれてこの方、人を殴るなんてしたことがない。
アキはおそるおそる、握ったこぶしをヴェルの頭に近づけてみる。
ガシャン。
ヴェルの
「ね、そんなに難しくないでしょ。
このゲームだと殴る勢いは関係ないからこぶしでタッチするって考えると殴る抵抗がないかも」
その言葉でアキは少し安心した。
一方、ヤナギとサハは一生懸命ユウを殴ろうとしているが、全くユウに当たらない。
ユウは目の前のオブジェクトを使って移動して巧みにヤナギとサハを躱していた。
「ユウはいつも殴らせないよねw」
ヴェルはそういって笑っていた。ただそのユウの身のこなしは信じられないほど素早く、長くプレイをするとそこまで機敏に動けるのかとアキは驚いた。
「じゃあ最後に、トレーニングルームに行こうか」
ヴェルの肩につかまって対面の部屋に移動する。ヤナギとサハは、ユウの肩につかまって移動していた。トレーニングルームにたどり着く前にアリーナのミニチュアが置いてある作戦部屋のようなところも通った。試合の前にはここで連携を考えたりするのだろうか。
――――――
トレーニングルームは、実際のアリーナの3分の1ほどのサイズのアリーナそのものだった。正面にゴールがあり、実際のアリーナそのもののオブジェクトが並んでいる。入口方面に伸ばしていけば実際のアリーナと同じ形になるのだろうが、練習用にゴール付近だけ切り出したような形状をしていた。
すでに何人か練習をしている人たちがいる。ヴェルは練習してる人たちには構わず解説を始めた。
「ここはトレーニングルーム。ここでディスクを投げたりゴールキーパーの練習をしたりするところ。
―でも一番最初にやるのは、こんな風に、移動することかな」
ヴェルは目の前にあったオブジェクトを指先ではじいて、上の屋根ににタッチして、また屋根をはじいて戻ってきた。
「スラスターとブースターで移動もできるんだけど、実際にはこんな風にアリーナのいろんなところに浮いてるオブジェクトをもってはじいて移動するほうが早かったりするんだよね。早速やってみようか。まずは目の前のオブジェクトをつかんでみて」
テーブルのようなオブジェクトに集まってた5人が、オブジェクトをつかむ。
「最初はデコピンするような感覚かな、これのことをスラップっていうんだよね」
ヴェルに言われた通り、デコピンするような感覚でテーブルのようなオブジェクトをはじく。すると体がふわりと浮き上がり、ゴンと天井に頭を打った。
「うまいね。そんな感じ!」
アキはスラスターでまた元のテーブル状のオブジェクトに戻ってくるが、ヴェルは天井をはじいてさっと戻る。
「天井も同じようにはじけるからやってみるといいよ」
ヴェルの言われた通り、ゆっくりと何度もテーブル上のオブジェクトと天井を行き来してみる。
「めちゃくちゃうまい!」
アキはちょっとしか動いてないのに手を上下ではじくだけでもジワりと汗をかいてきた。
楽しい…。
ヴェルに褒められてアキは心の底から嬉しさが込み上げてきた。なんどでもやってみたい。ここまで褒めてもらえたのは父とよく公園で遊んでいた小学校低学年の時以来かもしれなかった。
一方、ヤナギとサハは苦戦していた。うまくオブジェクトがはじけないようで、逆方向に移動したりして、スラスターやブースターで戻ってきたりしている。
「―ふつうはあれぐらいのところからスタートだよ。こんなに壁を使っていきたいところにけるなんてなかなかないよ、アキくんはすごいね」
5人がこのスラップの練習を数十分した後、ヴェルはどこからかディスクを取り出した。
「じゃあ床でキャッチボールしよう!っていってもボールじゃなくてディスクだけどね」
FDを初めて1時間ぐらいたったからか、新入生3人も全員ある程度は行きたいところに移動できるようにはなってきていた。全員が床におり、円形にフォーメーションを組んだ。
「じゃあ行くね~。ヤナギさん」
うわっ、突然パスが飛んできたヤナギは、ディスクをキャッチできず、ディスクが後ろの壁に飛んでいく。それを、さっと目にもとまらぬ勢いで移動してユウが取る。
「球拾いするから自由になげていいから」
そういってユウはヤナギにディスクをそっと渡す。受け取ったヤナギは振りかぶってディスクを投げる。
「ヴェルさん!」
ヤナギは、ヴェルに向かってディスクを投げるが、上の方向にずれてしまった。しかしヴェルはそれをものとせず、床をとっさにはじいて余裕をもってディスクをキャッチする。
「じゃあ、次、アキさん!」
次のディスクは、自分に来るような気がした。ヴェルが空中で投げたディスクは真っすぐと自分に向かって進み、そのディスクは吸着するかのように自分の手に吸い込まれピタッとくっついた。
ヴェルから届いたパスを自分がすっと受け取れたことがうれしくてアキはディスクを眺めた。
「じゃあそこから、サハさんにディスクをパスして」
そうヴェルにいわれて、ディスクを投げる
「………サハさん!」
知らないうちにアキからは声が出ていた、声を出そうと意識をしていたわけではない。自然に声が出たのだ。しかし、ディスクは床にはじき、より上へ。
やってしまったと思ったが、それもヴェルがさっと取り、それを丁寧にサハに受け渡した。
ディスクパスの練習を開始してまた数十分後。突然、スパルタ風のギリシャ風戦士のような兜を被ったアバターの男性が入ってきた。
「ヴェルさん、ユウさんお久しぶり~!
皆さん初めまして!日本代表エースストライカーのカズマでーす!」
底抜けに明るい声とコミカルなポージングと一緒に現れたその男をみんなが見る。
「カズマさん!」
ヴェルもユウもそのカズマをよく知っているようだった。そしてカズマの頭の上に表示されるバナーには、「VRSL asia/oseania」と表記されていた。この人がもしかしてプロリーグの選手なのだろうか。
「今、ちょうど、初心者向けの体験会をやってて」
「めちゃくちゃいいね。せっかくだから俺も手伝うよ~!プレイヤーの育成はトップリーグ選手の義務だからね!」
「ほんと~うれしい!」
「ヴェルちゃんのためなら何でもまかせて!」
そういうとカズマは力こぶを作った。
「もうパス練習まではやったんでしょ?せっかくだし、1対5をやってみようか」
そしてカズマの提案により、さっそく1対5の試合をやってみることになった。アキは1対5の試合なんて成立するんだろうかと思った。サッカーやバスケではフィジカルがどんなに強くても、5人の選手に囲まれたりするとゲームは難しい。ましてやさきほどのスタンなんかされたりしたら、動けずにこちら側が圧倒的に有利なんじゃないかと感じていた。
「プロをボコせるチャンスがきたー!」
ユウはかなりやる気になっているようだった。
「じゃあ、折角だしやってみようか。試合の中でみんなにはいろいろ教えられるしね。カズマさん、おねがいします」
「OK、今プライベートアリーナ作るから、パーティに招待するね」
ヴェルがお願いすると、自分の体についている腕時計のようなデバイスから表示されるメッセージに通知の通知が飛び出てきた。それをタッチして操作ボードを開くとカズマからのパーティへの招待が確認できた。
「カズマさんから、招待飛んでくるはずだからまずはパーティーに入って、わかるかな」
ヴェルの案内もありすぐにわかった。カズマのパーティに参加しますか?という質問に対して参加するを選択する。パーティができたのを確認してカズマはさっと先ほどの端末がたくさん置いてあった中央の部屋に移動していった。
そして、目の前のカウントダウンがはじまり、プライベートアリーナへの移動が行われているのが分かった。
――――――
プライベートアリーナの中は、今までの白を基調とした部屋から、赤を基調とした部屋になっていた。
「こっちがレッドチームだね。ここはバックボード裏といって、ゴールの後ろ側にある部屋になるよ。
この5個のチューブのカタパルトを使って、カウントダウンと同時にアリーナに飛び出して試合開始する感じ」
ヴェルは、目の前に表示される5個のカタパルトへの入り口を指さし説明した。そして、目の前にはチームメンバーリストが表示されている。
ブルーチームには、Kazuma一人。
レッドチームには、Vell、Yuu、Aki、Yanagi、Sahaの五人の名前が表示されている。
本当に1対5をやるんだ...。どんな試合になるのかアキには見当もつかなかった。もしかしたら勝てるのかもしれないけれど。
「…先に言っておくけど、点数が1点でもとれるだけですごいと思うよ。
まあそれぐらい実力差あるけど、とにかく試合を楽しもう!こんな機会めったにないから。
あと、私がゴールキーパーに入るね」
ヴェルはそういうと、一人で一番上部にある1番カタパルトに向かった。
そして試合の開始のカウントダウンが30秒からはじまる。チームのメンバーリストの上には開始までの時間が表示されていた。そして残された4人に対して、ユウがカタパルトの使い方を説明する。
「最初は、この2番カタパルトつかんでその勢いで中央のディスクに向かうんだけどとりあえずついてきて」
残りの4人は2番カタパルトのチューブに入っていく。
「あと実はさっき教えたスラップって人に対してもできるんだ。
俺に乗ってそこからさらに勢い付ければディスクに最初に触れるはず。
相手は一人だから絶対取れるから」
そうユウが言った後、すぐに。カウントダウンの読み上げのアナウンスが10から始まる。なんとも言えない緊張感がやってくる。
…3、2、1、GO!
カタパルトが起動し、すごい勢いで4人がアリーナに射出される。チューブ中の景色がまるで電車がトンネルの中を走っているかのように見える。
ユウの背中をつかんでいたアキは、つかんでいただけなのにすごいスピードで中央に浮かぶディスクに向かっていくのに驚いた。
こういうことかな?
アキは、先ほどのオブジェクトをスラップした時と同じ要領でユウの背中をスラップしてさらに前に移動しようした。すると、ユウの猛スピードにさらに上乗せするスピードでディスクに近づく。
すごい!!!!
これだとディスクを手にできそうだ。猛スピードでディスクに真っすぐと飛んでいく。
最初にディスクをつかんだのはアキだった。これをあのゴールにさえ入れれば点数が入る。そう思ってディスクをつかんだアキはスラスターを使ってゴールに向かっていく。
しかし、そんなに簡単にはいかなかった。
「ヘロー!でもそのディスクもらってくね~」
目の前に現れたカズマがそういうと、一瞬カズマが視界から消える。
―見えないパンチだった。一瞬下に消えたと思ったカズマが今度はいつの間にか上にいて、自分の世界は色味のない世界になった。
スタンされてる!
気付くとアキのつかんだはずのディスクはふわふわと宙を漂い、それをさっとカズマがさらっていく。
「そんな簡単にやらせない!」
後ろから来ているユウがそれを追いかける。ガツン。簡単にユウはスタンされてその場で停止してしまう。
「ヤナギさん、サハさん頼む!」
ユウがそう言って、スラスターとブースターを使ってヤナギとサハはカズマに近づくも、さっと、オブジェクトをスラップして旋回するカズマに全く追いつくことができない。
そして、あっという間にゴール前でヴェルとカズマの一騎打ちとなる。
ヴェルは大きく手を広げ、ゴールを守っている。
「ぜったい守る!」
ヴェルはそう声をあげる。そしてその瞬間カズマはこれでもかというほど大きく振りかぶり、体をしならせ剛速球を放つ。
ブーーーーー!
ゴール音が鳴る。ディスクを掴もうと強く握ったヴェルのこぶしは宙をつかみ。ディスクはゴールの中でくるくると回っていた。
「速い!」
そしてゴールの際のレーザーの演出とともにヴェルの掴もうとしたディスクのスピード情報が、ゴール前の透明なシールド上のオブジェクトに表示されている。秒速19m/s。とてつもない速さだ。
そして中央にある得点表は、0-0から2-0へと表示が切り替る。
点数が入ると全員がゴールの裏にあるバックボード裏のカタパルトにいたる部屋に戻される。2点を奪われた4人は再度バックボード裏の部屋に戻され、再度のカウントダウンが30秒から始まる。
「さすがにあのスピードのディスクは難しいね。強い…。
1対1だと止められないから、誰かもう一人ゴール近くでディフェンダーつけないかな」
ヴェルのその言葉を聞いたときに、とっさにアキは言葉が出た。
「僕がやりたい!」
全員がアキを見る。喋れたんだ、というみんなの驚きが伝わってくる。
「僕がディフェンダーをやってみていいかな。
できるかどうかわからないけどやってみたい…」
ヴェルは大きくうなずいた。
「よろしく頼むね、アキくん」
アキは、何かヴェルの役に立ちたいという気持ちで、ヴェルとともに5番カタパルトに向かった。
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