スペースエッジ
しふー
第1話 宇宙に浮かぶ競技場
ギュュュューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。
宇宙空間に浮かぶ
この
この
バヒュュューーーーン、バヒュュューーーーン。
ディスクを追いかけて、流星のような勢いで二人のアンドロイドの姿をした選手が背中のブースターで加速しながらディスクを追いかける。
「ゴール裏っ!!!!!!」
ディスクを取った選手に対して大きな声を出したのは、おそらく同じチームの選手。ディスクを取った仲間の選手は、カッと声の方向を見ると左手で壁をつかみ、そのまま左手で反動をつけながら右手で全力で振りかぶってディスクを投げる。
ディスクは高速に飛び、ゴール前に追いついた他の敵の選手の手をすり抜けてゴール裏の仲間選手の手へ。敵の選手がそのディスクのスピードにあっけにとられる。
「ナイスパス!」
パスを受け取った選手は、瞬時に左手で背後の壁をはじいて、右手でディスクを高さ幅2mほどのダイヤ型のゴール枠の中に叩き込む。
「どんなもんじゃい!」
ダンクを決めた選手は力づよくガッツポーズをし、同時に、たくさんのレーザー光線の演出とともに大きなブザーがなる。アリーナ全体の側面の壁にゴールをした選手名が表示され、ほかの選手たちからも大きな歓声があがった。
――――――
アキがフライングディスクを知ったのは、高校のオンラインで行われる部活紹介のイベントで流れた試合の動画が目にとまったからだった。
「私たちフライングディスク同好会は、この3月で卒業生が6人も抜けてしまって、今は私ヴェルとユウの2人で練習を行っています。
今月中にあと2人のメンバーを集めないと活動廃止の危機なんです!
ぜひ体験会に来てください!」
黒髪でショートカット、口元と耳にはピアスを付けた可愛い女の子がオンライン会議システムの向こう側で頭を下げていた。
アキは父の蒸発のせいで金銭的理由から前に通っていた中高一貫の女子校を辞め、このネットの通信制の高校に通うことになった。
正直、部活動には悪い思い出でこそあれ、全くいい思い出はない。ただチームスポーツだけには大きな憧れがあった。
フライングディスクの動画を見たアキには、宇宙空間を飛び交う美しいアンドロイドのアバターの選手たちが脳裏に焼き付いていた。
流線型のフォルムの美しい体、滑らかな形のヘルメット。仲間たちとディスクを追い戦う姿。まるでそれらは神にデザインされた様々な形の美しい機工天使が大空を高速に飛びながら戦うような、そんな神々しさを感じたのだ。
かっこいい…。
アキは選手たちの美しい体や、宇宙空間を縦横無尽に移動し、ゴールを喜び、声をかけあう選手たちにあこがれを抱いた。
僕もああなれるかな。
アキは気づけばヴェルが紹介したフライングディスク体験会の応募フォームのURLをクリックしていたのだった。
――――――
アキはVR(ブイアール)を使うのははじめてだった。
学校から教材として与えられたVRのヘッドマウントディスプレイは、正直、高校を卒業するためには必ず必要なものではないと言われていたので、開封したこともなかったのだ。教材と言われるとなかなか手が出ない、そんなものだ。
話は変わるがアキの皮膚はひどく爛れていた。これは生まれつきのものだ。アトピー性のものなのか常に体がかゆく我慢できず掻いてしまうため、ひどく爛れていた。爛れは膨らみを帯びまるで全身が象の皮膚のようになっていた。アキは、吹き出ものもなくきれいな肌の人が映る動画などで見るたび暗い気持ちになった。
VRに興味が出たのは、そんな自身の見た目を気にしなくていいかもしれないと思ったからだ。アキは自分の見た目でいろんなところで損をしてきた。さすがにVRの仮想空間で自分の肌が反映されるようなことはなかろうと思っていた。
はじめてのVRヘッドマウントディスプレイを身に着けて、学校のホームルームなどが行われるアプリ、バーチャルワールドに入る。バーチャルワールドでは最初にまずは鏡のある自分の部屋の移動する。
そこには全身の肌が爛れた自分などはいなかった。
「これがぼくか...」
両手にコントローラーを持ち自分のアバターに触れてみる。そこには何の変哲ものないロボットのキャラクターが表示されているが、全く別人になったような気分だった。
アバターは好きなものを選べるようだった。最初はかわいい女の子のアバターにでもしてみようかと思ったが、中性的な女性のアバターがありそれが気に入った。髪は短く薄い紫、肌は透き通ったような白色で、美しい体系でスパッツとラッシュガードのようなスポーティな衣装を着ていた。アキはそのアバターが気に入った。
フライングディスクの体験会は、まずはこのバーチャルワールドで簡単な研修をしてからになるそうだ。そもそも何も知らずに宇宙空間に投げ出されると移動もできずに逆に楽しめないとのこと。フォームで応募があった後、主催者のヴェルより学校で使うチャットシステムで自分にダイレクトメッセージでそう伝えられた。
バーチャルワールドの自室で、アバターをいじりながらゆっくりしていると体験会の前の研修の招待の通知が届く。空中に操作パネルが表示され、アキはそれに気づいた。アキは慣れないバーチャルワールドの操作パネルを確認しながら、主催者ヴェルから届いた招待を受けてワールドを移動した。
ワールドの移動ボタンを押すと周囲は暗くなり、まるで宇宙空間を移動しているようなそんな光景が目の前に描きだされた。
そしてアキは今まで気にもしなかったが、思えば家族以外の人としゃべるのはずいぶん久しぶりだったことに気付いて心臓がバクバクしはじめたのだった。
ヒュゥゥゥーーーーン。
アキが移動してきたワールドは座席のたくさんある大きなホール。中央にはコンクリートを打ち付けたステージがあり、ステージの奥のスクリーンの前でお盆に飾るナスの
「こんにちはー。予約してくれたアキさんだね~。今回は来てくれてありがとー」
ナスのアバターの人は、部活動の紹介でオンライン会議システムに映っていたヴェルという先輩だった。よくとおる大きな声の女性だ。声から彼女の性格の明るさが伝わってくる。
「ヴェル先輩とかじゃなくてヴェルさんでいいからね。私もアキさんって呼ぶから、………大丈夫かな?」
「………よ、よろ……………う………………」
近づいてきてくれたヴェルを前に、あまりに久しぶりすぎて声が出なかった。もしかしたら日本語を忘れてしまったのかもしれない。先輩のヴェルに失礼なことをしてしまったらどうしようという気持ちでパニックになった。
「…………大丈夫だからね…とりあえず、落ち着ついて。別にしゃべらなくてもうなずいてくれるだけで大丈夫だからね」
ナスの
その後、ほかにも参加者が集まってきて、最終的にヴェルと自分を含めて人数は5人がホールに集まった。つまりこの講習会の参加者は4人というわけだ。
「それではフライングディスクの説明をはじめます!」
ヴェルの掛け声でワールド内で流れる動画や空中に描けるペンを使ってフライングディスクの説明が始まった。
フライングディスクはVRのアプリであること。
4対4でチームになって無重力空間でディスク取り合い、相手のゴールに入れれば点数が入るハンドボールのようなゲームであること。
ゴールへのシュート地点が3ポイントバブルという球の外なら3点、他は2点となるバスケットボールのような得点システムがあること。
ディスクは、ディスクの形状をしてるのでフリスビーのように投げるのかと思いきや、投げ方は自由だということ。
フライングディスクでの移動は、無重力空間を移動することになるので、両手首から腕に向けてエネルギーを噴出するスラスターと、背中から強力なエネルギーを噴出するブースターを使って移動する方法、あと何かをつかんで移動する方法があること。
ブースターでの移動は高速だけど連続して使えないことやディスクを持っている時は使えないという制約があること。
そしてチームメイトや敵の体をつかんで勢いをつけることもできること。
敵をグーで殴ってスタンという動けない状態にできるほか、殴るときに両手でガードされると逆に自分が動けないスタン状態になること。
試合開始時は、カタパルトというリング状になっているオブジェクトをつかんで、リングの真ん中をタッチすると射出されたアリーナの中央まで飛ばしてくれること。
このようなことを教えてもらった。
「あとは実際にフライングディスク、私たちはよく略してFDって言ってるけどそちらのアプリに移動してから教えた方がいいかな」
ヴェルの丁寧な説明のおかげでフライングディスクの概略をアキは理解した。もともとバスケットボールを部活でやっていたアキには慣れたゲームルールだった。ただ宇宙空間を移動するということがどういうことなのかはいまいちわかっていなかった。
アプリをフライングディスクに移動しようとしたところ、参加者の一人がVR酔いで離脱するとのことになった。アキは運がいいことにVR酔いはしなかったのだが、やはり酔ってしまう人は一定数いるとのことだった。
「では、FDで招待飛ばすので、そちら側に移動よろしくね」
ヴェルがそう言うと、なすびのアバターは前にうなだれ眠りにつくような格好になった。どうやらオフラインになるとうなだれたような見た目になるようだ。
それを見てアキもフライイングディスクのアプリを起動した。
――――――
フライングディスクのアプリを起動して間もなく、ヴェルからの招待が表示された。バーチャルワールドではまだ現実に近い仮想空間だったが、フライングディスクの仮想空間はまるでス〇ーウォーズの巨大な宇宙船の中のような景色になった。
重力がない!
無重力にアキは驚いた。最初ふわふわと浮き戸惑ったが心を落ち着けて前を見る。無重力空間では何もしないと、ちょっとでも壁に触れた反動で自動的に動いてゆく。アキは壁をつかむことで体が勝手に移動してしまわないようにした。
よく見ると先にヴェルと思わしきアンドロイドが手を振っている。ヴェルは、あの動画で見た美しいアンドロイドの姿だった。滑らかな肌、流線型の美しい体。色は灰色をベースとしたブルーが基調となっていた。女性を感じさせるようなつややかで上品な格好だった。
「フライングディスクにようこそ。ここはロビーだよ」
Bellと頭の上に表示されたラヴェルのあるアバターは手を振りながら、近づいてくる。バーチャルワールドにいたときには重量があって、みんな地面に足がついていたので自由に移動することができたが、無重量ではそうはいかない。
近づくヴェルの衝突をどうすればいいかわからず身構えたが、ヴェルは、近づくとさっとアキの肩を軽くつかみ、
「こんな風に、誰でもつかめるつかんで移動することもできるんだけど、まずはスラスターで移動するのが楽だよ」
と、気さくに語りかけた。軽くヴェルに触られただけの肩の部分が熱くなったように感じて、アキは自分の肩を触ってみた。特に何ともなっていなかった。
そうだ、スラスターとブースターで移動するんだった…。
ヴェルの言葉でスラスターの存在を思い出す。
プシュー、プシュー。
両手首から腕に向けてエネルギーを噴出するスラスターつけて移動をみるけれども、これがまた難しい。思わぬ方向に移動してしまう。手首の向きに移動することができると言っても実際に移動してみるのは大変だった。
「スラスターで移動するだけでも大変だよね、何かをつかんで移動することもできるよ」
ヴェルの言う通り、スラスターを使って移動するよりもものをつかんで移動するほうが圧倒的に簡単だった。アキはロビー内の入り口付近から中央に向かう通路の中央に配置された手すりをつかみながら少しずつ前に進んだ。
アキが最初に到着した入口のエリアから続く長い通路を進むと、その先には円形の部屋があった。その部屋の中央を中心にコンピューターの端末が円形状に10台並んでいる。そして、その10台の端末の中央には、このロビーのミニチュア模型が配置されていた。
「この小さいの、実はロビーの模型なんだよね。自分やほかの人がロビー内のどこにいるのかわかるようになってるの」
確かによく見るとミニチュアの模型の中には、「Aki」と書かれた自分の小さなアバターがあった。
「あ、来た来た、今ユウが入ったね」
ヴェルがそう言うと
バヒュュューーーーン。
「遅れてすみませーん」
ブースターで勢いをつけて、もう一体のアンドロイドがやってきた。ヴェルのアバターとはまたちょっと違うアバター。まるで魚人、サメのようなフォルムのアンドロイドアバターだった。
「説明会、遅れてくるなんてありえないー。せっかく後輩たちがこんなに集まってくれたのに」
「ごめんごめん、時間勘違いしちゃってた」
ユウと呼ばれた先輩は、謝っていたけれども全然反省してない様子だった。そしてすぐに一緒に講習会を受けていたほかの二人も集まってきた。
ほかの二人の生徒はヴェルやユウとは違い簡素なロボット感のあるアバターだった。そしてよく自分の体を見てみると自分自身もそのアバターを着ている。どうやらゲームをはじめたてだとこのアバターに設定されるようだ。
「じゃあ、折角だし自己紹介していこうか、じゃあまずはユウから」
「え、まじかよ」
「そりゃ遅れてきたんだからあたりまえでしょ」
「まあ、仕方ないか」
ヴェルに対して嫌そうな声で返答すると、ユウは自己紹介をはじめた。
「二年生のユウです。FDは去年からはじめました。やればやるほどうまくなるし、とにかくディスクを追いかけるだけでも楽しいので、ぜひ、FD続けてください!」
「―いいこといった!パチパチパチ」
ヴェルは、ユウの自己紹介に満足したようだった。そしてヴェルの自己紹介が始まる。
「次は私、二年生のヴェルです。ヴェル先輩じゃなくて、ヴェルさんとかヴェルちゃんとかって呼んでくれると嬉しいです!
ユウもユウ先輩とかでなくてユウさんとかでいいからね。
私もFDをはじめて、ちょうど一年です。私は宇宙が好きで、こんな風にふわふわ浮いてるだけで楽しめるんだよね。ぜひ一緒にエンジョイしましょう!
では、次、いいかな?」
5人は一つのコンピューター端末の前に円形になって集まり、時計回りに自己紹介が進行してく。
「1年生のヤナギです。スポーツに興味があって今日きました。よろしくお願いします」
紹介を振られたヤナギといった生徒は、丁寧な自己紹介の後、ゆっくりとお辞儀をした。その流暢さと丁寧さに、アキは、自分がこのように話せるか不安になった。
「パチパチ、次は」
「1年生のサハです。FPSゲーマーで、フライングディスクが面白そうだったのできました」
「ほかのゲームもやるんだね~。私じつはFD以外は全くゲームやらないんだよね。パチパチ。…じゃあ最後、いいかな?」
そしてアキの順番が回ってきた。
「………………あ、あ、アキです。………僕は……………………」
それがアキの精いっぱいだった。絞り出そうとして出した声だったが、声にならなかった。
「…大丈夫だよ~。そもそも聞き専でも楽しめるのがこのゲームだから……、アキくんよろしくね」
ヴェルは、先のバーチャルワールドでもアキがしゃべれなかったことを理解して、話すのが苦手だと思ってくれたようだった。アキは自分がみじめになって、涙がこみ上げそうになっていた。
こんなコミュ障な僕が情けない...。
このイベントに参加した後悔の念が沸き上がるが、でももう手遅れだった。あとは流れに任せるしかない。今はこのヴェル先輩に頼るしかないと覚悟を決めた。
「じゃあ、さっそくこれからロビーの機能を案内していくね~。まずは私の肩でも背中でもおなかでも背中でも好きなところをつかんで」
ヴェルはそういうと、自分の肩をトントンと右手で叩いた。新入生のヤナギとサハはヴェルの背中のブースターをぎゅっとつかんだ。アキは人の体に触れていいのか戸惑った。アキは他人の体を自分から触るなんてことをしたことはなかった。
「気にしなくてもいいから持って持って」
ヴェルはそういうと、右肩を差し出した。アキはそれをゆっくりと掴む。
「じゃあまずはこっちから行くね~」
ヴェルは左手でロビーの中央にあった端末をはじき、ブースターを起動して中央のセンタールームから延びる部屋へと3人を乗せてすごいスピードで動き始めた。
「うわぁ」
アキは思わず声をあげてしまった。今まで全く動かずふわふわしていた状態から機敏な移動になり、驚いたアキはヴェルの肩をより強く握ったのだった。
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