バイト

「頼む!生徒会に入ってくれないか!メンバーが足りないんだ。」

僕と黒絵は担任の先生に懇願されていた。どうやら、生徒会の一年生メンバーが足りないらしい。


部活動を見学した次の日、僕と黒絵は、やむをえずバイトをしなければならないため、部活動に参加できないということを伝えにきていた。うちの高校は基本的に部活動の強制参加になってはいるが、どうしてもお金が必要な場合であれば、許可を取れば部活動の不参加ぐらいならなんとかなるだろうと考えていた。だからこうやって部活動不参加の許可を取りに来たのに、なぜか担任に頭を下げられているこの状況に困惑していた。


「申し訳ないんだが、お願いできないか?うちの学校は基本部活動に参加することが決められているから、生徒会は希望制にはなっているんだが、各学年4人以上は生徒会に参加しなければならないんだ。ただ、今年はまだ一人しか希望している人がいないんだよ。ほら、その一人はうちのクラスの子だよ!」

おそらくその一人とは真白のことだ。真白の性格上、生徒会メンバーを募集していて、希望しない訳がない。でもそれが生徒会参加の理由にはならない。


「すいません、先生。バイトで部活動への参加ができないから部活動の不参加をお願いしにきているので、生徒会への参加をお願いされても流石に厳しいと思うんですけど…」

「私もそう思います。」

部活動に参加しない代わりに生徒会に参加すると言うのは矛盾してしまう。元々無理なお願いであると言うのは先生もわかっているはずだから、お断りの返事をしていたのだが…


「その辺は問題ない!忙しい時期はほとんどないし、生徒会は部活みたいに毎日あるわけじゃないから、二人がバイトのない日に参加してくれればいいから!内申点もあげるから!本当にどうにかお願いできないかな…」

懇願され続けているうちに、灰は、なぜか断れなくなっていた。それは、思考過程の癖。断りたいはずなのに断ろうとする言葉が出てこない。そして、断りたいはずだったのに無意識に断ることを回避する思考に変わりはじめる。そして、頷く準備を始める。そうだ、人のお願いを断ってはいけない。生徒会になってもバイトに影響がないなら断らないのが正解。そうだ、受け入れないと…


黒絵も、灰に任せる。結局灰が生徒会への参加を希望し、二人とも生徒会メンバーとなっていた。


その日の夜、二人はバーのバイトをしていた。


「と言うわけですいません、紫郎さん。バイトの方に穴は開けないようにしますので。」「私は灰が生徒会入るから一緒に入ったけど、生徒会と紫郎ちゃんだったら紫郎ちゃんを優先するけどね!」

灰と黒絵はバーの店長に生徒会に参加することになったことを伝えていた。


バー『アルセーヌ』、ここのお店の名前であり、その店長の朝日紫郎さん。この人には灰も黒絵も頭が上がらない。無理を行って雇ってもらっていたが、そのことだけでなく人としても、人情に溢れ、陽気でそれでいて、人間をよく知っている非の打ち所がない。


「はっはっは!問題ないよ。まあ、うちの店は元々そこまで大きくないし、平日の夜くらいなら俺一人でも回せるからね。君たちはもっと青春を楽しみなさい。君にもその権利はあるはずだよ。」

ダンディで包み込むような声で優しい言葉をかけてくれる。多分自分が女だったら惚れていただろうなと灰は思う。黒絵も紫郎さんにはよく懐いていて、僕たちにとって父親のような存在であった。高校生になってもバイト先を変えなかったのは紫郎さんがいたからだ。


「灰、自分の気持ちにもっと正直になっていいんだぞ。俺は灰が大好きだからな。」

バイト終わりに紫郎さんが声をかけてくれる。生徒会を断れなかったことだろうか、いつも僕に言ってくれる言葉。いつものように作る必要なく笑顔になれる言葉。大好きな言葉。


「何言ってるんですか、男に言っても気持ち悪いっすよ!」

なぜかいつもありがとうを言えなくて、変に悪態をついてしまい、自分のことが嫌になるが、紫郎さんは逆に嬉しそうに笑いかけてくれた。


「紫郎ちゃん私にはー?」

「もちろん大好きだぞ!」

「キモい!!」

そんな言い合いをしながらも黒絵も笑っているし、紫郎さんははっはっはと陽気なままだ。

 

「二人とも、気をつけて帰りなさい。」

紫郎さんに「お疲れ様でした。」と挨拶をして僕と黒絵はバイトから帰宅する。


「ねえ、灰も私のこと好き?」

帰り道、黒絵が尋ねてきた。


「ああ、好きだぞ、黒絵のこと。」

紫郎さんの真似をするように言うと、黒絵は「私も灰が好き!」と言って腕に抱きついてきた。そしてそのまま二人の部屋の前にたどり着く。


さも当然かのように僕の部屋まで入ろうとする黒絵を引き剥がす。めっちゃ力強いんだけど…男女の力の差でギリギリ勝利し引き剥がした。


「また明日ね、黒絵」

「うん!またね、灰!」

僕も黒絵もそれぞれの部屋に入る。バイトが終わって疲れているはずなのに、とても気分がいい。やっぱり紫郎さんと話すと気持ちが落ち着く。着替えてシャワーを浴び、ベッドに横になる。ふと、紫郎さんの言葉を思い出す。


「自分の気持ちに正直に、ね。」

昔も誰かに言われた気がする言葉だが、思い出せず、そのままうとうとして寝てしまう。


『ああ、好きだぞ、黒絵のこと。』『ああ、好きだぞ、黒絵のこと。』『ああ、好きだぞ、黒絵のこと。』『ああ、好きだぞ、黒絵のこと。』…

「私も好き私も好き私も好き私も好き。」

イヤホンから無限に流れるそれに、黒絵は下着を濡らす。スマホには灰の写真。その光が照らすのは、赤く燃えた頬と光をも吸い込んでしまいそうな真っ黒な瞳。


「誰にも渡さないよ。」

スワイプした写真には、灰を真ん中に真白と若葉緑が写っていた。

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灰は白に憧れ黒を想う(旧:白と黒は混ざりあい灰になる) 回り道 @young-bayashi

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