クラスメート

今日は、入学式を除けば登校初日。灰と黒絵は玄関前に張り出されていたクラス分け表に目を向けていた。


「よかった、灰と一緒だね!」

黒絵は嬉しいような、安心したような、そんな顔を灰に向ける。


「そうだね、真白も一緒みたいだよ。」

「なに〜?灰は私より真白と一緒のクラスになれたことの方が嬉しいの〜?」

冗談混じりに言う黒絵だが、気づくと灰の制服の袖を強く握っていた。


「そうじゃなくって、二人が一緒のクラスになれて嬉しいってことだよ。一年間よろしくね、頼りにしてるよ。」

灰がそう答えると、黒絵も安心した顔で袖から手を離した。握っていた部分に皺ができていたため、かなり強く握っていたようだった。


二人が教室につくと、そこにはすでにほとんどの生徒が座っていた。真白もすでに座っており、一人本を読んでいる。席順が適当のようだったので、僕たちは真白の後ろの席二つに隣り合って座った。


「おはよう、真白。」「真白おはよ〜。」

「おはよう二人とも、随分ギリギリじゃない。初日から遅刻するかと思ったわよ。高校生になったんだからちゃんと時間は守りなさいね。」

少し怒ったような、説教くさいような、委員長っぽいそれを、鬱陶しそうに「はーい。」と返事をする黒絵。「ごめんね、気をつけるよ。」と灰も返事をする。


「あなたたちの返事は信用できないわ。中学校の頃どれだけ遅刻と欠席したと思ってるのよ。また家に押しかけるわよ?」

真白の言葉は本気だということはわかっている。灰自身、よく中学校をサボっていたこともあり、学級委員長だった真白が家にまで押しかけてきて注意してきたことがあったからだ。その時の先生も、ほとんど言うだけでどうこうする気はなかったのだろうが、真白の性格上何もしないことができなかったんだろう。少し鬱陶しくも感じていたが、そのおかげで不登校になることはなかったと灰自身感じているため、感謝している。


登校日初日は席替えや係決めなどから始まった。


席替えでは、真白と黒絵が廊下側最前列とその後ろで一緒となり、そこから対角線にある窓際一番後ろが灰の席となった。


「初めまして、灰っていいます。よろしくね。」

「は、初めましt…、よよ、よろしくお願いしますぅ…。」

うん、人見知り。わかりやすいね。隣の席の人は若葉緑わかはみどりと言うらしい。髪は黒髪ボブ、前髪は目にかかるかからないかくらいでとても小さい。150センチないくらいで細身のようなのだが、でかい。小さくてでかいのである。ちなみに、名前を聞くまで10分かかった。隣がこの人でよかった。人間関係は酷く煩わしい。若葉さんは事務的な会話だけで良さそうだ。煩わしくない。


「おっす、よろしく!俺は秋山紅木あきやまこうき!よろしくな!紅葉こうようの紅に森に生えてる木で紅木な!はっはっはぁ!」

「うん、僕は仲居灰。よろしくね。」

こっちは暑い…秋山なのに…紅葉なのに…全然秋じゃない…てかよろしくって二回言うじゃん。秋山は坊主で、肌が黒くて、笑顔がよく似合った。それと、絶対野球部だ。煩わしいやつだと思いながらも、笑顔で応える。

「てかお前ら部活とかどうするの?俺は野球部だけど。」とぐいぐい質問してきた。やっぱりな。秋山の雰囲気に飲まれ、若葉さんは「あ、えっと、あぅ…。」と戸惑ってしまう。迫られるのが苦手なんだろう。若葉さんを見て、「まだ決めてないんだけど、強制らしいからね。放課後いろいろ回ってみようと思うけど若葉さんもどう?」と助け舟を出す。「は、はい…」と小さな声で遠慮気味に頷いたが、もしかしたらもう入る部活が決まっていたのかもしれない。ただ、その後に「ありがとぉ…」とぼそっと言ってくれたのでいらないおせっかいではなかったのだろう。


秋山が前の人と話し始め、若葉さんも静かになったので、真白と黒絵の方に目をやる。二人は周りの席の人から声をかけられている。だが、それはすぐに収束する。真白は物事をはっきりと分ける性格である。そのため、言い方がよく言えばはっきりとしており、悪く言えばそれだけきつい言葉と言える。それにより、愛想がないと言われたり、冷たい人と思われることが多かった。今回も怖がられているのだろう。黒絵の方は女子だけじゃなく、男子も積極的に話しかけようとしていた。黒絵の容姿はトップクラスのアイドルと遜色ない。ただ、黒絵は初対面の人に簡単に心を開くことはないため、結局は話しあぐね、みな話すことを諦めてしまったようだった。人が話しかけてこなくなると、真白は本を開き始め、黒絵は机に突っ伏しているようにしながらこっちをチラチラ見てきたため、何度か目があったが、その度に笑顔を作ると満足したような顔をして、突っ伏したまま寝ようとし始めたようだった。それを真白が気付き起こすと黒絵が文句を言い、言い争い始める。それを見て、自然と笑みが溢れてしまうのは気のせいではないかもしれない。


途中、紅木が「お前と愛沢って付き合ってんの?」と聞いてきた。こいつは何かにつけて首を突っ込まんといけないのかと少しだけ不愉快に思うが、そう思っても口に出すことはしない。「どう思う?」とだけ濁しておいた。ちなみに、なぜ濁したかというと、ここで「付き合っていない。」とはっきり言うと黒絵が不機嫌になる気がしたからだ。


その後、係決めでは真白が当然のようにクラス委員長に自ら立候補し、そのまま選ばれ、その後の活動は真白がテキパキと仕切り、放課後までに全て決めることができた。


放課後になると、すぐに黒絵がこちらに寄ってくる。教室の男子は黒絵に話しかけたそうにしていたが、先ほど話しかけようとした人たちに対しての黒絵の対応を思い出したのか、すごすごと教室を出ていった。出て行く途中、黒絵に話しかけられる僕に対して敵対するような目を向けられた。偏差値の高い高校でも人間は結局人間かと少し心が荒む。そして、昔に見たあの目を一瞬思い出す。


「灰、どうしたの?」

黒絵が僕の様子がおかしい事に気づき声をかけてきたが、すぐに笑顔を作り「なんでもないよ。どうかした?」と答える。


「二人は秋山紅木と若葉緑さん。こっちは愛沢黒絵だよ。幼馴染なんだ。」

話をはぐらかしながらお互いを紹介する。僕が紹介したからか、黒絵は一応挨拶をするが、紅木が先ほどの自己紹介を始めると、その暑苦しさにドン引きしていた。


「灰も黒絵も部活決めたの?この学校部活強制参加よ。」

真白もこちらに顔を出し、委員長をし始める。

「らしいね、できるだけゆるい部活にしようと思ってるけど一応どんな部活があるか少しだけ回る予定だよ。」

「そうなの、私は弓道部に決めているけど、一応他の部活も見たいし一緒に行くわ。」

「じゃあみんなで行こうか。」

「こちら若葉さんと秋山ね。」と真白にも紹介する。真白は若葉さんの挨拶には「もっとはっきりと話しなさい。」と注意し、秋山の挨拶には普通に挨拶を返す。誰に対しても態度を変えないのは真白の美点だ。なのに、人の美点を好ましく思う反面なぜか薄暗いようなよくわからない感情が灰の中に渦巻く。

「野球部はすぐに集まらなきゃならないらしいから一緒に行けんわ。すまん!てか初日からハーレムかよ、イケメンだな!」

紅木がでかい声で喋る。クソやかましいやつと知り合ってしまったことにまあまあ後悔しながらも、先ほどの男たちとは違い、澄んだ目を向けてくる秋山に少し安心してしまう。


紅木と別れてからは部活見学を回った。途中、若葉さんが顔を真っ赤にして先輩に話しかけられながら部活体験しており、その横で甲斐甲斐しく若葉さんの世話をする真白は昔から変わらない幼馴染の姿だ。僕と黒絵を支えてくれた姿。先ほどの不快な感情はすでに消えていた。


最後に弓道部の体験をしたが、真白だけでなく、若葉さんも入部を決めた。真白にキラキラした目を向ける若葉さんを見て、真白を目標にしたんだろうなと気付いた。確かに、二人を足して割ったら人当たりのよく、万人に好かれる人間になるだろうと考えた。そう、自分が演じている人物像のように。いや、何か違う気がする。でも何が違うかはわからなかった。


結局、灰と黒絵はこの場で決めることはしなかった。二人はこのまま何も言われなければ入部届を出さないつもりだった。だったのに。

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