第6話 かくれんぼ

 それから、彼女の母親がお礼をしたいから家に来るように言っていたそうなので、俺は彼女の家に向かった。

 風菜ちゃんの家は、公園からは三分程度で着いた。家の表札には『真雪まゆき』と書いてあった。

「こっち」

白い服が少し汚れてしまっているエプロン姿の女性がいた。

 俺が「あ、風菜さんのお母さんですか?」と声をかけると、女性は微笑んでくれた。

 それから、俺をリビングまで案内してくれた。ソファーに座って待っていると紅茶を出してくれた。

 その後に、目の前にあるテーブルにクッキーが置かれる。

 風菜ちゃんは、白い服からピンクの服と短パンに着替えて

「お母さん、買い物行ってくるね!」

と言って、外に出ていってしまった。

「私が、席を外すように言ったのよ」

俺は、風菜ちゃんのお母さんを見た。

「流夜くんが言ったことは、全部本当。でも、私が悪いの」

そう言って、俺の向かいにある椅子に座った。

「二十七の私と二十の彼。私は、流夜くんの兄である亮のことを考えたつもりになっていたけど、限界だった」

俺は黙って聞いていた。

「風菜を授かった時、周りは驚いていた。そりゃそうよね。末期癌の彼氏との子供を授かるなんて。浮気を疑われたし、私だって信じたくなかったわよ。後悔した。亮は、流夜くんとの子供って言ったら」

彼女の声は震えていた。

「『ごめんね、産んでほしい』って言ったのよ。どんな想いだったかなんて、私や流夜くんが計り知れないくらいの悲しみがあったと思う。だから、私たちは彼の気持ちに応えようと思って産んだ。せめてもの償いだと信じて」

 俺はただ、黙って聞いていることしかできなかった。

「風菜は明るく振る舞っている。あの子には、父親は亮って伝え続けるつもり」

今日みたいな春の日に彼は亡くなったと言われた。

 その事実を受け止めきれずに、風菜ちゃんのお母さんも、流夜さんも生きていくんだ。

「こんな話をするつもりはなかったの。本当にごめんなさい。自分と流夜がした行いは浮気。これは紛れもない事実で変えようのない過去」

彼女は涙を流していた。涙を隠すことなく、手で拭うこともなく、そのまま泣いている。

 俺は、今日撮った写真を見せた。花嫁姿の風菜ちゃんが笑ってこちらを見ている。

「まだ、高校生の俺が言うのもどうかと思いますけど、これは思い出です。さっきの過去の話も思い出」

そう伝えると、彼女の涙が溢れ出した。「辛いのに……苦しいのに……」と言いながら、また泣く。

「もう、終わったことです。でも、風菜ちゃんは今日も笑って側に居てくれると思います」

彼女は、涙を拭いて

「人生はかくれんぼみたいなのね。だって、みんな自分の人生の中で迷子になっているから」

俺は彼女の言葉を肯定も否定もせず聞いていた。

 風菜ちゃんの母親のスマホが鳴り響く。

「あら、噂をしてたら」

と言って、スマホをタップして耳に近づける。

「うん。今?写真を見せてもらっていたわ」

俺は写真を見て呟いた。

「花嫁のかくれんぼは、まだ続いていますね」

 それから、少し会話してから彼女はスマホを切った。

「これから、どうしようかしら」

彼女は微笑み、スマホを手に持って立ち上がった。

「幸せになれる方法を見つけてください」

そう答えた。続けて

「かくれんぼな世界でも、幸せになりたいじゃないですか」

と言うと、彼女の瞳にはまだ少し潤んでいるものの、しっかりと前を向いていた。

「色々押し付けちゃってごめんなさいね……。風菜と仲良くなってくれたら嬉しいわ」

彼女は頭を下げた。その表情は柔らかく優しい笑みを浮かべている。

俺は笑顔で応えた。

 

 それから、玄関まで見送ってくれた。

 電車に揺られる。

 春の風と花が咲き誇るように街を彩っていた。窓の外を見ると綺麗な青空が広がっていた。雲ひとつなくてどこまでも澄んでいた。そんな春の風景を眺めていた。

 ふと視線を下げると、小さな女の子が父親と母親の手をしっかり握って歩いていた。その姿が微笑ましくて、心が温まった。


 後日、個室のカフェで流夜さんに花嫁姿の風菜ちゃんの写真を見せた。

「区切りって何に関してだったんですか?」

彼はその質問に対して、目を閉じて笑っていた。そして

「好きなことに対して」

と言って、優しく笑う。その姿がとても素敵だと思った。風菜ちゃんが言っていたように。そして、風菜ちゃんは言っていたように「好き」とも言っていたお互いの想いは、きっと今も繋がっている。

 俺は、そう思った。

「気付かないふりというのは、難しい。でも、違った。それはもっと簡単でシンプルなことだった。気付いてしまえば、簡単なこと。でも、気付かなければ良かったと思う。だけど、俺は、分かっていた。だから、区切りをつけた」

春風が吹いて、窓がカタンと音を立てる。

「隠れたがりですね」

俺の言葉を聞いて彼は

「そうだね。でも、隠していたのは俺だけじゃなかったみたいだよ」

嬉しそうに微笑んだ。

 流夜さんは、俺が撮った風菜ちゃんの動画を、何度も再生しては愛おしそうに笑っていた。

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背中合わせでも幸せに 千桐加蓮 @karan21040829

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