鶏と卵はカブトムシの夢を見るか
霧崎圭
鶏と卵はカブトムシの夢を見るか
「ここもダメかー……」
期待と共に木の裏側をのぞき込み、マコトは小さくため息をつく。
視線の先の木の幹には白いペースト状のようなものが塗られている。昨日用意した虫用のトラップだ。マコトはこれを昨日いくつかクヌギやコナラの木に塗っていた。効果はそこそこあったらしく、鮮やかな色をしたコガネムシ等がいくつか群がっていたが、目的のものは影も形も見当たらなかった。
茶褐色の角つきの甲虫――いわゆるカブトムシだ。
「うーん……」
マコトは林の中で空を仰ぐ。罠を仕掛けた木はここで最後。全滅である。
――何年かに一度の父方の祖父の家への帰省。マコトにとって今年は特に重大なイベントとして位置していた。祖父の家の裏に広がる山林。父親からかつてそこでカブトムシを採ったという話をマコトは少し前に聞いていた。
カブトムシ――友達から見せてもらったことや図鑑や動画で見たことはあるが、自分の手に取ったことは無い。マコトの住む街中では中々採ることはできない。採れるとしたらコガネムシぐらいがせいぜいだ。
採れるものなら採ってみたい――夏になると虫網を振り回しているマコトにとって、そう思うのは当然の成り行きだった。以来、滞在日まで色々と調べ物をし、当人的には万全の準備をして臨んだ――はずだったのだが。
(せめて一つぐらいなあ……)
時刻は朝の七時前。昨日の昼間のうちに罠を仕掛けたマコトは、その晩はろくに眠れず朝の六時前には祖父の家を飛び出していた。期待に胸をふくらませていたが、最初のポイントでは空振り。その後も目的のものはついぞ現れず、マコトは急速に期待がしぼんでいくのを感じた。
森の中では蝉の声が鳴り響いている。朝早くだと言うのに汗ばむほどに蒸し暑く、マコトの失望感を増大させていく。
(あとは……)
林の奥へと続く道が、不意にマコトの視界に入った。
滞在している先に住んでいる祖父からはユーレイが出るだのなんだの言われ、一人では絶対に入るなと言われた場所。だがその鬱蒼とした林の中にはひょっとしたら――いや、たぶんきっと間違いなく目的のものがある。
とはいえどうしたものか――とその場で迷っていると、不意に何かの気配を感じ、マコトは振り返った。
――見知らぬ女性が、すぐ後ろに座っている。
黒髪を肩ぐらいのところできちんと切りそろえ、頭には麦わら帽子。理科の先生が身につけているような白衣を羽織っている。それなりに身なりは整ってはいるが、生暖かい目でニヤニヤとこちらを見ている姿ははっきり言って不審者のそれだった。
と、不意に女性と視線が合った。
視線があった瞬間、女性は一瞬きょとんとしていた。やがて頭を右に左に動かし、マコトがそれを視線で追いかけるのを見て、その表情が少しずつ引きつっていく。
「……あのさ」
「はい」
「……ひょっとしてわたしの姿見えてたりする?」
「……? はい……」
女性の顔が一気に蒼白になる。そして尋常で無いスピードでその場から後ずさりした。
「え、なんで!? どうして!?」
「えっと……?」
「ちょ、ちょっと待って――うわマジでなにこれ表示と違うじゃん!? 画面上ステルス設定になってるのに? てか切れないはずなのに!?」
「あのー……?」
「てか緊急イジェクト……できない!? ウッソでしょー……こういうときこそ必要なもんなのに……誰よこれ組んだの……あ、わたしか……」
「あのー……おばさん誰ですか……?」
「おいこらまだそこまで歳は食ってないぞ。せめてお姉さんと呼べ、お姉さんと」
「じゃあお姉さん」
「……なんか屈辱感あるな……」
怪しい。マコトがそう思うまでさほど時間がかからなかった。いくら平和そうな田舎とはいえマコトの住んでいる街同様不審者が出ないとも限らない。いつも母親に持たされているスマホや防犯ブザーが手元に無いことが悔やまれる。
とりあえずすぐこの場を離れよう――そう思うのだがどういうわけだか足は動かない。
怪しくはあるが目の前の女性――もといお姉さんから妙に悪意を感じないというのがまず第一。それに加え、どういうわけかマコトは目の前の彼女に奇妙な親近感を感じていた。会ったはずがないのにいつもどこかで会っているような、そんな気がする。
「えーい動け、このっ! このっ!? ……だめだー……どうしよ……」
――いや、やはり気のせいかもしれない。マコトが祖父の家のほうへ向けて足を進めようとすると、お姉さんと目が会った。
「……どちらへ?」
「……家に戻ろうかなって」
「だ、だめ!? ちょっと今は戻らないでほしいんだけど……」
「お姉さんのことは言わないから」
「それ絶対言うやつだし、なんなら通報まで行くやつじゃん!?」
やはり怪しい人かもしれない。そう思いマコトはお姉さんに背を向けて歩き出す。幸い祖父の家まではそう遠くないし、向こうも積極的に引き留めようとしてこない。走ればどうにかなるかもしれない。そう思いマコトが走り出そうとした矢先――
「ま、待って!? キミ――いや――マコトくん!?」
――マコトの足は思わず止まってしまった。
「え、なんでオレの名前――」
「……まあ色々あってね。お姉さん、マコトくんのことにはそこそこ詳しいんだわ。それでマコトくんさ――」
お姉さんはニヤリと笑いながら、マコトのほうを見る。
「――カブトムシ、欲しくないか?」
「……いやさあ確かに誘ったお姉さんも悪いけどさあ。本当に着いてくるキミもどうかと思うよ」
数分後、林の中の薄暗い道をマコトは謎のお姉さんと一緒に歩いていた。
カブトムシがいる場所を知っているから案内する。かわりに何も聞かずに見逃して欲しい――お姉さん側のムシの良すぎる提案にマコトとしては当然ノーと言うべきだったのだが、気がついたら首を縦に振ってしまっていた。かくしてもうかれこれ数十分林の中を彼女と歩いている。
「普通断るでしょこういう場面で。いくらお姉さんが美人だからって警戒感なさ過ぎじゃ無い?」
「美人かどうかは人によると思うんだけど」
「この麦わら帽子をかぶった理知的な美女を見て心ときめかせない男はいないぜ?」
「やっぱ通報しようかな……」
「あーゴメンゴメン!? お姉さんちょっとフカしすぎたわ」
後ろをふりかえりかけたマコトに向かってお姉さんは言った。マコトは小さくため息をつく。こんな風に邪気の無さや、絶えず感じる妙な親近感がマコトの感覚をバグらせてしまっている。決してあわよくばカブトムシが手には入るかもという願望等は無いと信じたい。
――というより前提として。
「というかときめくも何もそもそもオレ、女だし」
「……うわーぜんぜんきづかなかったわー」
「オレのこと詳しいんじゃないの」
「いや、知ってはいるけど改めてこうしてみると男の子にしか見えないなあって……」
実際よく間違えられる。短い髪の毛にTシャツに半ズボン。一人称もオレだと初対面だとまず分からない。
「いやー、だとしたら余計知らない大人とかに着いてっちゃダメだよ。特に女の子と見たら変な目で見てくるやつも多いんだしさ」
「……そうだよね」
お姉さんの言葉にマコトは思わず目を伏せる。
「……どした?」
「いや、別に」
「なんか悩み事があるなら話したまえよキミ。歩いてるだけだとヒマだし。それにこう見えてもお姉さんは名カウンセラーだぜ」
「お姉さん情緒不安定ってよく言われない?」
「辛辣だなあ。でもまあ仮にキミの悩み事知ったところで、どうせここだけの付き合いだしデメリットなんてほとんどないっしょ。さ、ホレホレ話してみい」
「ん……」
マコトは一瞬躊躇する。けれどお姉さんのニヤけ面を見ているうちになんとなく口を開いてしまっている。
「……なんでオレは女の子なんだろうなあって思っただけ」
「ふむ? 続けて?」
「オレさ、虫とか恐竜とか宇宙の話とか好きなんだ。女だけど」
「別にいいじゃん。多様性の時代だぜ」
「うん、オレも別に変じゃないと思う。でもさ、お母さんとか友達とかはそうでもないみたい。みんな変とまでは言わないけど」
男の子だったら良かったのにねえと、たまに言われる。そのたびになんとなくチクチクと胸が痛む、そんな感じを受ける。
「この格好だって好きでやってるのに、たまに『もう少し女の子らしくしろ』って言われる。そのこと自体は別にいいんだ。でもやっぱモヤモヤする」
「……そっかあ、そうだったよね」
「そうだった?」
「いや何でもないよ」
お姉さんは相変わらず一定の速度で歩を進める。森の中では歩きにくそうなサンダルを履いているのに、不思議とその歩幅は滞らない。
「お姉さんも虫とか好き?」
「好きだよ。恐竜とか、宇宙の話も。小さいときに子ども科学電話相談に質問送るぐらいには」
「あ、オレも! ……電話かかってきたことないけど」
「お姉さんもだ。……なんていうか、この世の神秘に触れてるって感じがするんだよね。そういうの調べてると」
「……分かるかも。ちょっとだけ」
ウソではない。図書館にあるたくさんの図鑑や本で調べ物をするたび、マコトは大きくてざわざわしたものがすぐそばにあるように感じる。
「分かってくれて嬉しいよ。まあ、お姉さんはそっからどういうわけだか物理とかそっち方面に行っちゃたんだけど……」
「物理?」
「大雑把に言えばものの動きとかそういうことの研究だね。……で、唐突に話戻すけどさ。キミの悩みに関しては気にするなってのは無理な話だし、これからもそういうこと言ってくるやつが人がたくさんいると思う。いいやつ悪いやつ限らずね」
「……そうなの?」
「そう。キミが好きなことを好きなせいで傷つくことも多い。でもね、そのときキミを救ってくれるのも好きなものなんだと思う」
お姉さんがこちらを振り返る。その目つきはなんとなく暖かい。
「だからまあ、たとえ気になったとしてもその都度自分が好きなものを大事にしてけばいいんじゃないかってお姉さんは思うよ」
「……よく分かんない」
「今は分かんなくていいさ。……っと、ここだね」
そう言ってお姉さんは足を止めた。そこには遙か頭上まで葉を広げた一本のクヌギの木が立っている。
「ここの根元、掘ってみて」
「オレなんにも持ってないんだけど」
「立派な手が二本付いてるじゃん」
マコトは一瞬躊躇するが、やがて掘り出し始める。土は比較的柔らかいが、それでも手のひらを使って掘り出すのはなかなかに難しい。
「……お姉さんも手伝ってくれない?」
「手伝ってあげたいのはやまやまなんだけどねえ。ほら」
そう言ってお姉さんは手の甲のほうをこちらに向ける。その爪先には鮮やかなマニキュアが塗られていた。
「こんだけ綺麗に塗るのって時間がかかるんだぜ?」
「……あとで絶対通報してやる」
悪態をつきながらマコトは土を掘り続ける。すると、ふと奇妙な感触を指先に感じた。期待と不安がない交ぜになった感情から、一際ゆっくりと土の中へとその手を埋め、指先に触れた「それ」を掴む。
指の中にあったのは体長四センチほどの甲虫。額からは短いながらも立派な一本の角が飛び出ていた。決して大きくは無いが――間違いなくカブトムシだ。
「や、やった!? お姉さんやったよ本当に――」
マコトが顔を上げると、先程までそこにいたはずのお姉さんの姿が無かった。その場で周囲を見渡す。あるのは鬱蒼とした林と、あたり一体を取り巻く蝉の大音声だけだ。
「……お姉さん……?」
だんだんと蝉の鳴き声が大きくなる林の中で、マコトはしばらく呆然と立ち尽くしていた――
「あー、ビックリした……」
どこかの薄暗い部屋で、先程まで「お姉さん」と呼ばれていた女性は目を覚ました。視界を覆うゴーグル上のものを外し、大きく息をつく。
周囲にはうずたかくノートや書籍が積まれた机や、パソコンに接続された素人目には用途の分からない機械。何かの実験室――と言えば大抵の人間は納得するような場所だ。
「お姉さん」は仰向けに寝ていた台から身体を起こし、小さく伸びをする。そんな彼女に同じく白衣をまとった女性が近づいてくる。
「お疲れー。さて何か言うことは?」
「……何もございません」
「よろしい。まー、後で報告だね。……しかしあれで大丈夫なのマコト?」
「……とりあえずこうして伊織と話してる地点で大丈夫だと信じたい」
「お姉さん」――
――「不慮の事故」、だったと思いたい。
真琴と伊織が現在所属している研究チームが現在行っている研究は平たく言ってしまうと「タイムマシン」の研究だ。
タイムマシンと言っても大仰な乗り物などではない。現在のA地点と過去のB地点の間にワームホールを開け、そこから機械を通して人間が操作できるエネルギー体の「分身」を送り込むものだ。分身は基本的に視認できず、ものに触れることもできない。いわゆる幽霊のようなものだ。
量子力学上タイムパラドクスに関してはほぼ起きないと考えられてはいるものの、下手に過去に干渉するといかなる影響が起きるか分からない。このような“幽体”を送り込む方法ならばほぼ干渉は不可能であるし、なにより人ひとりを送りこむより遙かに効率的ではある。
といっても送り込めるのは基本的に過去だけ。さらには送り込めるのも過去三十年ぐらいまでとまだまだ制約も多いので、真琴たちを含めて世界各国でいくつものチームが、日々こうして実験を繰り返している最中だ。今回もまたそうした実験の一つだったのだが――
「なーんで見えないはずのものが見えてたかなー……」
「うーん、見たとこプログラムに変なとこはないけど、条件の変化で不具合が生じたって感じ? 緊急イジェクトも働かなかったし」
本来周囲に見えないはずの“幽体”である真琴の姿が見えているばかりか、いざと言うときにその場から緊急離脱するための機能も上手く働かず、そのまま送り込んでいられる時間いっぱいまで過去に待機する羽目になってしまった。おまけにあろうことか接触してしまった相手が「マコト」――すなわち過去の真琴であるというおまけ付きだ。
「どのみちまた直しだよなあ……」
「だから土地勘あるからって過去の自分がいるかもしれないとこに送り込むのはやめとけって言ってたのにさー。まあそっからさらにあんな風にしてくるとは思わなかったけど……」
本来見つかってはいけないはずの過去の人間に見つかった上に、明らかに怪しまれてしまった。このまま下手に大人も巻き込んだ騒ぎになれば現在に影響が出る可能性もありうる。なにせこの時間遡行自体開発されて間もないうえ、データが絶対的に少なすぎるのだ。
「……実際問題さあ、あれ大丈夫なの? あんな風に直に行動に影響与えちゃったら現在のあんたにも影響でそうなもんだけど」
「そこはたぶん大丈夫……だと思う。実はあの時のわたしさ、遡行したわたしがいなくても一人であの林の中に入って、あの木の根元でカブトムシ見つけてるんだよ。で、一人で勝手に林に入ったことを怒られる」
「あー、セワシくんが言うところの『目的地までの交通手段が違っても目的地が同じなら最終的にはOK』ってやつ?」
「そうそう、むしろあのまま騒ぎになってたほうが影響出てたかも」
仮にマコトのほうが通報等のアクションを取ろうとした場合、あちら側で実体の無い真琴には止める手立てが無い。遡行の限界時間まであの場にいたマコトとの間だけで物事を完結させ、逃げ切る必要があった。さらにこちらが実体のない幽体であることも向こうに悟られてはならない。
いずれにしろ――
「とりあえず良かった――過去のわたしが思った以上にバカで――!」
「なんていうか真琴って昔からあんな風にワキが甘かったんだね……で、ポカやる度にああやってなんかよく分からんやり方で切り抜けてきたと……」
「返す言葉がございません……!」
真琴は真っ赤になっているであろう顔を覆いながら叫ぶ。実際かなり際どい場面が多かったが、口先だけで切り抜けられたのは奇跡か、あるいは当時の自分のワキの甘さから来る必然か――できれば前者であって欲しい。
「まあ、とりあえず今のところ良しということにしとこうよ。……教授がひっくり返るかもだけど。しかしまあなんであの場所だったの?」
「そりゃまあ……土地勘もあったから本当にいざというときには逃げられるからだよ。あとはそうだね……少し前にカブトムシ見かけてさあ」
「カブトムシ?」
「そ、大学の裏の林で。メスだったけどね。で、あの林でオスのカブト掘り出したこと思い出してさあ。そんでふとそん時のわたしの面見たくなって」
「そんな理由で……」
「どのみち色んな時間と場所でデータ取らなきゃいけなかったんだから別にいいの。……一人称も『オレ』でさあ……男の子と遊ぶことが多くて自然とそうなっちゃってたんだけど、いや懐かしいわ。あのころが一番自由だったかも、色々と」
「戻りたい?」
「いや? 何度も言うけどあの当時のわたし後先考えないバカだし」
「今もだいぶそんな感じだけどね……それで? 単なるノスタルジーだけ?」
「それだけですよーっと」
自分のデスクに座りながら真琴は答える。やっぱこいつ鋭いな――そう思いながら。
今回の行き先の選定において伊織には伏せていることが一つだけある。
実はあの時――今回こうして真琴が介入する前の段階で――過去の真琴は奇妙な女性を目撃している。
あの時――カブトムシの罠が全滅し、真琴が途方に暮れていたとき。林の入り口の前でたたずんでいる真琴の前に、その女性は現れた。白いワンピースに幅広の帽子。肩ぐらいまでの黒髪から見えるはずの顔は今となっては思い出せない。ただぼんやりと美しかったという印象だけ残っている。
突然現れたその女性に真琴が呆然と見とれていると、女性は林の奥の方へと駆けだした。反射的に駆けだした真琴としばらく追いかけっこを繰り広げた後、女性は例のクヌギの木の前で立ち止まったかと思うと、その場で突然――かき消えた。
何が起きたのか分からなかった真琴はしばらくその場を探した。しかし結局女性を見つけることはできず、そのうちにその木の根元でカブトムシを見つけ、後は伊織に語ったとおりだ。
結果的にカブトムシを見つけることはできたものの、一連の奇妙な出来事はずっと真琴の奥で引っかかったままだった。その紆余曲折を経て物理学を納めるようになったのも、考えようによってはあれがきっかけだったといえるかもしれない。
大学裏の林でメスのカブトムシを見て思い出したのは、あの女性のことだった。ひょっとしたら今ならあの一連の出来事の真相を知ることができるのではないか――そう思い、候補地として提案したのだ。
しかし結果から言えば――
(これ順当に考えるなら例の女の人がわたしだったってことになるけど――それにしちゃ、記憶の中の流れと違いすぎるんだよね……)
ふと、先程の伊織との会話を思い返す。途中の道のりが違っても目的地が同じなら結果も同じになる――もし自分が介入したことで道のりだけが変わったとするなら――そうなると“彼女”は――?
(鶏が先か、卵が先か――)
「……なんか難しい顔してるけど大丈夫? ヒマならちょっとコードの見直し手伝ってよ。ていうか最悪戻って来れなかった可能性もあるし」
「あー、うんそれはちょっと考えたくないパターンだわ……」
パソコンの画面に映ったコードの羅列を眺めながら、かつての自分の姿を思い浮かべる。
あの後、一人で林の中で入ったことでこってり怒られる。それでも見つけたカブトムシのおかげで気分は上々でその日は虫かごを枕元に置いて眠る。そしてあの日出会ったお姉さんのことは頭の隅で延々と引っかかり続ける。
(――増えてく一方だなあ、不思議なこと)
本や図鑑で知識を得る度、増えていった多くのざわめき。それの正体をどうにか知りたくてあれこれ言われながらも色々やってきた結果としてここにいるが、ざわめきは消えるどころか大きくなっていくばかりだ。ひょっとしたら、永遠に消えることも解けることも無いのかもしれない。
(――それでもまあ、なんとか)
「……何悟ったような微笑み浮かべてんの、気持ち悪いなー。今の自分の立場分かってるのかよおい」
伊織が不満そうな声で話しかけてきた。自分では分からないがそういう顔をしていたらしい。
「まあなるようにしかならないでしょ。……あ、そうだ。今度髪切ろうかなって思ってるんだけどどう思う?」
「髪?」
「そ、めっちゃ短くしようと思ってるんだけど」
「んー……?」
伊織はしばらく真琴のほうを見つめ、ややあってから「悪くないんじゃない」とだけ返した。
鶏と卵はカブトムシの夢を見るか 霧崎圭 @sweeney_toad
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