六条教授の幽かな京都案内
hana
第1話
京都府 京都市 上京区。
地元のニュースを中心とした報道・情報番組を制作・放送する「京都おおきにテレビ」の本社ビル。
新人アナウンサー・北山徹平は、その長い廊下を、焦った表情……というよりは、ほぼ半泣き、といった顔で急いでいる。
新卒で入社して約3ヶ月。
学生っぽさが抜けきらないスーツ姿の彼が抱えているのは、たくさんの書籍と紙の束で、「伝統芸能入門」「能・狂言」「初心者のための歌舞伎入門」などの文字が見える。
(代役、なんて、やっぱ無理だって。ってか、今からなんて急すぎる)
この京都おおきにテレビが制作を手がける夕方の約40分の報道番組。
その番組内の情報コーナーで、来週から新しい企画が始まることになった。
コーナー名は、「六条教授といく、幽かな京都案内」。
近所にある私立大学の教授と進行役のアナウンサーが京都各地にある能や歌舞伎などの演目のゆかりの地を訪れ、うんちくを語りあう、という企画で、徹平の先輩アナウンサー・古市里香が企画、進行役を担う……はずだった。今朝までは。
「ごめん、徹平くん! 代役、お願いできるよね!?」
今朝、徹平が出社すると、先輩アナウンサーの里香が駆け寄ってきて、開口一番そう言った。
なんでも、系列局の大型番組に駆り出されて忙しくなるらしい。
「えぇ、僕には無理ですよ!」
「大丈夫! 六条先生には、私からうまく言っとくから!」
日本の文学・文化・芸能、そしてこの京都が好きすぎるあまり、関東の実家を離れて京都の大学に通っていたという里香は、元々六条教授のゼミ生で、その縁で今回の企画が通ったらしい。
そして、そんな里香とは対照的に、徹平が今ここにいるのは、就活に苦戦し、たまたま採用されたのが京都のテレビ局だった、というそれだけのことだった。
「いやー、無理ですって! 僕、能とか歌舞伎とか、そんなの観たことないし」
それに、全く興味がない。
思わずそう言いそうになって、口をつぐむ。
里香の好きなものを否定するような発言になってしまうかも、と思ったからだ。
「大丈夫だって! 企画をちょこっと変えて、なにも知らない徹平君が、六条先生にあれこれ教えてもらう、っていうコーナーにすることになったから。うん、そのほうが、視聴者も取っつきやすくてむしろ良かったかも」
「ええぇ」
強引。
この先輩は、いつも明るくてパワフルで、美人でいい匂いがして、頼りがいがあって……、そして強引。
「またオススメのラーメン屋に連れて行くからさ。ね? お願い!」
「ラーメン……」
徹平の頭に湯気の立ったラーメンが浮かぶ。
チャーシュー。シナチク。ネギ。澄んだスープに、黄色い細麺。
先週里香に連れて行ってもらった店の醤油ラーメンは、シンプルながら本当においしかった。
何より、仕事がうまく行かずに悩んでいた時に、すぐにそれに気づいて誘ってくれたのがうれしかった。
入社以来、この先輩はいつもそうやって自分を見守ってくれている、と徹平は感謝していた。
「うう…っ、わかりました」
「やった、ありがとう!」
ぴょんぴょんと跳ねるような勢いで喜ぶ里香。
(ま、里香先輩がこんなに喜んでくれるなら……)
まさに、安請け合い。
数時間後、徹平はこの決断を激しく後悔することになる。
六条教授の幽かな京都案内 hana @yukio2023
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