第14話 僕のとなりに

「しっかしあの王様も大概タヌキだよな、俺が言わなきゃ魔石代ごと踏み倒そうってハラだったんだぜ?」

 不敬よ。言葉遣いに気をつけて。口を慎みなさいッ!

 こっちの注意のレパートリーが尽きるほど、夫の口が悪い。

「お願いだから、せめて城を出てからにしてちょうだい、どこで誰に聞かれて……」


「ヴェルラクシェ!」

 背後から凛々しい声に名を呼ばれた。最悪だ。

「おん?」

 肩越しに振り返ろうとしたジオの頭に、ジャンプして飛びついて、無理やり一緒に下げさせる。

「殿下、ご機嫌麗しゅう」


「首ひねった」

「いいから黙ってて!」 

 必死でジオの首根っこを押さえつける。

 足音も軽やかに、王子オリンヒルド様が駆け寄ってきた。


「ヴェルラクシェ、顔を上げてよ。魔導士になれたこと、どうして僕に教えてくれなかったんだい?」  

「いえ……恥ずかしながら、私の魔法は現在も非常に不安定で、魔導士としてはとても……」

「そんなの関係ない! 顔を、見せて」


 ぴく、と一緒に頭を下げているジオの眉が跳ねる。

 切羽詰まった声に、そっと顔を上げると、今にも泣きだしそうな顔で王子が私を見つめていた。


「恩爵と結婚するなんて、僕、聞いて無いよ」

「それは、その、急な縁談でしたのでご報告が遅れて……夫のパトラスです。あっ、お知り合いでございましたね」

 私の紹介に、ジオが身を起こして胸に手を当てる。

「あの時はどーも、王子サマ」

「おまえには顔を上げろと言っていないッ!」 


 ビリッと空気が震えて、私は目を見開く。

「殿下……」

 国王陛下と同様、いつも穏やかで、臣下に高圧的な態度をとるところなんか見たことも無い。


「どうしてこんなヤツと……君は知らないだろうけど、レンロットの娼館に花を売り歩いていた男なんだ。ちゃんとした家の出自では無いんだよ」

 おろおろとジオを振り返ると、彼は腕組みしてあきれ顔で口を開いた。

「言っとくが『花売り』って隠語じゃないぞ。高級娼館から、貴族様のお屋敷まで、お望みの花をお届けする。ちゃんとした・・・・・・花屋だよ」

「夫が両親も無く育ち、花屋で生計を立てていたことは、すでに聞き及んでおります」 


「っ……!」

 王子はその麗しい額に、強くシワをよせて唇を噛む。 

 何が殿下の逆鱗に触れたのだろう。やはりさっきの「王様はタヌキ」発言が聞こえていたのではないか。

 だったらいますぐ、夫婦そろって土下座するしかない。


「僕が悪いんだ。軽はずみに、こんなわけの分からない男の話を真に受けて……父に伝えたりしたから」

 大寒波が来るから備えろと言ったジオと、留学先のレンロットでそれを聞いた王子。

「おまえはあの時から、王子ぼくを利用して、恩爵の地位につこうと、平民からのしあがろうと画策していたんだろう!」


 ジオのシャツの襟をつかんだ王子に、驚きすぎて、もう心臓が痛い。

 こんなことをする人じゃないはずなのに、どうしてしまったの。

 止めなくちゃ、でも、王族にやめろと制止する? そんな不敬が城で許される?


「だったらどうします? 親子そろって、こんな詐欺師に騙されてくださって、どうもありがとうございましたとでも言えと?」

 振りかぶった王子の拳が届く前に、私が悲鳴をあげた。

「ジオ! やめて」

「俺は、何もしてない」


「いいから、口を閉じて。殿下、夫はエミリアに来て日も浅く、まだ臣下として至らぬ点も多々ございます。これから夫婦として精進して参りますので、どうか今日はお怒りをお静めください」

 どうか、と頭を下げた私に、王子の両手がダラリと降ろされる。

 

「ヴェルラクシェ。どうして僕との婚約を破棄してしまったの? 魔導士しか妃に立てないって習わしなら、もう君はその資格を取り戻してる。不安定だっていい、もう一度、僕の隣に戻ってきてよ」


 何で、どうして殿下はこんな冗談を言うの? 頭の中がぐるぐる回り、答えるべき言葉が出てこない。

 だけど隣に立つジオからは、明らかな怒気がふくれあがっていくのを感じた。


「婚約破棄は、王家と魔導爵3家の決定です。私の意見を、差しはさむ余地はございませんでした」 

 私の口をついたのは、明らかな責任逃れ。

 だけど「王家の決定」と言ったことで、明らかに王子は鼻白む。


「ご……めん、ヴェルラクシェ。そう、だよね。父上が、そうしろって言ったんだもんね」

「もったいないお言葉でございました。より一層王家と、このエミリアに尽くす所存でございます」

 では、と許可もないまま話を切り上げて、背を向け、逃げるように城を出た。

 

 しとしと降り始めた雨の中を、ジオと並んで歩く。

 傘をさしてくれているのに、私から妙に距離をとって立つから、傘からはみでる彼の肩が濡れてきた。

 無言のままの帰り道は、果てしなく遠い。

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