第13話 案の定の呼び出し
便利屋パトラスは、千客万来だった。
年に一度の城壁清掃で、壁の上まで洗浄水を運ぶのに苦労していたおじいちゃん作業員に水の魔石を。
発酵しすぎた酒蔵の樽を、これ以上空気に触れないように密封するために風の魔石を。
民の小さな困りごとに、ジオは私の不安定な魔法をピタリと当てはめる。
従来の用途に囚われない柔軟な魔法の使い方は、エミリアの民も、術を行使する私自身も驚かせた。
今日もよく働いたと、心地よい疲労に包まれる夕飯時。
水の家の魔導士が家を訪れた。
明日の昼の鐘の前までに登城しろ、悪目立ちもいい加減にしろ、バーカバーカと。
そこまでは言わなかったけど、そう顔に書いてあった。
「ジオ・パトラス、
やたらと元気な夫の隣で、静かに膝を折る。
「……ヴェルラクシェも、御前に」
「よいよいよい、そんなかしこまらんで。パトラスくん、良く来たの。久しぶり」
気の良い陛下は、いつも通り優しくお言葉を下さる。
「助かります。陛下、お久しぶりです。おかげさまで、いい暮らしをさせてもらってますよ」
言葉遣い……ッッッ!
私だけじゃない、この部屋にいる全員が下唇を噛んでいる。
「ほっほっほ、どうじゃ? 新婚生活は。ヴェルラクシェちゃんは、頑張り屋でいい子じゃろ?」
「もったいない……お言葉です」
魔導士にもなれなかった私に、あまりにありがたいお言葉。目頭が熱くなる。
「じゃじゃ馬ですが、乗りこなしがいがありそうで、楽しみです」
「これ、真昼間からダメダメ。その動きはやめなさい」
隣で何をしているのか、見たくもないし、考えたくもない。
「ヴェルラクシェちゃんも顔をあげんしゃい、今日来てもらったのは他でも無い」
ついにきた。無許可営業の魔法使いはすくみあがる。
だけど、罰されても構わない。エミリアの民のため、必要なことだったと胸を張れる。
「おまえさんたちの結婚披露宴は、いつにしようかの?」
「え……」
「は……?」
私まで不敬な「は」を発してしまい、それにはすかさず謁見の間に集う魔導士たちから「えへん、おほん」と咳払いの注意が飛ぶ。
「お父上に式はいつか聞いたら、やりましぇんって泣いておったぞ! 式を挙げない若者が増えとるのは知っておる。しかし、ひとり娘の晴れ姿、見たくないわけがなかろう!」
そこでじゃ、と陛下はニッコリ笑った。
「さんざん逃げ回っとったパトラスくんの恩爵位の授与式かたがた、ごちそうもたっぷり用意するから、新米夫婦のお披露目をやっておかんかね」
恩爵家の婚礼を、陛下が祝ってくださったという前例は、確かにある。
陛下の召集でなければ、恩爵家の婚礼にわざわざ参列する魔導士がいないからだ。
しかし私は魔導士の世界からこぼれた人間。
どんな顔で皆の前に披露されればいいのか、考えただけで胃が痛くなる。
今ばかりは無礼な夫が「めんどうなんで!」とお断りしてくれることを期待しよう。
「陛下……ごちそうさんです、ありがたく」
ニカ、ニカッと、2人は歯を見せて微笑み合った。
ああ、今すぐこの赤い絨毯の上に、倒れてしまいたい。
気が遠くなりながら、退席の合図を待っていると、ジオがごそごそと何か筒を取り出した。
「あと、陛下。これ、請求書なんですけど。国費から出そうです?」
今まで民からサインをもらっていた紙束を、陛下の御前に差し出した夫の腕にすがりつく。
「ちょ、ちょ、ちょ、あ、アナタァ? せめてこういうのは、財務係を通してからぁ」
とんでもなく声が震えてひっくりかえる。
「どれどれ、見せてみんしゃい。あれ、なんじゃヴェルラクシェちゃん、魔法が使えるようになったのかい」
陛下の何気ない言葉に、背後がざわつく。
「お、恐れながら。民の困難を解決すべく、……魔法を、行使いたしました」
「魔導士でも無い者が、城下で魔法を使ったというのか! 陛下、これはとんでもないことですぞ」
このイヤミっぽい声は、
「いやいや、魔導士になるには試験を通過してもらわにゃいかんが、別に魔導士以外が魔法を使っちゃイカンという法はないぞい」
陛下は呑気な声を返す。
そうなの? と謁見の間に戸惑う空気が流れ、私もその言葉に驚いていた。
魔導爵家に生まれた子は、ほぼ例外無く魔導士になって活躍する。
「魔導士にならないのに、魔法を使う人」というのが、そもそもエミリアでは想定外な気がした。
「フーン、このカラの魔石はパトラスくんの私物じゃな? ……よかろう。魔石代は国費から出す」
ヨッシャと、ガッツポーズを決めたジオに、しかしなと王は請求書をつきかえす。
「ヴェルラクシェちゃんの魔法と、ふたりの出張費は、毎月出しとる給料に含まれる。これはダメ」
「いや、毛牛の小屋の時なんて寒い中、一日仕事ですよ? あれもタダ?」
ほっほっほと笑ってうなずく。
陛下は気さくでお優しいけど、締めるところはしっかり締める王でもある。
おいでと手招きされて、私は恐縮しながら陛下の足元まで進んだ。
「ヴェルラクシェちゃん、モフモンヌを良く助けてくれた。あんなに隅までキッチリした結界は初めて見たぞい、やっぱりそなたは優秀な魔導士……いや、優秀な魔法使いであったのだな」
小声で囁かれた言葉に、すでに陛下が厩舎まで出向いて私たちの仕事を視察していたことを知る。
「許可も無く、勝手をいたしました。お許し下さい」
「見て見ぬフリをしようかと思ったが、パトラスくんのほうが一枚上手じゃったわい」
やられたやられたと、笑った後で、すっと目を細めて更に声を低くする。
「恥ずかしながら、国は少しばかり
陛下の視線がわずかに私の右後方にそらされた、そこは
何が滞っているというのですか。
問う間は与えられず、陛下はパンと手を打った。
「では便利屋パトラス夫妻、これからも力を合わせて頑張っておくれ」
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