第12話 はじめてのお客様【モフモンヌ回はこちら!】

 夫が思いつきではじめたような怪しげな商売に、理性的で保守的なこの国の民がそう簡単に騙されるはずがない。

 そう信じていた頃が、私にもありました。


 

「んでな、子っこを産む小屋だけでも、もう少し温められねぇかと思ったわけよ」

「確かにここで出産は辛そうだな。半分あたりから仕切って、魔石ストーブを新しく入れるとして……」

 厩舎きゅうしゃ長と真剣に話し込んでいる夫を、休憩室から眺めていた。

 そわそわチラチラとこちらを見てくる草の民に、落ち着かない気持ちでお茶をいただく。


「イファルドのお嬢様が、オラたちの小屋にいるなんて、考えられねぇことだでな」

「今はもう、パトラス家の者ですから……それより、モフモンヌの死産は寒さのせいだと、城に報告は済んでいますか?」

「今年の初めには、近くまで来てた風の魔導士様に言ったさね、上に伝えてくれると言ってくれたんだども。まぁ、忙しんだべ? わかってるよ」

 人の好い顔で、誰もかれもうんうんとうなずいてくれる。


 その時北の城門が開いて、全身の毛が凍り付いたモフモンヌたちがゆっくり入ってきた。

 結界の外は、身を切るような暴風が吹き荒れている。


 便利屋パトラスの最初のお客様は、モフモンヌを飼育している草の民だった。

 あの日通りすがりに看板を見ていった彼らが、するなと言ったのに宣伝してくれたのだろう。

 モフモンヌの出産時期が迫ってきたが、前回のお産で産まれた直後に体が冷え切って死んでしまう仔が続いた。どうにかならないか、というのが依頼の内容だった。


 王子と共に旅をした牛が、過酷な北方の地でも生きられるように姿を変えた。その伝説の生き物が、このモフモンヌ。

 皮下脂肪が厚い上に、全身が長い毛で覆われていて寒さに強い。

 我が国で飼育することができる、唯一の家畜だ。

 このモフモンヌの一番柔らかい毛を使って作られるのが、魔導士のマントなのだ。


 体高は成人男性の1.2倍ほどになり、頭と尾が同じ高さ、同じ割合で伸びていくので、熟練の飼育員にしかモフモンヌの前後は分からない。

 一度に仔を1頭しか産まないので、肉用にすることはほぼ無いが、十分な餌を与えることで授乳期を終えても乳を生産しつづけてくれる。

 この乳でできたチーズやバターは、エミリアの民の貴重な栄養源で、モフモンヌの生育に関わることは国の一大事でもあった。


「さっむいな、おっちゃん、俺にもお茶くれ」

 ぶるぶると震えながら、ジオが私のかけていた椅子の隣に座る。

 言葉遣い……ッ! と唇を噛んだが、人前で妻が夫を注意するわけにもいかない。


「すまねぇな、恩爵様。モンヌの糞は踏まなかったか?」

「どうだかな。途中、でっかいのはひとつ蹴ったけど、カラカラだったからセーフだろ」

 がっはっは、と笑い声が沸き起こり、私は頭痛をこらえる。


「実際、あの小屋を温めるとすれば、どのくらい火の魔石が要る?」

 お茶を飲みながら、小さな声でジオが私に問いかけた。

「どちらかと言えば、保温のための風の結界が重要だわ、持ってきた火の魔石を全部ここに置いたところで、あっというまに放熱するだけよ」

 ハッキリとそう答えると、草の民の顔に一斉に落胆が浮かぶ。

「んだったら、火のヴェルラクシェ様だけではダメかぁ」


「そこを何とかするのが、便利屋パトラスの腕の見せ所。3属性を操る大魔法使いの御業みわざ、とくとご覧あれ」

 なんのためにそんな大きなカバンを持ってきたのかと思っていたら、中から杖とくたびれたコートが取り出された。

「魔法のスティックと、魔法のコートでござーい」

 おおー! と、何故か草の民たちは、パチパチと拍手をはじめる。


「待って、風の結界を新設するには、王城に図面と書類を出してから、魔導爵3家の許可印をもらう必要が……!」

 ぐいぐい厩舎の方へ押される背中に、必死で抵抗しながら手続きを説明する。

「んなことしてたら、毛牛が凍え死ぬ。見ろあの必死な母の瞳を『オネガイ、ベイビーを殺さないで……』って言ってるだろ」

「恩爵様、そっちはモンヌの尻尾だんべ」

 

 厩舎の太い梁の上に、割れた水桶を固定し、その中にカラの魔石を置く。

 ぞろぞろとついてきてしまった草の民のギャラリーに囲まれて、完全に退路を断たれてしまった。

 青い顔をしている私に、ジオが再び耳打ちしてくる。 


「どうした、十分に風は荒れ狂ってると思うが」

「天候は十分よ、だけど……こんなことしたら、絶対に城に知れるわ。どうなっても知らないわよ」

「やれ、派手にやっちまえ」

 無責任にけしかけてくる夫と、期待に満ちた民たちからの視線に、借り物のコートの長い袖を握りしめる。


 ポンと肩に温かい手のひらが乗った。

「これがおまえが望んだ『民を助ける』ってことじゃないのか? 違うなら、やめとこう」

 ジオの囁きに、グモオオォと哀れに、モフモンヌが鳴く。

 しんしんと冷えてくるつま先に、この床でお産をする辛さを想った。

「違わない……違わないわ」


 山ほど頭に詰め込んだ、魔法知識と法令各種を総動員する。

「結界が内接する場合、接点で対流が虚となるように魔相まそう値を定め、風向と風速を相殺する」

 感覚を外に開き、城壁沿いにめぐらされている一番薄い結界の組成を読み解く。

 

「エミリア法規第297条。風の結界を新設する場合、魔力供給に漏れが無いよう、全魔導爵家でその位置を把握し、全て結界図に記載するものとする。ただし、仮設の場合は、これに含めないっ!」

 ふおおお、と草の民もどよめいた。


我が杖にサ・コポ・ノイ つむじ風よ集えラテ キィケーシュ……」

 集まってくる風に、ワラが舞い散る。

 薄く緻密な羽衣を編んで、小屋の梁へふわりと掛けるようなイメージで。

風の防壁よヴァンカ トゥペ 荒れ狂う雪から守り給えヴァ・ネッシ=エニーヴァ

 

 結界が閉じる衝撃に、一瞬クッと耳に圧がかかる。

 厩舎の端から端まで寸分の狂いも無く、結界がはりめぐらされた。

「おぉ、あったけぇ……」

 保温効果はすぐに体に感じられ、草の民たちは口々に温かいと言って、喜んでくれた。

 このくらいの規模の結界ならば、モフモンヌたちの出産が終わるまで効果を維持できるだろう。


「これで、モンヌたちも元気な子っこを産んでくれるべ、ほんとにありがとうごぜえました」

 厩舎長からあらためてお礼を言われると、役に立てたという喜びが、胸の底から湧いた。

「お役に立てて……私のほうこそ、嬉しいわ」


「そんで……恩爵様、お代なんだけんども」

「おう、ここにサラサラっと名前を書いてくれ」

 当然のように何かに署名させようとしたジオの手から、とりあえず紙をひったくる。


 請求先は、国王陛下。

 内訳は、火の魔石1、風の結界1(仮設)、出張費(2人工にんく)と書かれている。

「魔導士は、直接民からお代をいただかない約束だもんな?」

 ニヤ、と笑う便利屋パトラスの頭目に、乱暴に紙を押し付けて腕を組んだ。


「魔導士じゃないわ、魔法使い・・・・よっ!」

 何故かもう一度、草の民たちが「ふおおお」と声をあげた。 

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