第11話 魔法のスティック

「魔石は売り物じゃないわ。民からの対価なしに、国中の火と水と風を維持する。それが魔導士の仕事よ」

「それで魔導爵家は、どうやって暮らしてる? 雪でも食ってんのか?」

 座るなら昼メシを食おうぜと言ったジオは、フォークに突き刺さったままのイモを私に向けてきて、行儀が悪い。

「王家から恩賞が出ているわ」


「はぁん、王家はそのカネをどこから?」

「民の税金から……」

 くるり、とイモが私の目の前で輪を描く。

「つまり、魔導士は民のカネで働いてんだろ、対価なしじゃねえよ」


 あっというまに、論破されてしまった私は、とりあえず「でも」と言ってみる。

「魔石は民が暮らすには十分なだけ行き渡っているわ。買いにくる人なんていないわよ」

「どうかな。俺が見た限り、需要はあると思うぜ?」

 そんなのどこに、と思ったが、口に料理を入れてしまったので行儀が悪くて言えない。


「誰も買いに来ないってんなら仕方ない。だが、困ってるヤツが来たら気持ちよく売ってやろうぜ、人の役に立ちたかったんだろ?」

「魔導士の資格も無いのに、勝手に魔法を使うわけにいかないわ」


「だから、魔導士だって言えないなら、魔法使いを名乗ればいい」

 しゃあしゃあとそういう詭弁きべんを言う夫に、「この詐欺師!」という暴言をかろうじて飲み込む。

 また喧嘩になるだけだ。

 食べ終わったお皿を下げてから、なるべく穏やかに声を出した。


「ジオ、この国では魔導士にしか所持することを認められていないものが2つあるの。杖と、魔導士のローブよ」

 杖を持ってローブを着ている人はとりあえず魔導士だというくらいは、幼い民にも浸透している。

 逆に言えば、杖とローブの無い者が、どんなに「魔法を使えます」と言い張ったところで、道化と同じなのだ。


 再び庭に出たジオは、投げっぱなしになっていたお手製の杖を手渡してくる。

「ホントは、真似事でも魔導士じゃない者が、杖を握るのはご法度よ」

 めんどくさ、と彼の口が声を出さずに動く。

 そして、ガリガリと頭をかくと、庭の柵に絡まって枯れていたツタを集めはじめた。


「……すごい、器用ね」

 ベンチに座って、するすると何かを編み始めたジオの手元を見て、思わずつぶやく。

「花を飾るのに、会場で細工することも多かったからな。箱からどれか好きな魔石を取ってくれ」

 どのくらいの大きさ? と聞くと再び「好きなヤツ」と役に立たない返事がある。

 仕方なく最初に目を引いた、拳の半分くらいの大きさの赤い魔石を手渡した。


 カゴのように編んだ細いツタで魔石を包み、太いツタを棒状に束ねた先端にそれを組み合わせていくのを見れば、さすがに彼が何を作ろうとしているかは分かる。

「完成。これならもうグラグラしないぜ」

 確かにきっちり編まれたツタと魔石は、最初から一体のものであったかのように仕上がっている。

「だから、魔導士資格が無いと、杖を握ってはいけないの。それに、これは少し短いわ」

「まあまあ、裏庭は非公式ってことで、かるーく火の魔石1個分、撃ってみ?」

 渋っていると、雲が集まってきて太陽が隠れそうになり、急かされてつい、もう1つ魔石を仕上げてしまった。


「これ……軽いわ。全然疲れないし、手から近い分、魔石に魔力が注ぎ込みやすい」

 感動している私の前に、ジオが自信満々の顔でかがむ。

「いいだろ。しかもそれはな、魔導士の杖じゃない、魔法のスティックだ」 

 あとはコレコレと、玄関のコート掛けから自分の上着を取ってきて、バサッと私の肩にかける。

「魔法のスティックに、魔法使いのコート。魔導国家エミリアただ一人の、『魔法使いヴェルラクシェ』完成だ」


 あとは客が来るのを待つだけだな、とジオは看板からシーツを剥がす。

 しばらく男物のコートの下でぷるぷる震えていた私は、結局大声で叫んだ。

「だから、これが全部詐欺だって言うのよっ!」



 

「魔法使いうんぬんは、この際おいておくとして」

 疲れ果てた私は、一度一番根本的な問題と向き合うことを放棄した。

「やっぱり晴れの間は水の魔法を使えないし、今日くらいのそよ風じゃ、風の魔法も使えないみたい。これじゃあ実際のところ、仕事にならないわ」

 看板に下がっている【休】の札を指して「だから曇りの明日は休み」と、彼は言う。


「それよ、どうやって先の天気を知るの?」

「言ったろ? それが俺の仕事だって」

 魔石の入っている箱から、割れた魔石を取り出す。

 細長い石を、長手方向に割ったようなそれは、断面を磨き上げられてゆるやかな緑のグラデーションに輝いていた。

「綺麗ね。でも割れた魔石には魔力を入れられないの、魔力が漏れてしまうのよ」

「いや、これは温度計」

 おんどけい? と私はオウム返しにたずねる。


「おまえらの言う、杖用の魔石も、魔力を入れるための魔石も、実は全部同じ鉱物だ」

「まさか、火の家では赤い魔石を使うし、水の家では青い魔石を……」

「原石の割り方で色の出方と、温度による色変化のしかたが変わる。たとえばこの緑の魔石、魔石ストーブに置いてしばらく待つと」

 緑色だった魔石が、ストーブに接している側から赤くなり、一瞬で全体が真っ赤に染まる。

「知らなかったわ……」

「熱いから素手で触んなよ。常温で赤、青、緑と色が出る面で割ってるんだ。エミリアの南にある二つ沼ふたつぬまのあたりが原産なんだぞ」


 エミリア周辺は常に雪に閉ざされているが、二つ沼と呼ばれる大きな湖沼の並ぶあたりまで南下すれば、冬以外は積雪しなくなるらしい。

 大きな原石を運搬するには、少し遠くても雪の無いレンロットの方が都合が良く、エミリアで使用している魔石は全てレンロットで加工されたものだ。


 と言っても、魔力を使い切った魔石は、再び魔法を施すことで何度でも使用できるので、そう頻繁ひんぱんに買い足すようなものでは無い。

 ただ、こんなに生活に密着している魔石の性質を良く知らずにいたことに驚いていた。



 温度計と呼んだ長い魔石を持って、今度は水場へ行く。

 水盆からこぼれる水に当てると、全体が真っ青に染まった。

「これが、水温の色。だいたい6℃くらいだ」

 水から離すと、ジオの指のあたりから、じわじわと緑色に戻っていく。

「このくらいの色で約20℃、この石は10℃から30℃くらいまでの温度変化が一番分かりやすい色相で割ってある」


 ポケットから手帳を出して、開いて見せたページには、白から赤へ、細かく数字のふられた色見本が載っている。

「水が凍りはじめるくらいから青が薄くなって、白までいくと氷の世界の温度だ。エミリアの外に持ち出したら真っ白だな。逆に赤は水が沸騰する温度、これを越えると火の中に放り込んでもずっと同じ色だ」

「すごいわ、こんなことをレンロットの人たちは皆知っているの?」


 まさか、とジオは肩をすくめる。

「これは秘密のメシのタネ。気温と、雲の動きで、俺は天候を予言する」

 ビッと天空を指した彼に、目をみはる。

 なんだか今、すごく素敵に見えた。


「……という、フリをする」

 石畳につまずいてコケそうになった私を、彼はひょいと支えてくれた。

 恨みがましい視線を送ると、軽薄なウインクが返ってくる。

「心配するな、2日後までの天気は絶対外さねぇよ」  

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