第10話 便利屋パトラスはじめます

「おっしゃ、いい出来」

 門柱の横に立てた真新しい看板に、ジオは満足そうに額の汗をぬぐう。


【便利屋パトラス。お困りごと解決します。店主のきまぐれ魔法も好評発売中】

 横長の看板には、今日のおすすめ、明日のおすすめと札を下げる場所がある。

 彼は魔石の入った木箱をのぞき込んだ後で、空を見上げた。

「今日は……お、これから晴れるな、火の魔石作っておこうぜ。明日は曇りだからお休みっと」

 鼻歌を歌いながら、看板に【火】と【休】の札を順にぶら下げる。

 

「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。魔石を売るなんてとんでもないわ、それに私、火の魔法は……」

 ぱあっと晴れてきた陽の温かさを、頭のてっぺんに感じた瞬間、久しく忘れていた火の魔法の手ごたえが沸き上がる。

「あ……これ……」


「おまえ、空を見なくても雨が降るのは分かるって言ったろ? 元々、今自分がどんな魔法を使えるかの感触みたいなモンはあったんじゃねぇの?」

 そう意識したことは無かったが、「今は火の魔法は絶対に無理だ」という感覚は確かにあった。

「あった……かもしれないわ」

 家の裏手に回って、こそこそと2人で準備を始める。

 

「ほい、カラの魔石、ほい、杖」

 枝に魔石がグラグラしている杖を握らされても、「できる」という予感に心が浮き立つ方が先だった。

「昨日は水だったからいいが、今日は火だからな、森林火災はやめてくれよ?」

「大丈夫、コントロールは得意なの」

 全く説得力がねぇわ、とジオは笑う。 


我が杖にサ・コポ・ノイ 陽の光よ集えラテ ディーシ……」

 ボッと杖の先が鳴る。

 明るい屋外で見れば、詠唱に合わせて、天から陽の光が束になって集まってきているのが分かる。

 温められた空気が足元から吹き上げてきて、体が浮きそうになった。


「いい眺めだ。おーい魔法使いサマ、何個いける・・・・・?」

 練り上げた詠唱は、魔石1つじゃ溢れる。多分、2つでも……。

 指を3本立てると、ジオが手早く魔石を追加して、さっと横に退いた。 

悠然たる炎よキヤラ ディモ 凍える命に寄り添い給えヴァ・ネッシ=エニーヴァ


 1つ目の魔石へ、火の魔法を注ぐ。

 火力が一定で長持ちする魔石を作るには、隙間の無いように魔力を封じることが重要だ。

 ドロリと溶けた鉄を、細く注ぐイメージで。1つ目、2つ目、3つ目……!

「最後はここに」

 いつのまにかジオが用意してくれていた、水を張ったブリキのバケツに、わずかに残った魔力残滓を落とすと、シュボっと一瞬で全ての水が蒸発した。


「ハハ、素晴らしいコントロールで……っ!」

 彼が息を詰まらせたのは、たぶん私の頭がみぞおちに刺さったせいだ。

「できた! 私、火の魔法が……使えた。できた、できたの……」

 全力でしがみついて、子どものようにわめく間、温かい手が背中を撫でてくれる。


「言ったろ? おまえならできるって」

 何故、まだ出会って数日のこの人だけが、エミリアの誰もが見限った私を「できる」と信じてくれたのだろう。

「ジオ……ありがとう」

 嬉し涙がにじむ私に、ジオは優し気に言った。


「ん、いいさ。気が済んだら、尻もしまうといいぞ」

「え……し、しり……キャーっ、何で? 何でスカートが?」

 何だか涼しかった後方へ手を伸ばすと、めくれ上がったスカートの裾が腰ベルトにひっかかっていた。

「呪文をモニャモニャしてるうちに、下から風がブワっと来たろ? いい眺めだったけど、みんなああなるなら、魔導士は露出狂か?」


「違うわよ! 魔導士はこの上にモフモンヌのローブを着るの。かなり重みがあるからそれでスカートが浮かないのよ!」

「別料金で、若い魔法使いのパンツも見れますって、看板に書き足しておくか」

「絶対にやめてちょうだい! どうしてあなたはそう下品なの」


 家の前に戻ると、通行人が不思議そうにジオの作った看板を眺めていたので、慌てて物干し竿からシーツをひっぺがしてきて被せる。

「ごきげんよう。これは、気にしないでちょうだい」

「ヴェルラクシェ様、ほんとにこんな端っこの恩爵様に嫁いできたんだな」

 驚いたな、と顔を見合わせているのは、草の民だ。

 干し草を集める農具を持っているところを見ると、牧場からの帰りなのかもしれない。

「そうなの。これからはここに住むから、よろしくね」

 ニコニコと人の良さそうな顔で、草の民たちはうなずいた。


「恩爵様も、よろしくだ」

「おぅ、便利屋パトラスをよろしくな、宣伝しといてくれ」

 後ろでそう言ったジオの足を踏む。

「しなくていいわ、しないでちょうだいね!」

「ん、わかっただ」

 そう言って、トコトコと歩いて行く後ろ姿を見送ってから、話は中でしましょうと家を指した。

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