第9話 お天気次第の魔法使い

 数日暮らすと、1日の流れが出来上がってくる。

 ジオが水汲みに出ている間に、私は朝食の準備。それが終わると、掃除の時間だ。

 自分で言うのも何だが、私は物覚えが良くて、器用な方だ。

 次々に家事が任せてもらえるようになると、彼は隙あらば庭のベンチでゴロゴロしていることが増えた。


「私に掃除をまかせて、もう昼寝なの? 少し怠惰じゃない?」

怠惰サボリじゃない、これが俺の仕事だ。頭いてぇんだから、優しくしてくれ」

「まぁ、それは大変ね。それで? どんなお仕事をなさっているのかしら?」

 口の減らない夫に、ついこちらも刺々しくなる。


「俺には、未来の天気が分かる」

 自信たっぷりにそう言ってのけた彼を見て「詐欺師恩爵」の蔑称を思い出す。

「それはご立派だわ、でもこれから雨になることくらい、掃除をしながらだって分かるのよ」

 彼が急に起き上がってきて、私のことを見つめたので、嫌な言い方をしたと反省した。

「ご、ごめんなさ……」

「そうだった。おまえの魔法で、試してみたいことがある」


 

 家の裏手は植林された森になっていて、昼間でも薄暗い。

 2階から木箱を抱えてもどってきたジオは、蓋を開けて私を手招きした。

「これ、3属性の全部の魔石が入っているの?」

 火の魔導士が使う赤い魔石から、水の青、風の緑まで大小様々の魔石がとりそろえられている。


「おまえらの魔法ってのは、基本的に魔石に封入するもんだって認識でいいんだよな?」

「え、ええ」

 もちろん直接火や水を具現化することもできるが、魔石に封じた方が遥かに使い勝手がいい。


「ちょい、これに火の魔法使ってみてくれ」

 気軽に言われて、思わず頭に血がのぼる。

「できないと……できないから、魔導士になれなかったと言ったはずよ!」

「んなカッカすんなよ、形だけでいいからさ」


 魔導士を目指したことの無い彼には、できない魔法を使ってみせろと言われることが、どんなに屈辱的なことか分からないのだろうか。

「杖が無いとできないわ」

 私がそっぽを向いても、諦める気は無いらしい。

「あー、魔導士の連中が肌身離さず持ってるアレだな。たしか、このくらいの長さの棒の先に、このくらいの石がついてるやつだろ、ほれ」

 地面に落ちていた枝に、麻ヒモで適当にくくりつけられた魔石がグラグラしている。


 どうぞ、と言われて、この茶番に震えるほどの怒りが沸く。

我が杖にサ・コポ・ノイ 陽の光よ集えラテ ディーシ……」

 全て詠唱するまでもなく、火の魔法は成功の兆しすら見えない。

 その上、やはり雨が降り始めた。

 結界の薄いこの区域で、雨はひどく冷たい。濡れた瞬間からどんどん体が冷えていく。


「次、風の魔法」

 当然のように指示してきたジオに、怒鳴るように返す。

「だから! できないのよ。私には魔法が使えないの、分かってくれたんじゃなかったの?」

「やってみろよ」

「……っ!」


 杖を振りかざして、乱暴に詠唱の言葉を紡ぐ。まるで集まってこない風に、自分が滑稽でいたたまれない。

「きらいよ、あなたなんか大嫌い」

 嫁入り以来、初めてハッキリとそう思った。

 無礼でぶっきらぼうだけど、いつも私を尊重してくれる人だと感じていた。

 こんな、一番弱いところを土足で踏みにじるようなことをしてくるとは思わなかった。


「最後、水」

 寒さのせいか、怒りのせいか、肩で息をしていた私は、ジオがどんな顔でそう言ったか見る気も失せていた。

 地面に立てた杖の先で、雨が魔石に玉を作る。

 はりついたブラウスの袖が、もう痛いほど冷たくて重かった。


我が杖にサ・コポ・ノイ 雨雲よ集えラテ フコミア

 ズンと空気の密度が上がる。

 久しく忘れていた、詠唱者の声に従って魔術が構築されていく感触。

豊かなる水よシベル アペイ 飢える命に寄り添い給えヴァ・ネッシ=エニーヴァ!」


 杖の先端から水の魔法がほとばしり、魔石に勢いよく吸い込まれはじめる。

「……!?」 

 あまりに久々の成功で、力みすぎたのか、魔石が封入限度に達して青く発光しても、効果が収束しない。

 慌てて林の方に杖の向きを変えると、ごばっと音をたてて、大量の水が木々の間をはしっていった。


「なん……で、どういうことなの?」

 ふらりと倒れそうになった背中を、ジオの手に支えられた。

「……とりあえず、風呂にすっか」


 家の小さなバスタブは、完成したばかりの水の魔石で、あっというまにいっぱいになった。

 魔石ストーブで温められた蒸気が、お風呂を適温にしてくれる間、大嫌いだと悪態をついた男に、震えながらずっとしがみついている。

「自分で服脱いで入れるか?」

「む、ムリ」

 

 んじゃ、このままなと、ゆっくりバスタブに下ろされる。

 着たままの服が湯を吸って、温かいけど気持ち悪い。

「頭、こっちに乗せてな。あったまるまでに髪洗ってやるから」

 優しい手つきに、この人はさっきまでと同じ人なのかと混乱する。


「俺、魔法のことは良くわからんけど、たぶんおまえの魔法って、天気次第なんじゃないか?」

「天気、しだい?」

「それまで、成功したりしなかったりしていた火の魔法が、夜中に練習場にこもるようになってから一度も出なくなったって言ってたろ?」

 確かにその頃から、火の魔法には手応えすら感じられなくなった。

「それって、絶対太陽の出てない時間にやってたからじゃないのか?」


 嵐の夜の風の魔法、大雨の夜の水の魔法。

 今日はうまくできたと、喜んで帰る日に限って、そう言われればいつも悪天候だった。

  

「呪文を言う時、例えば水なら『雨雲を集めて』って言うんだろ? 天候に合った魔法が使えるってのが、この国の魔導士の基本なんじゃねぇの?」

「まさか、どの天候だって、魔導師は魔法を発動できるわ」


「天気次第で全く魔法が使えない日もあれば、さっきみたいな、ものすごい量の水が出せる日もある。おまえが特別なんだろ」

 さっきの魔石は国の規格より一回り大きい。

 1つの水場にある魔石に、水の魔導士がペアで魔力を満たすことを考えると、溢れるほどの水を出せるのは特別かもしれない。


「でも、それじゃダメなの」

 丁寧に洗われて、充分に温まってきたせいか、頭がホワホワする。

「あなたも見た通り、エミリアの暮らしは、魔導士が安定した魔法を供給することで成り立っているわ」


 さらに言えば、この地が完璧な晴天に恵まれることなど、1年に数えるほどしか無い。

 天気が晴れで、さらに太陽が出ている時間しか火の魔法が使えないなんて、まるでお話しにならないのだ。

「それじゃあ、魔導士には……なれない。私は……ダメなの」


 ジオがギュッと眉間にシワをよせて、私の頭を自分の肩へひきよせた。

 彼のシャツはまだ、氷雨に濡れたままで冷たい。

「魔導士がダメなら、魔法使いを名乗ればいい」

「あなた……そんなことを言うから詐欺師だなんて言われるのよ」

 言いたいヤツには言わせておけよと、耳に落ちた囁きが熱かった。


「いずれおまえは、この国を救う大魔法使いになる。だからそれまで諦めるな、力を磨き続けろ」

 不思議なことにそれは、幼い頃に母に言われた言葉と少し似ていた。


 イファルド家に生まれたからには、民の生活を太く強く支える、優秀な魔導士になりなさい。

 どんな困難の前にもひるまず、魔法の力を磨き続けなさい。


 全て崩れ去ったと思っていた。二度と杖を手にすることは無いと思っていた。

「おまえなら、できるよ」

 誰も言ってくれなかった言葉を、こともなげに彼は言う。

 こんな詐欺師に、騙されてはいけない。


 なのに彼のシャツをギュッとつかんで、強くすがっていた。

「もう1回、言って」


「魔法使いとして、生きられる。俺がそうなるように助けてやる」

「民の暮らしを助ける、エミリアの魔導士に、私……なりたかったの」

「叶えてやる。任せとけ」

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