第8話 予言者と詐欺師

「俺は城塞国家レンロットで生まれた。親はいない。つまり、みなしごだ」

 唐突に始まった彼からの昔話に、息を呑む。

「色々あって、最終的には花屋をしてた」

「花……?」


「そ、お貴族様のパーティー会場なんかも飾るような、結構高級な花も扱っててな。エミリアの王子様とは仕事帰りに顔見知りになった」

「そういえば、オリンヒルド様は半年ほどお忍びで留学してらしたわ」


 そうそう、ちょうどあの大寒波の年でなと、ジオはうなずく。

「これからエミリアに帰るって言う王子様に、この冬はヤバいから、備えた方がいいぜって世間話のつもりで言ったわけよ」

 それを素直な殿下が、陛下に進言し、聞いた陛下もまた直々にレンロットに出向いて、ジオと面会したらしい。


「エミリアの国王陛下は、いいオッサンだよな」

 いつもなら即座に「不敬よ」とたしなめるところだけど、今日は我慢する。

「こんな得体のしれない、花屋の言うことをフンフン聞いてさ、ホントに塩と柑橘かんきつを山ほど積んで帰ったもんな」

「そんな話……知らなかったわ」


 確かに一昨年の大寒波は、未曾有の危機だった。

 特に気温の低下が著しい夜間に、凍結を防ぐために水の魔導爵家が寝ずの番に当たっていたというのが印象深い。

 普段はあまり仲がいいとは言えない3家が、一丸となって乗り越えた寒波だ、という認識だった。


「厄災なんて、意識せずに通り過ぎてくれるのが一番だ。陛下の手腕が確かだったんだろ」

 だとしても、塩と柑橘はエミリアでは生産できず、完全に外国からの輸入に頼り切っている物資だ。

 少なくとも魔導家筆頭の母の耳には入っていたことだろう。

 いつもと変わらず、母が紅茶に柑橘の輪切りを乗せて楽しんでいた姿がよみがえって、ひどく違和感を感じた。


「まぁ、その件で、俺もまんまと恩爵の地位をもらって、家をもらって、こうして嫁までもらったってワケだ」

 そうそう、と彼は楽しそうに続ける。

「名字の無かった俺に、予言者パトラスなんておもしろい家名をくれたのも、陛下なんだぜ」

  

「つまり……あなたはあの大寒波を予言した予言者。本当に……未来を予見できる力があるということ?」

 とんでもない能力の夫に嫁いでしまった。

 そういえばなんだか時々、考えていることを読まれているような気もする!


 身を乗り出した私の顔を見て、ぶはっとジオが噴いた。

「まさか、そんな大そうなモンじゃない。たまたま大当たりして、陛下に感謝されたから、褒賞をごっつぁんしただけだ」

「じゃあ陛下を騙したの!?」

 ニヤ、と不敵に彼は笑う。

「だからみんな言ってるだろうが『詐欺師の恩爵』ってさ」


 何が本当のことなのか分からなくて混乱する。

 ジオの言いぐさが本当ならば、爵位を取り上げられて、国外追放されてもおかしくない。

 だって、陛下だけでなく彼を恩爵として受け入れた、エミリアの民をも騙していたことになるんだから……。


 そこまで思って、皆を騙していたというなら、自分も同じだと気が付いた。

 いずれ国を背負って立つ、偉大な魔導士になると期待されていながら、試験も通過できない無能だったのだ。

 自分を慕ってくれた民たちに、何一つ還元できないまま、私は魔導士になることを諦めたのだから。


「ふがっ!」

 突然鼻をつままれて、淑女らしからぬ声が出てしまった。

「どうしょうもないことを考えてる暇があるなら、さっさと寝ろ」

「はにゃして……離しなさい! なんてことをするの」

 手を払いのけると、ジオはパッとソファから立ち上がって階段を登り始めた。

「へいへい、すんませんでした」


 今日も初夜の儀は失敗だ。結局、私の呼び名が決まらなかった。

 ならばせめて、一言文句を言ってやらねば気が済まないと、彼のあとを追いかける。

「あなたね、そもそも女性の扱いが雑だと言われない?」


 寝室に入った彼は、そのままお腹からベッドにダイブする。

「んー、そういう面倒なコト言う女とは、関わらんようにしてた」

 う、面倒な女……。

「んで? 今日は俺と寝る気になったのかい。歓迎するぜ? 奥さん」

 どうぞこちらにと言わんばかりに、腕を開いて見せる。


「初夜の儀も終わらないうちから、ねや事なんて……とんでもないわ」

「ふはっ、面倒な女」

 今度は直球で面倒な女って言ったわ!


「えー、でも俺、もうソファで寝んのヤダ」

「私が下で寝ます、ご心配なく、おやすみなさい」

 身動きする前に、手首を取られた。


「おまえが椅子で寝るのもイヤだけど?」

 この見上げてくる角度、少し甘ったれた口調、いかに私が今日まで勉強しかしてこなかったとて、これだけは分かる。

 ジオは、女の人と遊び慣れている人種だ。


「ひとりで寝るのが寂しいだけだ。何もしないから、おいで」

 それ、絶対信用しちゃダメって、令嬢たちでさえ噂してるセリフだから!


 半分枕にうずもれながら、片目だけで見つめる姿は、主人を待つ犬のようにウルウルとしている。

 断ったらこっちが悪いというか、変に意識しているみたいだし……。

 おそるおそるベッドに入ると、聞こえるか聞こえないかの声で「ちょろ」と彼が笑った。

 くやしいから聞こえなかったことにしよう。


 ジオは、コロンとベッドの逆の端へ転がって、私から離れる。

「丁寧な女性の扱いって、これくらいか?」

 どこにも触れない距離で、彼はいたずらっぽく言う。

「そうね……いいんじゃないかしら」

「ありがたきお言葉。んじゃ、おやすみ」


 そう言うとランプを消して、ジオは目を閉じた。

 だけどこの男、いつ何時なんとき気が変わるか。

 今夜こそ眠れない夜になりそうだわ……。


 と、思った次の瞬間、部屋に朝日が差し込んできていた。

 

「熟睡してたぞ? おまえ、自分が思ってるより図太いんだよ、認めろ」

 淑女レディとして、それだけは認めるわけにはいかないわ!

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