第6話 布と草と病院と墓

 ようやく商区にたどりつくと、布の民たちは今日も忙しそうに仕事に励んでいた。

 ブラウスを縫うミシンの音が通りまで響き、金物屋は店先で包丁を研いでいる。

 赤麦の収穫が終わったのか、仕込みのために酒蔵に大勢の職人が集まっているのも見えた。

 

 パン屋から品物を受け取った恩爵は、通りで待っていた私の元まで戻って尋ねる。 

「服屋は分かるが、パン屋も鍛冶屋も「ぬのたみ」なのか?」

「ええ。言われてみれば、布の民の職業は種類が多いわね」


 エミリアの職業人口比率は綺麗な三角形をしている。

 いただきはもちろん王家であるエミリア家の一族。

 次に魔導爵3家と分家で、恩爵家は数えるほどしかいない。

 その次がぬのたみと呼ばれる職人たちで、最下層を支えるのが農業と牧畜を担うくさたみだ。


「辺境の国だと聞いては来たけど、何から何まで独特だな。覚えることが山ほどあって頭痛がする」

「レンロットの文化とはそんなに違うの?」

「少なくともエミリアは、周辺3国のどこにもない仕組みだ。超、異端」

 異端とまで言われると、良い気はしない。

   

 で、他に知りたいことはあるのかしら? とちょっとトゲトゲしく尋ねると、彼は考えこむそぶりを見せた。

「時間があるなら、この国の病院と……墓が見たい」

 意外な要望に立ち止まる。

 

「いや、別に急いでるわけじゃないし、暇な時に俺ひとりでも行ける。どっちの方角かだけ聞いておこうかな?」

「あなた、もしかして……」

 私が不審そうに見上げると、明らかに何かをごまかそうとする顔をする。


「どこか悪いの?」

 ぱちぱちと瞬きが繰り返されて、ドッと彼の肩から緊張が抜けたように見えた。

「いいや、見ての通り健康で健全な成人男子だ」

 健全……? そこには正直、異議がある。


「だが、そうだな。たとえば、おまえが急に高熱を出した時、運んでやる先は知っておきたい」

 そうか、この先は病気になってもばあやはいないのだ。

 彼に看病をしてもらって、彼が倒れた時には私が看病する。

 これからは、ふたりで支え合っていかなくてはいけないのだ。


 病院は城の北側、風の魔導爵家の一画にある。

「この建物ひとつだけか?」

「そうよ、風の結界に護られているから、エミリアにはあまり病院のお世話になるような人はいないわ」

 入り口の門からじっと建物を見つめる恩爵に、ずいぶん熱心だなと思いながら説明を加える。

「手前の建物が診療所で、奥の二階建てが入院棟よ。たしか2階が貴族用だったかしら」

 入院するような大きな病気をしたことが無いので、詳しくは分からない。

 小さいな、と彼はつぶやいて爪を噛んだ。

  

「用も無いのに、あまり長居するとシィ家の方にご迷惑よ。えーとあとは、お墓だったかしら?」

 墓、という言葉にピクと恩爵の肩が跳ねる。

 どうしたのと尋ねる前に、彼は妙に明るい声で話しかけてきた。

「そうそう、ご案内よろしく頼むよ。つーか、もしかして、病院って風の魔導士が魔法で診てくれたりする感じ? で、この道はどっち?」

 こっちよ、と東側に向かう道に曲がる。


「診療と調薬は風の家の中でも、特に優秀な魔導士が行うの」

 専門分野になるから詳しくは分からないけど、患者の体の周りに結界を張って、不調を排出するような治療が行われるらしい。

「薬はどんなものが流通してる?」

「熱を下げる薬と……咳をしずめる薬くらいかしら」

 これもあまり薬の世話にもなったことが無いから、正確なところは分からない。

 

「ねぇ、ずいぶんと熱心じゃない? 本当に健康なんでしょうね? 不安があるなら、診てもらえるのよ」 

「夫の健康を気遣うなんて、いい妻になってきたじゃないか」

「人が真面目に」 

 私の言葉の途中で、恩爵が急に駆けだした。

「ちょっと、ちゃんと聞いて……」

   

 墓地を囲む柵を、彼の手が強く握りしめる。

 通り抜ける風が、ゆるいクセのある漆黒の髪を揺らした。

 そのただならぬ背中に、しばらく声をかけることすらできない。


「ここに、誰かねむっているの?」

 意を決して問いかけると、彼は振り返らずに答えた。

「いや、違うよ。……なぁ、一代限りの恩爵でも、ここに墓を建てられるんだよな?」

「ええ、そう……だけど」

 やっぱりこの人は、病を抱えているのだろうか。それも、もうお墓の心配をするほどに悪いの?


墓参ぼさんならば、正門からお入り下さいませ」

 唐突に後ろから声をかけられて振り向くと、風の本家の令嬢アリシュテル様とその取り巻きの一団が立っていた。

「まぁ、ヴェルラクシェ様でしたの。老夫婦でもあるまいし、新婚早々、病院と墓所に何の御用?」

 とりまきの令嬢の言葉から、病院前から見られていたことを知る。


 私は、はっとしてアリシュテル様を見つめた。

 ふわふわの金髪と、風のように澄んだ緑の瞳。恐ろしく整った顔が、いつも通り私を睨み付ける。

 アリシュテル様は無口な方で、どこで出くわしてもこうして険しい顔をむけてくる。睨まれるような覚えが無い分、ハッキリ嫌味をいってくるルゥ家のメルカミーア様より苦手かもしれない。

 でも彼女は、医者のタマゴなのだ。私は無礼を承知で、不安な胸の内を吐き出した。


「夫が、不治の病かもしれないのです」

 ハッ? とその場の全員が声をあげた。恩爵本人もまだ隠し通せるつもりらしい。 


「まさか……我が杖にサ・コポ・ノイ つむじ風よ集えラテ キィケーシュ……」

 素早く杖を掲げて、アリシュテル様が詠唱すると、一瞬恩爵の体が光ったように見えた。

「うぉっ、まぶしっ」


「……ヴェルラクシェ様、彼はどこからどうみても健康そのものですが?」

 美少女から蔑まれる瞳には、異様な迫力がある。

「は……えぇ? 健康なのですか?」

 驚いて恩爵を見上げれば、彼は肩をすくめて口の端で笑った。

「健康で健全だと言ったろ?」 

  

「こんなくだらない嘘を……つくなんて……」

 ぶるぶると怒りに震えるアリシュテル様に、恩爵が私の肩を抱く。

「いやー、うちの嫁の早とちりで、すいませんでしたねぇ」


「汚らわしい! あなたのような詐欺師と居るから、ヴェルラクシェ様まで……っ!」

 激昂したアリシュテル様に、さすがに取り巻きの令嬢たちが焦って、引き離しにかかる。

「アリシュテル様、次の患者が待っておりますわ」

「オホホ、それでは、ごきげんよう」  

  

「人形みたいなベッピンさんなのに、あの性格はいただけねぇなぁ」

 ひきずられるように連れていかれるアリシュテル様が、あんなに感情を露わにするタイプだとは、私も知らなかった。

 おどろきで、早くも未亡人かと焦った気持ちが消し飛ぶ。


 再び家路をたどり始めると、少し前を歩いていた彼が私を振り返りながらサラリと言った。

「しっかしおまえも、こんな詐欺師によくおとなしく嫁いできたよなぁ」

 皮肉に笑う恩爵の正体を、そろそろ本気で知る必要があった。

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