第5話 魔導国家エミリア
食事が終わるとすぐに、買い物に出かけることになった。
「食料品の買出しがメインだが、俺はまだ越してきて日が浅い。この国の魔導システムもついでに説明してくれると助かる」
玄関の鍵をかけている彼に、いまいちピンとこなかったので聞きかえす。
「……どんなことを?」
「たとえば、アレ」
示した先に、共用の水場がある。
大きな水盆の中央に、青い魔石が輝いており、そこから清らかな水があふれ出ていた。
生活用水はここから汲み、一段低くなっている水路では、洗濯をしたり野菜を洗ったりもする。
「この何の脈絡も無く水が出てきてるカラクリは?」
「水の魔導士が魔石に水の術を施すからよ」
魔導士が込めた水の魔法は、およそ10日間、魔石から定量の水を出し続ける。
「それそれ、そういう説明をしてくれ」
満足そうに言って、南に向かって歩きはじめる。
恩爵家にしては果ても果ての、北の市街地ぎりぎりに住んでいるので、南の商区まで出るには小一時間かかりそうだ。
歩きながら私も尋ねる。
「レンロットではどこから水を汲むの?」
「基本、井戸水を使ってる。地下からの湧き水だな。農業用水は川から引いていて、あの濁り水で暮らしてるヤツらもいるよ」
「エミリアの土地はとても乾いていて、どこまで掘っても水は出ないの」
「まぁ、そもそもここは『捨て地』だからなぁ」
彼のつぶやきに、この国の伝承を思い浮かべた。
昔、兄の
王子は老いた牛の背にわずかな荷物を積み、
そして王子は「捨て地」と呼ばれる、誰も欲しがらなかった地へたどりついた。
わずかしか日は射さず、水源も無く、カラカラに乾いて痩せた土地を、切りつけるような風がなぶる。
捨て地は、疲弊しきった旅人たちを全力で拒むように、吹雪に閉ざされていた。
王子は凍えて動かなくなる体で、道化師にこれまでの旅路の礼を言い、死地へ伴なったことを深く詫びた。
すると道化師は、王子の手をにぎり、自分を信じてくれるかと問うた。
あなたが信じてくれるなら、私は全ての不可能を、可能に変えてみせるだろうと。
王子は返事の代わりに、道化師と互いを呼び合うためだけの特別な名を交わした。
道化師が杖を天に掲げて祈ると、暖をとるための火が灯り、乾きを癒す水が沸き、風の壁が荒れ狂う雪から身を守ってくれた。
老いた牛は、凍て地にも生きられるたくましい生命力と、長く豊かな毛を与えられた。
道化と思われていたのは、力を封じられた
光の灯った捨て地に、ひとり、またひとりと、行くあての無い者が流れ着き、王子と大魔導師はその全てを受け入れる。
魔法の力に支えられた土地で、民は健やかに暮らし、やがてかつての「捨て地」は大魔導士エミリアの名を冠する、幸福な国へと育っていった……。
それが、魔導国家エミリアの起源だという。
今でもこの国は、魔法の力無しには立ち行かない。
だから魔導士は貴族として尊ばれ、その尊敬に値する働きで民にこたえるのだ。
私も……そうなりたかった。
沈みそうになった思考を、恩爵の質問タイムが寸断した。
道端の緑色の魔石が光るモニュメントに触れて「これは?」と首を傾げている。
「居住区用の風の結界柱よ」
「居住区用ってことは、他にも種類があるのか?」
種類があるというよりは、
「王城、魔導爵家、内居住区、外居住区、最後に城壁結界となっているの。城壁あたりまで出るなら、防寒着が必要だわ」
「へぇ、風の結界が国全体を暖めてくれんのか?」
「いいえ、暖めているのは火の魔法。風の結界は強風と冷気から国を護っているの」
理解できていない様子の恩爵に、もう少し説明を加える。
「風の結界は、実体の無いバリアのようなもので、人も雨もすり抜けられるわ。内部で温められた空気と、冷たい外気が結界面でぶつかる時に、
「はぁん?」
なんじゃそりゃという顔があまりに正直だったので、思わず吹き出してしまって、あわてて謝る。
「ごめんなさい、あなたは魔法学を学んだことが無いのね」
「無い無い。アタシ賢いですわよって雰囲気を出してきてるとは思ってたが、さてはおまえ、ホントに賢いな?」
私はそんな雰囲気を出していただろうか。指摘されると、感じが悪いことこの上ない。
「魔導士になれなかった者が、ひけらかしたってどうしようもない知識よ。恥ずかしいわ」
「そんなもんか?」
ええ、とうなずくと、彼は「そっか」と早々に打ち切ってまた歩きはじめた。
貴族同士では、こんなにサッパリとはいかない。卑下していると見せかけて、腹の探り合いが始まるのだ。
この人のこういうところは、好ましいと思った。
「風、水とくればあとは火か。火は家にあるあの不思議ストーブだな?」
「魔石ストーブね。あの中の魔石に火の魔法を込めるのが、火の魔導士の仕事よ」
火の魔石は一度魔力を込めると、7日間燃え続け、
「あのストーブ1コで、料理も湯沸かしも暖房もできるっていいよな、ストーブの中にピッタリおさまる四角い鉄鍋もスゲー便利」
持ってきた丸い鍋は、全部捨てちまったわと彼は言う。
丸い鍋? 想像ができない。
鍋と言えば、浅鍋と深鍋の2種類で、どちらも角型に決まっている。
「魔石ストーブはレンロットには無いのね、どうやって暖をとっていたの?」
私が尋ねると、彼は少し遠い目をしてから顔をしかめた。
「どんなに寒い時も、貧乏人は耐えるのみだ」
まぁ、とそのハードな回答に目をみはる。
「そういや、火の魔石はなんだっけあれ、もらい火? しに行くんだよな」
家庭用の魔石鉢を抱えて、城の方へ歩いていく兄弟を、彼が目で追う。
「
一度に全国民分は対応できないから、居住区ごとに日を分けて各家庭の魔石を持ち込んでもらう。
登城できない老齢世帯などは、魔導士が定期的に各家庭を周るローテーションに組み込まれていた。
「母や兄たちは、とても魔力が強いから、鍛冶屋の炉に使うような高火力の魔石を担当しているわ」
あの恐ろしい母ちゃんか、と恩爵が身震いして見せたので、母の悪口はやめてと釘をさしておいた。
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