第53話 ゴキブリホイホイ
キィ……
ジーヴスと目立たない風貌の部下が、閉じ込められた
音も無く飛びかかろうとする目立たない風貌の部下を止め、貧相な執事は訪問者が中に入って来るのを静かに待った。どちらにしてもここに閉じ込めた以上、無事でここから返す筈はないのだ。
部屋の中へは初めに、赤鬼のような大男が入ってきた。全く隙が見当たらない。迂闊に飛び掛かれば腰の剣で、真っ二つにされていただろう。
「これはこれは。確かスコット・フレミングさんでしたね。私共を、お閉じ込めになったのは貴方でしたか」
スコットはジーヴスの問いかけに、何の反応も示さない。彼は室内を一瞥した後、入り口の空間から身を動かした。一拍置いて、萎びた猿のような老人が入って来る。その姿を見た瞬間、ジーヴスは床に片膝を付いた。慌てて部下も同じような礼を取る。
「これはグレアム国王様。お目通りを頂き光栄でございます」
目立たない風貌の部下の顔が引き攣る。彼自身は、グレアムの容姿を知らない。しかし極めて有能な上司がいうことなのだから、間違いはないのであろう。なぜこんな場所に、アルバの国主が現れたのだろうか。
「フォエフォエ。商業ギルド長の屋敷が火事だと言うので、陣中見舞いじゃよ。ジーヴス殿で良かったかの。そんな畏まった礼なぞ不要じゃ。楽に楽に」
場違いに気さくな返答を聞いて、部下は背中に冷たい汗を流す。国主が近隣の火事見舞いに現れる訳など無い。そんな事は、バレットを見ても明らかだ。更に彼は上司の名前まで把握している。一体どういう事なのだろうか?
「今回はバレットのお守りで、アルバなんぞという片田舎まで、ご苦労さんじゃったな。本当の用件の方は、上手く片付いたかの?」
「……何のお話でしょうか?」
貧相な表情で執事は小首を傾げる。それを見たグレアムは、笑い皺を深くする。
「決まっておる。儂らとカムリ公国の共闘の可能性の確認じゃ。その匂いを嗅ぎ取って、ブリテンの
目立たない風貌の部下の息が詰まる。自分はバレットの諜報員として、ジーヴスに雇われていた。しかし上司は違ったのだ。表面上は公爵に雇われ本当の雇い主が、まさか王都だったとは……
ジーヴスの目が細まり、言いようの無い凄みが現れる。貧相な執事の顔は、もう必要無いと判断したのであろう。
「そうですねぇ。ご本人が目の前におりますので是非、ご本心をお聞かせ願えればと」
抜け抜けと喰えないセリフを口にするジーヴス。それを聞いてグレアムは嬉しそうに両手を擦り合わせた。
「ここで儂の言質をとっても、糞の役にも立つまい。それとも契約書でも用意するかの」
「ご冗談を。その様な紙切れ尻を拭く意外に、何の役に立つのでしょうか?」
狐と狸の騙し合いのような、軽快な掛け合い。しかし、心の底が震えるような迫力が見え隠れする。この時点で二匹の狐狸はアルバとブリテン、更にはカムリの命運を動かしているのだ。
長いような短いような時間。狐狸の馬鹿仕合いは終わりを告げた。目立たない風貌の部下は、自分の死を覚悟する。狐狸の話は危険すぎた。この先三年分の国際的な動きを網羅する話。綺麗な話ばかりではなく、薄汚い謀略が盛り沢山である。どれ一つ取っても口外すれば、命が幾つあっても足りない。まさに魑魅魍魎の世界であった。
「良く分かりました。王都には、そのように伝えましょう。しかしこのような面談に国王自ら御出陣とは。通常は部下に任せるものではありませんか?」
「フォエフォエ。こんな汚れ役は儂ら王族の仕事じゃ。
「……お優しい事で」
ジーヴスは折っていた膝を伸ばし、立ち上がった。部下も黙礼をして小部屋を出ようとする。
「あぁ、それからバレットじゃが、お前さんを置いて先に帰国したそうじゃぞ。何でも領地で反乱が起こったそうじゃ」
「……そうですか。彼もそろそろ使い減りしてきましたね。直接スカウスへ帰っても兵力不足で何も出来ません。恐らく王都へ向かうでしょうが、さて、兵を借り受ける事ができますかどうか」
「そうじゃの。何でもバレットは王都に叛乱の意思があると、密告があったらしいからの」
貧相な執事は初めて、そこで足を止めた。
「初めて伺うお話です。彼にそんな甲斐性があるとは思えませんが」
グレアムは肩を竦める。
「叛意の真偽は王都にとって関心無いじゃろ。そういう密告があったという方が重要じゃ。タイミングもドンピシャじゃしな」
「……貴重な情報をありがとうございます。お陰様で無駄足を踏まずに済みました。ところで彼の対応は何方がなさったのでしょう? 私が言うのもなんですが、相当手が掛かったと思うのですが」
「儂の愚息の一人じゃ。あやつ如きは、それで十分。ブリテンからの主客を饗すのは、儂の仕事じゃて」
それを聞いたジーヴスは、深々と一礼した。
「ご足労をおかけ致しました。これにて失礼致します」
今度こそ足を止めずに、小部屋を出る。後に続く部下は、赤鬼の様な大男の気の毒そうな視線を受け、肩を竦めて退出して行った。
「彼の部下を同席させる必要は無かったのでは?」
「フォエフォエ。どう言う風の吹き回しじゃ」
スコットは小部屋の扉を、見つめながら眉を顰める。
「一般人が聞いては、いけない話が満載でしたからな。彼の今後が心配です」
「……ホンにお主は、優しい奴じゃの。しかし儂らは、まだやる事が残っておる。他国の他人に割いてやれる時間なぞ無いぞぇ」
そう言うとアルバの主従も、扉の外の闇に消えて行った。
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