第51話 アナフィラキシーショック



「何だ、お前は!」


 ジェット団とシャーク団の緩衝地帯である、ダンスパーティー会場のような長閑さ。思わず両陣営とも、衝突の一瞬前に出鼻を挫かれて、ズッコケそうになる。

 バレット陣営中の一人で、体格の良い騎士がイワンの胸倉を掴む。それでもヘラヘラと笑っている、ローブの魔術師を見て騎士は眉を顰める。

「おい! そいつは殺すな。少なくとも『台座』が運用できるまでは、生かしておかなければならないからな」


 隠し事を放棄した公爵は、拘束を受けながらも言いたい放題である。ダイアナをねめつけて薄笑いを浮かべた。

「『台座』とお前は俺のものだ。どんな事があっても必ず、手に入れてやるからな」

 どす黒い悪意が金髪の美少女を直撃する。しかし彼女は勝気な表情で、その悪意を跳ね飛ばした。


「もう猫を被っているのも面倒よ。イワン、やっておしまい!」

 ダイアナが指を鳴らす。ローブの魔術師は胸倉を掴まれたまま、ボソボソと詠唱を始める。


「何だ? 悪意を含む呪いなら、俺たちは簡単には効かないぞ」

 騎士は首から下げているプレートを、イワンに見せつけた。呪殺や簡易な毒殺を予防・予見できる魔道具である。その効果から非常に高額な魔道具であるが、従者たちは全員所持し身に着けていた。

「えぇ、そうですよね。今の詠唱は呪いではありませんから」

 彼の胸倉を掴んでいた右腕に、ポツポツと発疹が浮かび上がる。


「うわっ、何だ。身体中が痒い!」

 バレットを除く、ブリテン側の人員が突然、咳やクシャミを連発し始めた。症状の酷い物はゼイゼイと息を吐き、呼吸困難一歩手前の有様である。彼らはバタバタと倒れ始めた。

「こ、これは一体……」


「理由は分からないのですが、エイディーンでは昔から雑穀パンと、ある種のエールを合わせて喫食する事に禁忌があるんですよねぇ。体調が悪い時に、それをすると具合を悪くすると言われているんですよ」

「そんな! お前たちだって、俺たちと同じ物を食べて、飲んでいただろう」

 騎士が指摘するように、マクレガー家の家人で倒れている者はいなかった。彼の陣営で唯一無事なのは、エールを呑んでいないバレット一人である。

「食卓の雑穀パンは、ほとんど貴方たちが食べてましたしねぇ。ここの住民は、雑穀パンを食べたら、ここにある種類のエールを呑まないのが常識になっているのですよ」


 イワンの胸倉を掴んでいた騎士は、真っ青な顔で口をパクパクさせている。

「それにしたって、何でこんなに効き目が早いんだ?」

「私は周りにいる人に、風邪が早く治る呪文を唱えただけでして。そうすると何故か、症状が早く出るんですよ。どうしてそうなるのかは、分からないんですけどねぇ」

 彼のボヤキを最後まで、聞いていたのかどうか。騎士は息を詰まらせて崩れ落ちた。


「それは本当に不思議だな。そんな食べ合わせをキャニックでは、聞いた事が無いぞ。雑穀パンは何から出来ているんだ?」

 純粋に興味深そうな表情を浮かべて、カトリーナが会話に割り込んで来た。面倒臭そうに、ダイアナが小片を取り出す。

「後であの貧相な執事に渡すつもりで、職人ベーカーにレシピを書いて貰いましたわ。今回出した雑穀パンの原料は、胡麻、、大豆、……」

「原料が全部、抗原物質アレルゲンじゃ無いか。特に蕎麦やピーナツはアナフィラキシーショックを起こす速度が速いI型(即時型)だった筈だ」


「また不思議な、お言葉を…… 何を仰っているのか理解できないのですが?」

「専門では無いから詳しくは無いが、免疫グロブリンのIgE抗体が作用するんだ。するとヒスタミンなどの化学伝達物質が発生して、ショック症状を起こす原因となる筈……」


(作者注:ついてこれますか? またも、お話が細かくなり過ぎて、訳が分からないと思います。この辺りは読み飛ばして頂いて結構です。ちなみに日本では、現在28品目のアレルゲンが設定されています

 品目や数は国によっても異なります。またこの28品目以外でもアレルゲンになる食物がありますので、注意が必要です。このうち特に重篤な症状が出やすいのが8品目での原料に~ アッ、時空に歪みが……)


「グロブリンにヒスタミンにアレルギー? それはアルバの言葉なのですか? 私、全く理解できないのですが」

「先ほど雑穀パンに風邪治療の魔術を合わせると言ったな。免疫機能を高める事で、アレルギー反応を活性化させたのか……」

「大変興味深いお話です。エールの方はいかがでしょう? 何か関連があるのでしょうか」

「……全く分からん」

「カトリーナ様にも分からない事が、あると分かって私は安心しましたよ」

 イワンはヤレヤレと肩を竦める。



「今が、どんな状況か分かっているのか。お前らは、そろって馬鹿野郎だ!」


 我慢の限界を超えたバレットの怒声。拘束された右腕も折れよ、とばかりに声を張り上げる。内容に心当たりのある二人は、口を閉じてスゴスゴと引っ込んだ。


「おい、ダイアナ! 分かっているのか? お前たちはであるブリテン大王国公爵の俺を暴行し、従者たちに危害を与えたんだぞ。国際問題だ!」

「少なくとも貴方は、国賓では無いようですけど?」

 金髪の美少女は家人から渡された、羊皮紙を彼の前で広げた。今回の入国が非公式の物であると、しっかり書かれている。エイディーンの街に入る前に渡された書類だった。きっちり彼の直筆サインも入っている。


「ググッ。何故お前がそれを持っているんだ。そうだ! 『台座』の特許の件でも話がある」

「お話の内容は、こちらの書類ですわよね?」

 ダイアナはヤレヤレという表情を浮かべた。今度はシワクチャになった書類を、彼の前に広げる。それを見てバレットは目を見開いた。

「特許侵害の訴状も届いているじゃないか! なぜ今まで、しらばっくれていたんだ」

「色々手順があるのでしてよ。特に力任せに無理難題を、吹っかけてくる輩に対してはね」

「……それはブリテン大王国の事か?」

「今回ばかりは、そうではありません。バレット、貴方の事でしてよ!」

「呼び捨てにするな! 公爵様の敬称を付けて貰おう」

「公爵様ねぇ。オホホホホ!」


 ダイアナの口角は上がる一方である。その笑い声はもはや微笑では無く、高笑いと言って良いだろう。

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