第48話 執事の裏の顔



「彼の過去が全く分かりません。分かっているのは王宮に入ってからですが情報は、ほとんど公的な物ばかりですので、脅しのネタに使えるような物はございません」


 貧相な執事はウンザリしたような表情で、徹夜作業の報告を行なった。バレットは報告を聞いているのかいないのか、大欠伸を一つ決めるとベットから降り立つ。


「出身は?」

「分かりません」

「両親や親族は?」

「再調査中ですが、分からない公算が高いかと」


 公爵は何の気なしにヒョイと左手を伸ばすと、執事の胸ぐらを掴み持ち上げた。彼は身じろぎもしない。下手に抵抗すれば、余計に制裁を喰らう事になるからだ。

「能無しが。報告にもならない報告を持って来るな」

 しかし起きた時に最新情報を報告しないと、更に機嫌が悪くなるのである。どちらを選んでもハズレである所が、貧相な執事の辛い所だった。バレットの拳が彼の顔面に吸い込まれる寸前、その手が止まった。

「イカンイカン。顔の形を変えると、言い訳が面倒だったな」


 ドスン!


 ジーヴスは、そのまま床に投げ捨てられた。

「いいか。奴がアルバに居られなくなるような弱味か、人質になる血縁者を探して来い。そうでなければのしようがないだろうが」

 それを交渉というのだろうか? 脅迫の間違いであろうことを、貧相な執事は指摘しなかった。した所で何が変わる訳でもない。彼は立ち上がり一礼すると部屋を後にした。



 昼食時になって更に顔色を悪くした、ジーヴスが戻って来た。恐らく朝の報告から、ひと時も休んでいないに違いない。食卓に着いていたバレットの横に、そっと立ち耳打ちをした。

「何だと? まだ宿が満室なのか」

「はい。昨日回った全ての宿を確認して参りましたが、空きが無いとの事です」


「それならば、我が家でお過ごしください。気にされる事はございませんわ」

 同じ食卓に着いていたダイアナが、微笑みながら両手を合わせる。公爵は雑穀パンから手を離すと肩を竦めた。彼女は、この他にも様々なパンがあると言っていたが、彼も含めて部下全員が大変に気に入り食事には、このパンをリクエストしていたのだ。

「大変申し訳ありません。では、もう一泊だけ」

 

 本来であれば国を離れて商売女たちと、どんちゃん騒ぎをする予定であった。しかし残念ながら今回はダイアナに、それを知られる訳にはいかない。残念ながら諦めなければならないようである。しかし外国に居て無意に、時間を潰す訳には行かない。


「イワンを俺の部屋に連れて来い」


 昼食後、自室で暇を持て余したバレットがジーヴスに命令する。執事は静かに返答した。

「……まだは見つかっておりませんが」

「先ずは瀬踏みだ。金や権力で奴を引き抜けるなら、その方が話も早い」

「話が拗れたら如何なさいます?」

「その時は、その時だ。公爵家おれさまの力を持ち出しても良いし、最悪ブリテン大王国の御威光を使う手もあるしな」

 極力ブリテンの力は使わないと言った、彼の思惑さくせんは何処に行ったのであろうか? 貧相な執事はため息を付きながら、ダイアナを探しに部屋を出た。


 ダイアナを見つけると公爵が、台座開発者のイワンと面談を希望している事を伝える。しかし残念ながらローブの魔術師は、王宮で公務に就いているらしい。

「もし宜しければ、皆さんで王宮に行っても大丈夫ですわよ」

「しかし、何の先触れも出しておりませんし……」

「そんなお気遣いは無用です。いきなりグレアム国王様への、面会は無理かも知れません。でも王族のどなたかとは、お話しできると思いますよ」

 仮にも超大国の公爵が、その国の行政機関の本丸へ訪れるのである。しかし金髪の美少女は事も無げに、そう言い放った。アルバにおける商業ギルドの力は、かなりの物であるらしい。


「折角のお申し出ですが……」


 ダイアナの申し出を丁重に断ると、イワンに面談の希望を伝えて貰うように依頼する。更に幾つかの細かい打ち合わせを行い、彼女と別れた。どんなに早くてもローブの魔術師が、マクレガー家へやって来るのは夕方を過ぎるだろうと見当を付ける。

「……ジーヴス様」

 気が付くと二十名の随行員の一人が、執事の脇に立っていた。中肉中背で何処にでも居そうな風貌をしている。恐らく目の前に立っていても、目を離した次の瞬間には彼の顔を忘れてしまうに違いない。


 今回バレットの随行員の中には当然、警護の騎士などもいるが、この目立たない男のような闇の諜報員も含まれている。

 かく言うジーヴスは表の顔の貧相な執事の他に、裏の顔として彼ら諜報員の長としての一面も持っていた。この顔はバレットすらも知らない。


「……どうされました?」

「マクレガー家には不審な部屋が、幾つかあります。そのうちの一つなのですが」

 金持ちの家に不審な部屋があるのは、ある意味当たり前である。ブリテン大王国公爵家の住居を見れば一目同然であろう。ジーヴスは肩を竦めて先を促す。


「恐らく座敷牢と思われる部屋があるのですが、そこに拘束されている人物が気になります」

「……それで?」

 貧相な執事は目を細める。それだけで人が変わったように、老獪な表情が浮かび上がった。上役の急激な反応にも、闇の諜報員は怯まない。


「もしかすると、そこに転がされているのは、スカウスを出立した国営の配達人かも知れません」

「そこに案内できますか? 彼からお話を聞かなければならないようです」

「歩哨が居りますので、明るいうちは難しいかと。夜分に何かを起こして、見張り役を牢から引き剥がす必要があります」

「分かりました。私は今から公爵へ、報告に参ります。について、何か考えておいてください。当然ですが、そのは私たちには関係ありませんよ?」

 それだけ命じると、ジーヴスの表情が元に戻る。ただの貧相な執事にしか見えなくなった。


「公爵へのご報告ですが、配達人に関してはどうされます?」

「まぁ、すぐにイワンさんが来られない事だけにしておきましょう。そちらの報告を上げるには、不確定要素が多すぎますからな」


 ジーヴスは背中を丸めて、バレットの部屋へと向かって行った。

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