第46話 『台座』の価値



「このパン、ブリテンの物より美味いんじゃないか?」


「やっぱり鄙びた農業立国は、喰い物が違うんだな」

 従卒や騎士たちは、賑やかに立食する。その声につられてバレットも、渡されたサンドイッチを口に運んだ。

「確かに美味い。パンの生地の香りが違うな。ダイアナさん、これは特別な小麦なのですか?」


 パン生地を噛み締めると、良い香りが口中に広がる。確かにブリテンで食べた事のない、完成度の高いパンだった。質問され恥ずかしそうに答える金髪の美少女。

「このパンには質の良い小麦の他に、を混ぜておりますの。小麦だけの物より栄養価も高くなりますし、香りも良くなります」

「素晴らしい料理方法ですな」

「そんなに自慢できる物ではありません。雑穀を混ぜて出来るだけ高価な小麦を、消費しない様にする先人の知恵なのです。売り物になる小麦は、自分たちの口には入らなかったのですわ。

 でも、美味しい事には変わりありませんから、今でも普通に食べられています。健康にも良いそうですよ」

「成程。しかしこれは美味いな。後で執事にでもレシピを教えて頂く事は、できますかな?」

「お気に召して頂き光栄です。材料と簡単な作り方のメモを、後でお渡しいたしますわね」

 彼女は貧相な執事に微笑みかけた。彼も愛想笑いを浮かべて頭を下げる。



 簡単な食事も終わりバレット、ジーヴスは別室へと誘われる。そこは贅を凝らした客間であり、二人は豪華なソファーを進められた。別に飲み物を持ってくるかと尋ねるダイアナ。

「いえ結構です。それでは今回、アルバにお邪魔した案件の相談に入りましょう」

 片手を上げて飲み物を断ると、公爵が話し始めた。


「今回お話ししたい案件は二点です。第一にダイアナさんはどうして、私のと婚約を辞退されたのでしょうか? 私としては突然の事で、お話を進めたかったのに感じております」

「それは、ありがとうございます。ですが……」

 彼女の返答を遮るように、バレットは話を続ける。

「第二点はアルバで注目されている『台座』についてです。こちらは御当主が戻られてからのお話になると思います。いつ頃戻られますか?」

「そうですね。父は一度外遊に出ると、糸の切れた凧のようになってしまうのです。今回は迎えの家人を出しましたから、早ければ一週間前後で戻れるかと」


「それほど長い間こちらに、ご迷惑をお掛けする訳には行きません。本日は申し訳ありませんが逗留させて頂くとして、できるだけ早い時期に宿を確保して移らせて頂きます」

「そんな事を別に、お気になさらなくて結構ですのよ。私共のお持て成しが至らないようでしたら、そう言っていただければ……」

 ダイアナの言葉を片手で留めると、バレットは小さく首を振った。

商売ビジネスに関する事柄です。できるだけ借りを作りたくありませんので」


「難しいお話とは『台座』に関する事なのでしょうか?」

「えぇ。そうです」

 彼女は胸の前でパチンと手を合わせた。

「それならば『台座』を開発した二人が今、我が家に滞在しています。お会いになりますか?」

 思わぬ提案に公爵と執事は目を見張った。『台座』の構造に関する知識を得るチャンスである。目の前の娘は誠実なだけで、人を疑う事を知らないような生娘だ。こちらの意図に気づくこともあるまい。

 早口にならないように、気を付けながらバレットは返答した。


「開発者たちの御迷惑に、ならないのであれば是非」



 直ちに公爵と執事は、マクレガー家の研究室へと案内される。室内は公爵家の研究室と同じようであるが、規模と器具の数が桁違いに大きい。内部では銀髪でローブを羽織った魔術師と、赤髪の美女が打ち合わせをしてた。

 バレットの視線が赤髪の美女に釘付けになる。スラリと伸びた手足に、均整の取れた身体つき。胸と尻のボリューム感も申し分ない。ダイアナが純真無垢な天使だとすれば、彼女は肉感的な魔女という所だろうか。


「おや、ダイアナさん。お客様ですか?」

 ローブの魔術師が作業の手を止めて、話しかけて来た。

「えぇ。ブリテン大王国のバレット公爵様です。なんでも『台座』の件で、お父様とご商談があるらしくって」

「それはそれは。ブリテンでも売れてくれれば、そんなに嬉しい事はありませんよねぇ。しかし大丈夫ですか? アルバ国内の需要に追いつくほど、『台座』の生産が出来ていませんのに」


「そこで私が、ここに来たのです!」

 ここぞとばかりに、バレットが話に喰い付いた。こんなに美味い話の流れに、乗らない手は無い。彼は商業ギルド長でも舌を出すような、胡散臭い笑顔を浮かべた。

「アルバで生まれた『台座』は、素晴らしい発明です。この魔道具は世界中に行き渡らせる必要があります。幸い我がブリテン大王国には、先進の工業力がある。両国で力を合わせて、この発明品の価値を全世界に問おうではありませんか!」


「まだアルバでも、レンタルでしか供給していない『台座』について、やけに詳しいんだな」

 赤毛の美女が冷めた視線をバレットに送った。その視線を受けて公爵は背筋をゾクゾクと震わせる。こういうツンケンした女を屈服させる事が出来たら、どんなに素敵な毎日を送れるだろう? しかし彼は表面上その思いを毛ほども漏らさず、品の良い微笑みを浮かべる。

「我が国が一番初めに動いただけで、どの国でも『台座』の話題で持ちきりです。これは、それ程の発明品なのですよ。所でお嬢さん失礼ですが?」


「あぁ。私は『台座』の担当者の一人で、カトリーナという。王族であるクリスの妻だ。こっちの魔術師が技術担当のイワン。アルバ王室御用達の魔術師と自称している」

「何を仰います。私は本当にアルバ王室御用達の魔術師で、クリス様の懐刀ですぞ」


 紹介を受けたローブの魔術師は、公爵と執事にピエロの様に大袈裟な一礼をした。

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