第45話 マクレガー家へ



 奇跡が起きた。


 断られる事を前提に、マクレガー家を訪れたジーヴス。公爵の執事だと名乗ると、流石に門前で追い払われることは無く、庭先にある来客対応用の東屋へ案内された。

 やがてその東屋に、金髪の美少女が現れた。商業ギルドの敏腕秘書か何かかと思ったら、彼女が婚約を辞退したダイアナ本人である事に驚愕する。

 儚げでいて、輝くような彼女の美しさに圧倒されながらも、貧相な執事は事情を説明する。どうか公爵と主だった従者だけでも、マクレガー家に逗留させて貰えないかと懇願した。


 一通り話を聞き終わるとダイアナは、申し訳なさそうな表情を浮かべて口を開いた。


「大変申し訳ございませんが……」

「えぇ、分かっておりますとも。貴方様には縁も所縁も無いお話でしょうから」

「いえ。そうでは御座いません。公爵様が我が家へ、ご降臨頂きますのに主である父が商用の為、遠方へ出張しており公爵様へご挨拶する事ができません。失礼に当たるのでは無いかと、心配しております」

 自分の耳がどうかしてしまったのだろうか? ジーヴスは一瞬、キョトンとした表情を浮かべた。


「突然のバレット公爵様のご降臨。きっと重要な用件なのでしょうね。私に代理が務まりますでしょうか?」

「内容につきましては先に国営の配達人から、ブリテン大王国の書面が届いている筈ですが……」

「申し訳ございません。父からもそのような話は聞いておりません。どのような御用事なのでしょう?」

 ダイアナは両手を組んで申し訳なさそうに、こうべを垂れる。イヤイヤと両手を胸の前に出して、手を振る貧相な執事。


「ご存じの通り我が国は現在、カムリと紛争中ですからな。配達人にも道中で、何か厄介事に巻き込まれたのかもしれません。では詳しい打ち合わせは公爵様がこちらへ、お運びになられた時という事で宜しいでしょうか?」

「そうしていただければ、大変助かります。それでは今夜は皆様、我が家にご逗留という事で宜しいのですね?」

「イヤイヤ、総勢ですと二十名になってしまいます。急のお願いですので……」


「ブリテン大王国には足元にも及びませんが、我が家はアルバ商業ギルドの長です。饗応に、ご満足頂けるかどうか分かりませんが、その程度の人数でしたらいつでも対応可能ですわ」

 ジーヴスが目を丸くすると、金髪の美少女はコロコロと鈴が鳴るように笑い声を上げた。東屋から見るマクレガー家の敷地は広大で、建屋も複数ある。確かに急な来客が二十名来たとしても、十分対応できそうであった。


 ジーヴスは彼女の気が変わらないうちにと、東屋を早急に後にする。その貧相な背中を見て、ダイアナは微笑を浮かべた。獲物を捕まえた狼が笑顔を浮かべれば、似たような見た目になるだろうか?

 その時の彼女の表情を見たら、現婚約者であるイワンは腰を抜かして後退りしていたに違いない。


 そう言えば件の手紙の配達人は、どうしたのであろうか? 書類の内容を確認したジミーが、返書を手渡す名目で彼を拉致。現在はマクレガー家の座敷牢に転がされているのであった。



「何だ、『台座』の告発文は届いていなかったのか。そうすると話の持って行き方が変わって来るな」

 貧相な執事の報告を聞いて、バレットは片方の眉を上げた。それからすぐに好色な表情でダイアナの容色を訪ね始める。またかと思っている素振りを全く見せずに、ジーヴスは彼女の印象を話し始めた。

「ホウホウ、金髪碧眼で色白な美少女か。大層な器量良しというのも、心をそそられるな」

「えぇ、それは素晴らしい女性でしたよ。更に物腰でした」

 それを聞いて公爵は相好を崩す。彼は大人し気で可憐な美女が大好物なのであった。更に美女に加虐を与える事が、三度の飯より大好きというゲス野郎なのである。しかも若干ロリコン趣味が、入っている事で卑猥さが倍増していた。


「それではご招待にお預かりして、マクレガー家へ行くとするか」

 ウキウキと両手を擦り合わせるバレット。馬車に設置されている姿見で、身だしなみを整え始めた。それを横目に貧相な執事は質問を重ねる。

「具体的に、どのようにお話を進められる御積りで」

「まぁ、実物を見てからになるが、気に入れば結婚するかな。今度はすぐに死なずに、楽しませてもらえればいいが」

「『台座』に関しては、どういたしますか?」

「まぁ、様子見かな。結婚すれば全部、俺の物になる訳だし」


 バレットの中でダイアナとの結婚は、既成路線になっているようである。グツグツと汚臭が沸き立つような微笑みを浮かべていた。



「バレット公爵様。ようこそ、おいで下さいました」


 マクレガー家の大広間。ダイアナは優雅な、一礼で公爵を迎え入れた。それを見たバレットは彼女を、一瞬の内につま先から頭の上までを観察し目を細める。

「いえいえ。急な訪問をお許しください。定宿が全て満室で、途方に暮れておりました」

 アルバに入国してから今までに、見たことの無いような愛想の良い声で返事をする。彼は公爵の身分に留まっていられる程には、内面は別として外面が良い。どうやら彼女は、彼の御気に召したようである。貧相な執事は肩の荷を、百分の一ほど降ろす事ができた。


「大切な話し合いがあると伺っておりますが、まずは長旅の疲れをお取りください。晩餐には少し早い時間ですが、お口に合うものが御座いましたら、どうか遠慮なさらずおつまみになって下さいね」

 大広間の一角にはサンドイッチなどの軽食や、紅茶などの暖かい飲み物、それにアルコール度数の低いエールなどが並べられていた。

「ありがとうございます。それでは遠慮無く」


 バレットが手を上げると、御者や護衛の騎士たちがテーブルに群がり始めた。それを見て彼は、やれやれという表情を浮かべる。

「遠乗りでキチンとした食事が、取れませんでしたからな。行儀悪くて申し訳ない」

「いえ、お気になさらず。公爵様も御一ついかがですか?」

 ダイアナは取り皿に幾つかの軽食を取り分け、暖かい飲み物の入ったカップを差し出した。彼自身は馬車の中で、好き勝手に飲み食いしていたので、それほど空腹ではない。しかし断る理由もないので、軽く会釈をして皿を受け取る。


 彼を見る金髪の美少女の目が、妖しく光るのに気が付いた者はいなかった。

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