第43話 貧相な執事



「全く、何の因果でアルバなんぞという、片田舎に足を運ばねばならんのだ」


 贅を尽くした豪華な馬車の中。癖のある黒髪の大男が、不平を鳴らしている。十年前までは、それなりに整った容貌で何もしなくても女は、自分の方から寄って来た。その頃には実戦にも参加する態で、危険の無い地帯で捕虜を嬲っていたから、身体もある程度鍛えられていたようである。

 しかし、四十二歳になった今では酒と暴食で身体は弛み、動きにキレも無くなった。濃い無精髭の奥で、唇をへの字に歪ませる。


(アルバへ乗り込むと言ったのは、アンタだろ)

 同じ馬車に乗り込んでいる、貧相な風体の執事は心の中でツッコんだ。決して声には出さない。うっかり口にして主に聞かれれば、有無を言わさず鉄拳制裁を受ける事になる。彼のボロボロで、何度も修繕された跡が残る片メガネが、その来歴を物語っていた。


「おいジーヴス、例の『台座』の解析はどうなっている?」


 小一時間おきにバレットからは、同じ質問が繰り返される。移動している馬車の中から得られる情報は限られているだろう。ジーヴスと呼ばれた貧相な執事は、内ポケットから小型の魔道具である通信鏡を取り出した。余りにも手慣れた所作。恐らく何度も何度も、繰り返している動きなのだろう。

 小型の手鏡の握りを軽く指で弾くと、鏡の表面が揺れ研究室の内部らしき景色に切り替わる。


(ジーサン、そんなに何度も連絡して来たって、状況は変わらねぇぞ)


 鏡に映る魔術師は、粉々に砕けた実験机の残骸を片付けている最中だった。一時間前には机は、煤けていても形が残っていた筈である。恐らく『台座』が再度、大爆発を起こしたのだろう。


(あぁ、それから『台座』のストックが無くなった。アルバにいるなら五~六個こっちに送ってくれないか?)


 貧相な執事は頭を抱えた。商業ギルドは『台座』を、レンタル品として動かしている。販売している訳でないから、レンタル先の身元確認が常軌を逸するように厳しい。これまでに何とか五つの『台座』を入手したが、更にサンプルを届けるには、どうすれば良いのか。方策を急には思いつかない。


 更に特許侵害のクレームを入れた、自分たち本人がエイディーンに向かっているのである。台座の管理はこれまで以上に厳重になっているに違いない。

「全く我が国の魔術師は無能者が多いな。アルバ如きに作れた魔道具の複製すら出来ないとは」

 バレットは両手を上げて伸びをすると、車外へと視線を向けた。彼の右目の上に、チョットした傷が残っている。一番初めに『台座』の爆発を、喰らった時の痕跡であった。早い話が違法コピーへ、最初に手を付けたのは彼だったのである。


 気が済むまで弄り倒して、自分では手に負えなくなった所で、解析作業を自領の魔術師へ押し付けたのだ。

「まぁ、出来ないものは仕方ない。ジーヴス、奴らにサンプルを送ってやれ」

 『台座』を製作できなければ、先制特許などの主張も弱くなる。その程度の認識は持っている彼は、気楽な調子で貧相な執事に指示を出す。ジーヴスは狭い車内で一礼しながら溜め息を吐き、それを相手に気づかせないという離れ技を繰り出すのであった。



「さて、エイディーンに着いたか。門前に出迎えの商業ギルドの姿が見えんな。おい、ジーヴス。ちゃんと到着日時を通達したんだろうな?」

「勿論でございます。返信を受け取る前にスカウスを出立いたしましたので、返信書状を受け取っておりません。が、国営の配達人を使用しましたので確実に書面はギルドに届いている筈です」

 この時代、魔法による遠距離通信は、あくまで補助的な扱いとなっていた。正式な通達は書面で行う事が慣例となっている。


「今回は国同士の訴訟の形にしているが、最終的には示談の形に持ち込むんだ。あくまで商業ギルドと公爵家の商取引の形に落とし込む。そして出来るだけ金をふんだくるんだ。あぁ、それから『台座』の権利と構造を手に入れる事も必要もあるか」

 バレットは事もなげに、そう口を開いた。ただし実際に今、提案した作業をするのは貧相な執事である。


 では、なぜ公爵も馬車に同乗しているのか?


 それはアルバに赴いて実績を上げた事にするにも、自分が同地に居なくては説明が付かないからである。

 また問題解決に国を挟むと、将来的に得られる『台座』の利益を、国と分配しなければならない。出すものは舌でも嫌がるバレットにしてみれば、飛んでも無い話なのであった。

解決困難な過酷な状況。まるで無理ゲーを押し付けられた形のジーヴスの顔色は、時間の経過と共に悪くなって行く。


 ふと気がつくと前衛の騎兵が、エイディーンに入る大門前の衛兵と揉めているようだ。不審に思った貧相な執事が馬車を降りると、自領の騎兵と赤毛の大柄な門兵が言い争いをしていた。

「だから言っているだろう。ブリテン大王国のバレット公爵がアルバくんだり迄、ご降臨されたんだ。何で王都に入れない!」

「公的な入場であれば、事前連絡を頂くのが慣例になっている。その連絡が此処に入っていない。そうであれば公的な入場は出来ない規則だ」

「何を堅苦しい事を言っている。お前みたいな雑兵では話にならん。上役を連れてこい!」

「上役が来た所で規則は規則だ。状況は変わらん」


 門兵は腕を組んで、大門に立ちふさがる。二メートルはありそうな身長と、天然パーマの赤い髪。赤鬼のような表情を浮かべた騎士ぶりは、大した迫力だった。公爵の威を借る騎士程度では、太刀打ちできそうにない。

 そこにヒョコヒョコと、貧相な執事が顔を出した。

「一体どうされたのですか?」

「ジーヴス様。この分からず屋が、公式に公爵を入場させようとしないのです!」

「それはそれは。お役目ご苦労様です。では、非公式であれば通して頂けるので?」

「それを止める権限など私には無い。だが良いのか? 何か問題があった時、記録や国の保護が受けられなくなるかもしれないぞ」

 門兵は組んでいた腕を解くと、小首を傾げる。貧相な執事は肩を竦めた。


「それなら問題ございません。何も我々はエイディーンにのですから」

 それを聞いた門兵は待機小屋から、羊皮紙を持ち出してきた。

「それではこの書類にサインを頂こう。一行の最上席者の証が必要なので、今回は公爵様のサインが必要になる」

「私ではダメですかな? サインを頂くのに時間が、かかるかもしれません」

「貴殿が最上席者であるというなら、それで構わない。しかし何かあった時の責任は、貴殿が取れるのだろうな?」


 執事は無言で羊皮紙を受け取ると、馬車へと歩いて行く。それから思い出したように口を開いた。

「申し訳ありませんが、貴方のお名前を。

「スコット・フレミングだ。貴殿は?」

「申し遅れました。バレット公爵の執事でジーヴスと申します。しかしスコット様は、勇気ある御方ですな。ブリテン大王国のバレット公爵の評判を、ご存知ないのでしょうか?」


 陰気な声でそう呟くと、貧相な執事は馬車に乗り込んだ。

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