第42話 グレアムの悪戯



「こんな言いがかりに等しい案件を、どうして無視できないのだ? 裁判でも何でもして、綺麗にしてやればいい」


 カトリーナは小首を傾げる。クリスは説明を続けた。

「一番大きい問題は国力の差かな。アルバの国力が1とすると、ブリテン:6 カムリ:3くらいの差があるんだ。カムリには諸島列島の提携の緩やかな勢力があるから、実質はもう少し国力があるかもしれない」


 実際問題としてブリテン大王国をアルバとカムリが牽制する事で、外交的なバランスを保っていると言って良い。

 これは中国史における三国時代のような関係である。三国が牽制し合い危ういバランスの上で、この地域の安定を築いているのだ。アルバ一国ではブリテンと、対等の外交を行う事はできないのである。


「頼みの綱のカムリは現在、ブリテンと戦争しているでしょう? だからこの問題の牽制を行う事が難しい筈なんだ」

「戦争をしているのはブリテンも同じだろう。アルバと争うのは避けたいのではないか?」

「うーん、そこなんだけどね。ブリテンはアルバから戦費と難民の回収を狙っていると思うんだ」

 係争中のブリテンは無風状態のアルバから、財力や人力の回収を画策する。その成果をカムリに、ぶつける腹積もりなのだろう。大国ならではの、力に物を言わせた行動だった。


「そういう訳で『台座』の案件は、国の政治問題になってしまいましたの。商業ギルドの一存で、商売を続ける事ができなくなりましたわ。爆発的な評判と売り上げで、十隻分の大型キャラック船の代金が回収できそうでしたのに!」

「……八隻分だろう?」

「回収できなければ、どちらでも同じ事ですわ!」

 ダイアナは悔しそうに、唇を噛み締める。この手紙を一目見た瞬間、父親であるジミーは王宮に駆け込んだのだという。

「エイディーンに呼び出された、内容は大体分かった。僕たちも王宮に戻ろうか」

 クリスの提案で関係者は重い足を引き摺りながら、マクレガー家を後にするのだった。



「フォエフォエ。戻ったか」


 王城の最深部。四方に窓の無い閉塞感の強い、機密保持が必要な際に使用される会議室。重厚な会議机と複数の椅子が用意されているだけの、殺風景な部屋である。そこではグレアム国王と、商業ギルド長であるジミーが膝を着き合わせて、打ち合わせを行っている最中だった。


「話は道中で伺いました。『台座』の件に関し、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「おい! こちらは無理筋な言いがかりを、付けられているんだぞ。謝る事などなかろう」

 クリスは部屋に入るなり、頭を下げた。それを見てカトリーナは不平を鳴らす。彼女を見て、好色そうな笑顔を浮かべたグレアムが、ブリテンからの書状を受け取る。

「嬢ちゃんの言う通りじゃ、飛んだ言いがかりじゃて。しかしのぉ」


 微笑んでいた猿顔から、言いようの無い冷気が滲みだす。

「外交において、そんなちっぽけな正義なぞ糞の役にも立たん。踏まれて潰されてしまえば、潰した方の正義が、まかり通るのが世の常じゃて」


 グシャリ


 グレアムは渡された書状を読まずに握り潰した。決して大声ではない。呟きに等しいグレアムの言葉で、会議室の空気は凍り付いた。空気を読まない事が信条であるカトリーナですら一瞬、気を呑まれてしまう。彼女は両手で頬を叩き、気合を入れてから言葉を続けた。


「それではブリテンの言いなりに、金や人を出すのか」

「フォエフォエ。それも一つの手じゃな。ただし幾らせびられるのか、分からん所が困る所じゃて。だがの、勇気のある嬢ちゃん。流石のお主でも読み違っている所が一つ有るぞな」

「?」

「儂とギルド長は情報の突合せをした。その結果、今回の言いがかりの主体はブリテン大王国ではなく、バレット公爵じゃとの推論に至った。あのゲス野郎はカムリとの戦争の当事者として、いい所を見せようと張り切っているようじゃ」

 それでなくとも移民の強奪や、カムリの住人連れ去りなど、評判の悪い人物である。長引く戦争に、領民からの突き上げが始まったのであろう。ブリテン大王国から見れば、明らかなスタンドプレーである。


「つまりの。これはブリテン大王国との諍いでは無く、バレット公爵とアルバ商業ギルドの諍いじゃ。話を、そう持って行かねばならん」

 側に控えていたジミーも苦笑している。どうやらグレアムはカトリーナよりも、強く腹を立てていたらしい。

「こんな馬鹿げた言いがかりにホイホイ金を出していたら、周りの国々に舐められてしまうでな。ではギルド長、頼んだぞ」

「仰せのままに。これにて失礼いたします」


 ジミーは大仰な一礼を施すと、風の様に会議室を後にした。カトリーナは小首を傾げる。

「彼は何処に行ったのだ?」

「バレットの領地であるスカウスへじゃよ。その後、ブリテン大王国の王都にも向かう筈じゃから、かなりの強行軍じゃな」

「一体、何をする為に?」

「何。これから起こす騒動の、お守りみたいなもんじゃよ。こちらはこちらで、ゲス野郎を迎え入れる準備をせねばならんからの」


 赤毛の美女の問いに、フォエフォエと笑うだけのグレアム。どうやら考えの全てを、話すつもりは無いようだ。しかしこれから始まる大騒動の、打ち合わせを行う時間は限られている。会議室にいるメンバーは、グレアムから次々と指示を受けるのだった。

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