第41話 迷惑な手紙
「
カトリーナは指示棒を地面に突き立てる。それを見て、ジャガイモ官僚は肩を竦めた。
「播種の前の整地から、手を出されるとは。私たち官僚では考えられない位の、熱心さですな」
「何、麦は発芽さえしてしまえば、それほど手がかからない。冬小麦なら、雑草より先に麦が生育するから、除草もほとんど必要ない。今回は春小麦だから少し手はかかるし、この土地は排水が悪いからな」
キャニックにある畑の真ん中で、彼女は辺りを見回す。これまでに作成した堆肥を、既に充分に施肥し終わった表土。近隣の農民の心尽くしで、良く耕されホコホコと柔らかそうである。
「例年通りに、これから雨が少なくなってくれれば良いが。播種した後に雨が続けば、麦種が窒息して腐ってしまう。そうなれば播種のやり直しだからな」
「……それで排水溝を増やしているのですな。この土地の持ち主でも、ここまで熱心には作業しないのではないですか?」
「本当はバックホウ(ショベルカーの様な重機)で深さも一メートル位、溝を掘りたい所だ。中に穴を開けたビニールパイプでも埋めて、暗渠にできれば完璧なのだが。しかし、この世界にそんな物は無いしな」
この畑は低地で日当たりも良くない。これまでどんな作物でも収穫量の、あまり期待できない土地であった。しかし、この場所を選んだのにも、彼女なりの思惑がある。小麦栽培に向かない土地でも、十分な堆肥と人手が入れば、収穫量が増える事を証明する必要があるからだ。
「イワンさんも仰っていますが、カトリーナ様は時折、不思議な言葉を話されますな。それは一体、どんな作業なのですか?」
「まぁ、無い物はしょうがない。この場所で出来ることを積み重ねるだけだ」
そう言って肩を竦める。すると屋敷の方角から、馬に乗ったクリスが現れた。
「イワンから連絡があったよ。ダイアナ達が大騒ぎしているらしい。至急、エイディーンに戻って欲しいんだって」
エイディーンに着くなり、マクレガー家へと直行したカトリーナ達。屋敷の中ではダイアナの大声が響き渡っていた。音のする方へ歩いて行くと、台座を振り回すダイアナを止めようと、イワンが手を上げたり下げたりしている。
「何と言うことでしょう。こんな不条理な事、ありませんわ!」
「どうした。イワンとの婚約でも解消されたのか?」
ギロン!
物凄い目付きで彼女は振り返ると、カトリーナを睨みつけた。
「そんな事は有り得ません。仮に、その様な事態が起きた所でどうとでもなりますわ!」
「そうなのか?」
「当たり前ですわ。彼の身体も魂も、既に私の物でしてよ!」
初めて聞いたというような、表情を浮かべるイワン。それを見た彼女は胸を逸らして、彼を睨みつける。
「何か、不服がございまして?」
「イヤイヤ、不服など滅相もございません。しかし今は、それ所では無いのでは?」
「そうでしたわ! キィー!!!」
ダイアナは台座を、また振り回し始めた。彼女に代わってイワンが状況を説明する。
「ブリテン大王国のバレット公爵様から、緊急の手紙が届きました」
「あれ? バレットって確か……」
「そうです。クリス様。ダイアナさんの元婚約者候補に有らせられます」
ローブの魔術師は大仰に、サインや捺印された書類を差し出した。それを受け取ったクリスはザッと目を通し、ため息を吐くと書類をカトリーナに手渡す。
「思ったよりも早く動いたね」
書類には冗長な文章が並んでいたが、主たる内容は以下の三点であった。
①『台座』の国際特許はブリテン大王国が所有している事。
②つまりアルバ商業ギルドは違法に『台座』で利益を得ている為、違約金を支払わなければならない事。
③詳細は今月中に話し合いの場を設ける。ブリテンからはバレットが代表者としてアルバを訪問するので、滞在費と往復の旅費を負担する事。
「特許を取得していなかったのか?」
「レンタル開始と共に、国内特許を取得しておりますわよ。アルバ商業ギルドの名目で!」
「……ガッチリしているな。それでは問題ないだろう。ブリテン大王国で売るわけでは無いのだろうし」
「書類の提出期日がブリテンの方が早いと、ゴネているのですわ!」
「大体レンタルな上、機密保持重視でやっているのだろう? どうして彼らが『台座』を作る事ができたんだ」
イワンは肩を竦める。
「これは推測に過ぎませんが、恐らくブリテン側は『台座』を作る事は出来ていないと思うんですよねぇ」
台座の表面が二重になっているのには訳があった。上部の板を不用意に外すと保守呪文が起動し、台座が使用不可能になるのだ。
「上部の板を外すと台座の魔術式が消えるのか?」
「イヤイヤ、台座自体を彫ってある部分もありますから、完全に魔術式を消す事はできないんですよ。それにですねぇ」
反対に板を外すと魔術式に、追加の式が加わるようにしたのである。そうする事で式の解析が困難になり、台座が機能しなくなるのだそうだ。
「無理矢理動かそうとすると、少し強めの爆発を起こすようにしてありますから、式をコピーするのも大変だと思うんですよねぇ。それに作れていれば、大量生産してブリテン国内で販売するでしょうが、その形跡もありませんし」
「つまり『台座』を作ることもできない輩が行う、完全な言いがかりという事だな。無視すれば良いだけの話のようだが」
「でも、そうは行かないんだ」
クリスはまた、深いため息を吐いた。ダイアナも悔しそうに、台座を握りしめている。
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