第33話 ダイアナの結婚



 研究室の机の前にはカトリーナ、クリス、イワンの三人が立っている。ダイアナは周りを何度も歩き回り、キョロキョロと辺りを見回し始めた。明らかに挙動不審である。

「どうした? 何か言いづらい事なのか」

 赤髪の美女が水を向けると、心を決めたように腕を組んで三人を睥睨した。


「話というのはイワンの事です。彼は王宮所属の魔術師ですわよね。こちらで調べてみたのですが、組織の中で彼の立ち位置が良く分からないのです」

「私のお給金は王宮では無く、クリス様から直接頂いております。また魔術師は独立独歩の考え方の方が多いので、自分で稼げる職業を持ち、必要な時に蒐集を掛けられて国の為に働きます」

 ローブの魔術師はヘラヘラ笑いながら答える。自分の時間のほぼ100%を政務に当てるイワンのような魔術師は、かなりの変わり者という事らしい。

「では、貴方の主はクリス様という事になるのかしら?」

 ダイアナの問いに、大仰な礼で答えるローブの魔術師。それを見て彼女が言葉を続けようとした、その時、


「そんな事は無いよ」


 王族の青年は優しい声音ではあるが、キッパリと否定した。キョトンとするイワン。

「彼は僕が小さな頃から共に、人生を歩んでくれる兄貴分だ。部下や従者ではないよ。イワンがどう思っているか分からないけど、この先も僕の考えは変わらないと思う」

「……ク、クリス様」

 感激のあまりローブの端を噛み締め、イーッと引っ張る魔術師。それを見てダイアナは何気ない風に言葉を続けた。



「私はイワンと、結婚したいと考えています」



 ……ピシッ!


 研究室の空気が個体に変わった。爆弾発言をした彼女以外は、息をすることも出来なくなる。そんな雰囲気を物ともせず、微笑みながら話を進めるダイアナ。

「家の格式などから、いきなり結婚は無理でしょうけどね。最初は婚約からとは思いますが、気難しい父を納得させる必要があります」


 あぁ、それからと、豪華な美女は人差し指を立てた。

「我が家の腕っ扱きに徹底的に調査させたのですが、彼には親族の影すら見えないのです。それで何方と、婚約の相談をしたら良いか分かりませんで」

「……言いたい事は無数にある。まずは、彼の同意を得るのが一番大切なんじゃないか?」

 カトリーナはローブの端を噛み締めながら、失神しているイワンを指差した。チラリとそちらを見て、ダイアナは豪勢な微笑みを浮かべる。

「私が求婚しているのですから、彼に否応がある訳ありませんわ」


「……そうか、おめでとう。イワンの親族の件は、私たちが務める。出来る事があれば何でも言ってくれ」

「本当に貴方は、淡々としていらっしゃるのね。私が言うのも何ですけど、他に聞く事が幾らでもあるのじゃありません?」

 

「結婚は当人同士の意思の問題だろう? 私たちが関われる範囲は限られている。それに早めにキャニックへ戻って、堆肥作成場所の整備をしたいんだ」

 今すぐにも研究室から、飛び出したいような素振りのカトリーナ。クリスは肩を竦めて、彼女を宥めるとイワンを抱え起こそうとする。


「彼は、そのままで結構ですわ。介抱なら私が致しますから」

「そ、そうなの? 婚約前なのに大丈夫なのかな」

。それよりは父の方が問題です。近々商用を終えて、ブリテン大王国から帰国するようです。あの頑固ジジイをどう説得したら良いやら……」

 豪勢な美女は額に手を当て、ため息を漏らした。赤毛の美女は首を傾げた。


「何か問題があるのか?」

「問題というか、何というか……」

 ダイアナは肩を竦める。そのタイミングで話は済んだとばかりに、カトリーナたちは研究室を後にした。勿論、イワンを置き去りにして。



 朝靄の中をローブの魔術師が、王宮に向かって一人で歩いていた。前日失神から目覚めた後、彼はマクレガー家に軟禁される。事由は彼女の父親であるジミー・マクレガー氏の説得方法について、検討する為だった。

「それより先ず、私がダイアナ様と婚約するというのは、どういう事でございましょう?」

「あらヤダ。もうすぐ私たちは婚約者になるんですからね。「様」付けなんて水臭くってよ」

「イヤイヤ、そういうお話では無くですねぇ」

 イワンは両腕を胸の前に出し、激しく両手を振った。その仕草をギロンとした視線で睨めつける彼女。


「……まさか、と婚約することに不満でもありまして?」

「イヤイヤイヤ!!! 私といたしましては、大変光栄な事であります。ですが何しろ、急なお話でしょう? 急ぐ理由を教えて頂ければ幸いです」

 勝気な表情を浮かべた彼女は、組んでいた腕を解き眉を顰めた。

「……以前、ブリテン大王国の有力貴族と、婚約すると話したことがありましてよね?」

「はい、伺っております。何でも王族に匹敵する、権力を握られている貴族の名門ですとか」

「その婚約相手を調査した所、飛んでもないゲス野郎である事が分かりましたの」


 ダイアナ曰く、


 強力な権力を盾に、何人もの女性と無理矢理同衾していること。同家の権力の下支えとなっている莫大な富は、領地の重税によって賄っていること。今回の戦争の主原因は婚約候補者である、彼の言動が発端であるとのこと。


「彼の領地での重税に耐えかねた領民が、隣国であるカムリ公国に逃げ込んだのです。彼は領民を連れ戻す、その手でカムリの若い女性を何人も攫って行ったのだそうですわ」

「……本当にゲス野郎ですねぇ。今の戦争もそれが原因なんですか?」


 ダイアナは鼻を鳴らし、腕を組んで胸を張った。


「国同士の争いが、そんなバカげた事で起きるとは考えたくありませんわ。ですが要因の一部であることは、間違いないと思います」

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