第31話 落とし前
現在の難民の人数が大まかに把握できたのは、新規人頭帳作成開始から、三日後だった。現在およそ四万人弱の人数であることが確認できる。移動できる人間から、各地へ振り分けられる事も決まった。
また、知り合いや血族がアルバに居る場合や、特殊技能がある人間は振り分け先を優先した。
難民が移動し始めるとガロウェイの人口が減ると思われたが、次々と新しい難民が入って来る。一進一退という所で、振り分け作業は暫く続くようだった。
立ち上がりは遅かったが、流石は王都の官僚たちである。やる事さえ決めれば、その速度は上がり効率化も進んだ。
「皆さん、ちょっと集まって下さいます?」
ゴージャスな笑顔を浮かべたダイアナが、カトリーナたちに声を掛けた。一行は、そのまま大型馬車へ移動する。
「台座の試作品が完成いたしました。御披露させて頂きますわ」
おぉ!
馬車の中で一行はどよめく。テーブルに鎮座している台座は滑らかな曲線を描き、スベスベとした木目が日光で輝いていた。それを見てカトリーナは目を丸くする。
「確か台座には魔石や、複雑な術式が彫られていた筈だが……」
「この台座は二重構造になっているんですの」
パカリと表面を外すと、ギッシリと術式が彫りこまれた台座となる。中央には魔石が嵌め込まれていた。
テーブルにはナイフとリンゴ、それにガラスの瓶に入った液体が並べられていた。初めのナイフは台座の中央を素通りして、テーブルに落ちた。次のリンゴは何処かに消えてしまう。最後のガラス瓶の液体は、テーブルに置かれた皿の上にポタポタと零れた。
「……これは」
クリスとジャガイモ官僚は目の前の実験の意味が理解できず、ポカンとした表情を浮かべている。しかしカトリーナは絶句した。
「台座を通って、他の場所に移ったのはリンゴだけだ。有機物は通すが金属や危険物は、異空間を通さないという事だな!」
「オホホホ! ご明察でしてよ。この瓶の液体は致死性の高い毒物です。有機物が何なのかは知りませんが、それ以外は貴方が言った通りです」
台座の前で高笑いするダイアナ。彼女の足元には一回り小さくなったイワンが、体育座りで床に直接座り込んでいる。ゲッソリとやつれた頬。見開かれた目は焦点があっていなかった。
「まぁ、何だな。イワン。良くやってくれた」
カトリーナの慰労も彼の耳に、届いているかどうか分からない。ローブの魔術師は精魂を使い果たしたのであろう。台座は彼の奉仕とダイアナの情熱で、劇的な進歩を遂げた。
「まだまだ改善点は目白押しですが、テスト版としてはギリギリ合格でしょう。王都で試験販売を行うとして、し尿の到着点は何処に設定しましょうね?」
「それなら初めは、キャニックであれば助かる。エイディーンまで距離があるが大丈夫だろうか?」
ダン!
ダイアナは馬車の床を踏み鳴らした。その音を聞いて生き人形のようだったイワンが、垂直に三十センチ飛び上がる。
「……ほら、早く返事をなさい!」
「は、はい! 距離が遠くなり、魔石の魔力を多用する事になりますが、問題無く移動できますですぅ」
「ガロウェイにおける難民受け入れ態勢と、人員配置にも目途が立ちました。一度、王都に戻って台座の販売計画を始動しようと思いますの」
「そうだな。こちらもキャニックに、し尿の受け入れ施設を作る必要がある」
「では、明日にでも移動という事で宜しいですわね」
彼女の言葉にキョトンとするカトリーナ。
「いつもの君なら、すぐにでも移動と言い出すだろうに。何かあるのか?」
「ここを離れる前に、一つ片づけなければならない案件がございますの」
ニンマリと微笑む豪勢な美女。その笑顔を見て、イワンは顔を引きつらせた。
打合せの後、ダイアナはマクレガー家人と共に、打ち合わせに入る。何か手伝おうと声を掛けるクリスに、彼女は慇懃な一礼を施した。
「これは我が家に関する事柄です。王族の方の手を煩わせる事ではございません」
そう言って大型馬車の扉を閉める。そこでカトリーナは小首を傾げた。
「マクレガー家の話だと言ったがイワンは、そのまま打ち合わせに加わるんだな」
「そういえばそうだね。大丈夫かな?」
「まぁ、何とかなるのだろう」
二人はジャガイモ官僚と、別の打ち合わせを始めた。ローブの魔術師には悪いが、此処を離れると決まれば、やる事は無数にあったのだ。
難民キャンプでは、日が暮れる前に夕食を済ますルールとなっていた。食事が終われば就寝だ。起床は日の出と共にとなっている。これは出来るだけ照明の燃料を節約し、暗闇の中で不測の事態で怪我人を出さない為の用心である。寒さは和らいできたが、まだ日没は早い時間に訪れる。
「ダイアナに呼び出されたものの、この人だかりは何だ? 夕食に人気メニューでも出るのか」
配給所の前に、カトリーナ一行が現れた。すでに彼らが王族一行であることは広く知られており、潮が引くように人波が開かれた。
「!」
人ごみの中心には後ろ手に縛られ、顔の形が分からない程、殴られた跡のある男たち三人が転がされている。
周りにいる人々は、鬼のような形相で彼らを睨みつけていた。
「これはどうした事だ?」
カトリーナの呟きに、豪勢な美女の高笑いが答える。
「この三人が、配給物資の横流しをしていた犯人ですわ!」
「……良く見つけたな。あの髭面の男は、どこかで見た事があるようだが?」
顔の形が変わって良く分からないが、どうやら彼は医療用テントで大騒ぎをした男であるらしい。あの騒ぎも自分たちの取り分を少しでも、多くするための企みであることが露見した。
「商業ギルドの物資を横流しする者は、マクレガー家の敵となります。キッチリ罪を償っていただきますわよ。貴方たちには見せしめに二~三年、し尿施設でタダ働きをして頂きますわ」
「そ、そんな!」
髭面の男が悲鳴をあげた。どうやらどんな職場なのか、事前に知らされていたらしい。周りの群衆から歓声が上がった。
「嫌なら結構。私たちは明日、此処を去ります。自力でガロウェイから逃げ切れる自信があるなら、そうなさい」
「俺たちの顔は、こいつ等に割れちまった。それに無一文で喰い物も無く、知らない土地で生きて行ける訳ないじゃないか!」
それまで豪勢な微笑みを浮かべていたダイアナが、氷の様に冷えた視線を頭目に投げつけた。
「貴方たちが食料を横流ししたおかげで、死にかけた子供たちがいる事は調査済みです。皆さん宜しいですか。我が国アルバは懸命に働く者には、どんな援助でも与えます。一緒に汗も流しましょう。しかし弱い者の血を吸うような、そんな悪党は……」
ビシッ!
いつの間にか握られていた鞭が、髭面の男をを容赦なく叩く。彼は弱々しく悲鳴を上げた。
「絶対に許しませんし、逃がしません。皆さんも、その事を肝に銘じて下さいね」
一瞬の沈黙。その後、地響きのような歓声が上がった。興奮する観衆から縛られた三人を庇うように、配給所から移動させる羽目になったカトリーナやクリス。
いつの間にかローブの魔術師が横に立ち、三人に治癒の魔法をかけ始めていた。
「勝手にそんな事をして、ダイアナに咎められないか?」
「いえ、そのダイアナ様より御命令を受けまして」
イワンは肩を竦めて、三人に首を倒した。
「明日から彼らは、裸足でキャニックまで歩くんだそうです。罪状を書き上げた重たい幟を運びながらね。だからいつでも健康体で、いて貰わないと困るそうですよ」
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