第30話 それぞれの朝



 翌朝。


 日の出と共に炊事場の竈に火が入った。薄暗い霧を祓ったように、活気の戻ったガロウェイの街。目を覚ました王族の青年と妻は、精力的に周辺の視察を行った。救援物質の量は時間と共に増えて行き、暫くの間は枯渇するなどの問題もなさそうだ。

 それが分かれば地元の人間も、難民と争う必要が無くなる。


「あ、姫様お早う!」

 見れば炊事場には昨日の少年の妹が、ニコニコと笑って挨拶に来た。どうやら彼女は炊事場で自分ができる事を、自発的に手伝っているらしい。

「おはよう。早朝から手伝いか、精が出るな」

「うん。兄ちゃんが出来る事でいいから、手伝えって。只でご飯を貰うのは、良くないからって」

 カトリーナはクリスも見たことも無い様な、優しい表情を浮かべ少女の頭を撫でた。

「働かざる者喰うべからず、だな。偉いぞ。少年は何処にいるんだ?」

「医療用テントの方だと思う」


 医療用テントを覗くと、件の少年は重度の脚気患者に肩を貸し、移動を手伝っている所だった。何かを大声で話しながら、溌剌とした表情を浮かべる彼は年齢相応に見えた。患者の方も介助して貰い助かっているのか、穏やかな表情を浮かべている。

 それを見た赤髪の美女は、息を呑んで立ちすくんだ。

「あれ、カトリーナどうしたの?」


 彼女の視線を追い、少年に気付いたクリス。声を掛けようとした青年の肩に手を置き、赤髪の美女は小さく首を振る。

「一生懸命やっているようだ。邪魔をしては悪い」

「今、彼と話したら、感動して泣いちゃうからかな?」

「そ、そんな訳ないだろう。何を言っているんだ!」

 カトリーナは既に赤くなっている眼を、露骨に逸らした。王族の青年は嬉しそうに微笑んだ。


「見て回る所は、まだ多いぞ」

 彼女は誤魔化すように、彼の背中を押す。その時、二人は医療用テントの脇に、マクレガー家の大型馬車が停まっている事に気が付いた。どうやら夜のうちに移動していたらしい。どうしてここに移動したのであろうか?


「何、寝ようとしているの! そんな無駄な時間は無くってよ。さっさと台座の改良を進めなさい!」

「ひぃー ……二時間、いや一時間でいいから、寝かせてください」

 防音性の高い馬車の中から、漏れ出る聞いた事のある怒号と悲鳴。

「あら、馬鹿な事を話していたら、もう朝じゃない。脚気患者の回診の時間じゃないの?」


 ガチャリ


 ローブの魔術師にとって地獄の門が開いた。彼は内部から背中を蹴飛ばされるように、早朝の街角に叩き出される。

「貴方が回診している間、私は此処で休ませて貰います。戻ったらすぐ続きを行いますから、私を起こすように」

「何でそんなに不公平な事を、堂々と宣言されるのですか。私の人権はどこへ?」

 乱暴に閉められた地獄の門を、ハタハタと叩きながらイワンは泣き言を漏らす。

「随分と賑やかだ。邪魔をしては悪いかな」


 二人の王族は肩を竦め足音を忍ばせて、その場を離れた。



 朝食後、エイディーンからジャガイモ官僚がやって来た。彼はカトリーナがイワンに頼んだ、魔術による伝令によって呼び出されたのである。少し繊細な話を詰める為、集まった人間は全員、マクレガー家所有の大型馬車に乗り込んだ。

 馬車の隅には、昨日より一回り小さくなったような、生気の無いローブの魔術師が蹲っている。室内には彼の他に、四人が乗り込んでいた。王族の二人、ダイアナ、ジャガイモ官僚である。


「イワン様から送られた伝令によりますと、ガロウェイに集まった難民をアルバ各都市に振り分け、就業させたいとのお考えだそうで」

「戦火が消えて安全が確認出来れば、戻りたい者は戻ってもらって構わない。残りたい者が居れば歓迎したい」

 カトリーナの提案に皆は頷く。ジャガイモ官僚は腕を組んだ。

「それは結構。人口の増加は国力の増加に直結しますからな。しかし問題もある」


 難民の人数把握が難しいと、彼は呟く。現代社会の様にしっかりとした、戸籍システムがある訳ではない。アルバでは納税管理台帳で、国民の大まかな人数を把握しているだけなのだ。

 当然、把握できてない人間も多い。そこに難民が入り込む事は、担当官僚の苦労を増やす事になってしまう。


「できれば手に職を持っている者を、必要な所に分配したいよね。特に工業系の専門職が居れば、ブリテンとカムリの工業水準に少しでも近づけるんじゃない?」

 クリスは漠然と考えを述べた。アルバは農業立国で布を製造する織り機や、造船に関係する機械製造分野が取り分け苦手分野だった。

「織り機はブリテン、造船はカムリが強いですわよ」

 大きな笑みを浮かべながら、ダイアナは即答する。すでに彼女の中で、何か商売のシステムが回り始めているようだ。


「私の専門は農業行政ですので、その辺りは専門の同僚に任せましょう。いつから作業を始めますか?」

「できるだけ早い方が良い。農作業で言えば春小麦の種まきや圃場の世話も、そろそろ本格化する時期だ。人手が多い方が作業も捗るだろう」

 この世界ではコンバインやトラクターなどの、内燃機関機械は存在しない。人手=収穫量という構図が成り立つ。


 また規模の小さなガロウェイに人口が集中すると、衛生状況が悪化して本当に疫病が発生しかねない。ジャガイモ官僚はスタッフ達と、難民の人頭帳の作成に取り掛かった。

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