第29話 生きるための差別



 イワンが指さす医療用テントの外に、人だかりが出来て何やら大声で言い争っている。


「カムリの伝染病者は、ここから出て行け!」


 ブリテン訛りの大声が、辺りに響き渡った。周囲の難民にザワザワとした動揺が広がる。クリスは騒ぎの人だかりに、駆け寄り声を掛けた。

「一体、何の騒ぎかな?」

「おぉ、王子様。カムリの奴らが、タチの悪い伝染病に罹っているらしいじゃないか!」

「伝染病って、何の話?」

 大声をあげている髭面の中年男を落ち着かせようと、穏やかな声を出す青年。しかし中肉中背なブリテンの男は、顔を真っ赤にして興奮している。

「カムリの連中の間で、同じような症状の病気が蔓延しているんだろう? 伝染病じゃないか! とにかく連中を、どこかに追放してくれ。せっかく戦火から逃げられたのに、得体の知れない病気に罹って死ぬなんて真っ平だ!」


 周辺の雰囲気が見る見る、悪くなって行く。その空気を全く気にせず、カトリーナが顔を出した。

「それは『ベリベリ』という栄養障害から起きる病気だ。難民生活が長くなり、集団が揃ってビタミン不足になっていた。だから一定の人間の間に、集中して発病したんだ。伝染病では無い」

「アンタは誰だ? 可愛い顔して、こんな所にシャシャリ出てくるなよ」

「そういう訳には行かない。ブリテン大王国の人間も、カムリ公国の人間も、我がアルバを訪れてくれた大切な客人だ」

「うるせぇ! とにかくあいつらを追い出せ! 食料だってやる必要はねぇ」


 髭面の男に煽られて、どんどん悪くなる雰囲気。しかしカトリーナは淡々と状況を説明し続ける。男は自分の主張が認められないと感じると、彼女の胸倉を掴んだ。

「お前は何なんだ。何を偉そうに俺に説教する」

「私はクリスの妻だ……」

 その言葉に一瞬怯んだ髭面の男。彼を捻り倒そうと胸倉を掴んだ手に右手を添える赤髪の美女。


 ガツッ!


 どこからともなく飛んできた小石が、カトリーナの頭部に当たった。彼女はゆっくりと、頭に手を当てる。掌には薄らと血が滲んでいた。慌てて手を放す男は、自分がやっていない事を大声で主張し始めた。

 それを見たクリスとイワンが、男と彼女の間に入り込む。投石した人物を見つけ出し、詰め寄ろうとする。それを赤髪の美女は、血の付いた掌で抑えた。彼女の目の前には、一二歳位の痩せ細った少年が立っている。その後ろには彼より年少の三人の子供たちが、少年の背中に隠されていた。


「嘘を吐くな! カムリの奴らを追い出せ!」


 少年に詰め寄ろうとするローブの魔術師より先に、カトリーナは前に出た。出遅れたイワンは、慌てて彼女の傷口に回復魔法をかける。頭皮の薄皮が凄い勢いで再生し、血は瞬く間に止まった。

 彼女と少年の間に居た、周囲の人々は潮が退くように後退した。小さな子供たちを護るように、彼は一歩も退かない。赤髪の美女は腰を屈めて、少年と目線を合わせる。

「後ろにいるのは御弟妹かな?」

「そうだ! 父ちゃんと母ちゃんは戦争で死んじまったから俺が、こいつ等を護らなきゃいけないんだ」

「立派な心掛けだ。しかし御弟妹に比べると、君は痩せているな。キチンと食べているのか?」

「余計なお世話だ」

 鼻を鳴らして横を向く少年。


「兄ちゃんは自分の食べる分を、私たちに分けちゃうの」


 妹らしい女の子が声を上げる。彼は慌てて彼女の口を塞いだ。

「救援物資が上手く回っていないのかな?」

 クリスが眉を顰める。そんな事も知らないのかと舌打ちする少年。

「子供だけの集団には、人数分の食料が配られないんだよ! 身体が小さいから、食べる量も少ないだろうって」

 ブリテンの大人たちが、気まずそうに顔を顰めた。今まで黙っていたダイアナが肩を竦める。


「救援物資配給の仕方に問題がありそうね。問題点を洗い出して、膿を叩き潰さなくっちゃねぇ」

 物騒なセリフを口にするが豪勢な美女は、見る人を魅了する微笑を浮かべていた。それを見たイワンは何故か、真っ青な顔色で震え上がっていたが。

「そんな手間をかけなくても、カムリの奴らを追い出せば、その分の食べ物が俺たちに回ってくるだろう?」

 瘦せ細った彼は唇を尖らせる。それを見てカトリーナは苦笑を浮かべた。

「それが狙いか。残念ながら仮に伝染病だったとしても、居住地は隔離するが配給物の量は変わらない。変えれば大問題になる」


 そうなの? という表情を浮かべる少年。

「まぁ、とりあえず麦粥が出来上がる頃だから、食べながら話そう。人間、お腹が減っていては碌な考えが浮かばないよ」

 クリスの提案に周辺の人間が、ゾロゾロと配給所へ移動する。献立は麦粥に干し肉だった。それぞれに椀と皿を受け取り席に着く。

 簡素ではあるが粥の中には卵や野菜が入っており、栄養バランスも考えられ量も十分にあるようだ。痩せた少年は自分の麦粥と干し肉を、全て弟妹に分け与えた。

「兄ちゃんも、少しは食べなきゃ」


「俺は腹が減ってないんだよ。年上の言う事には黙って従え。温かい食べ物なんて、久しぶりだろ? 冷めないうちにサッサと喰っちゃえよ」

 そういうと、水を飲んで席を立とうとした。カトリーナは彼の肩を掴むと、席に戻し自分の麦粥を半分、彼の椀に注いだ。キョトンとした表情を浮かべる少年。

「私も、それほど腹が空いていないんだ。検食で味見はしなければならないから、半分食べてくれないか?」

 あぁ、それならとクリスとイワンも彼の椀に麦粥を注いだ。溢れんばかりの椀を見つめ、顔を上げる事が出来ない少年。


「年長者の言う事には従う必要があるのだろう? 冷めないうちに食べなさい」


 赤髪の美女に渡された木匙を握りしめると彼は、ボロボロと涙をこぼしながら猛然と麦粥をかき込み始めた。それを見つめながら、彼女は言葉を続ける。

「御弟妹が元気でいられたのは、君が御両親の代わりに、身を削って頑張ったからだ。君は良くやった」


 カトリーナの言葉に、ブリテンの大人たちは声を出すことも出来ず、食卓の前でいつまでも顔を上げる事が出来なかった。


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