第24話 商売の要



「微弱な魔力で良いなら、これで代用できるんじゃないの?」


 ダイアナは屋敷の工作室に、白い鉱物を持ち込んで来た。それをマジマジと見るイワン。

「これは…… 魔石ですね」

「魔石とは何だ?」

 カトリーナの質問に、ローブの魔術師は答える。曰く、魔石は魔力を蓄えた鉱物である事。魔力を使い果たした石は他所から魔力を与える事で、充足され何度でも繰り返し使用できる事。これが一番重要だが魔石自体は汎用性があり、それほど高価ではない事。

「前の世界の充電池みたいなものか」

 赤髪の美女はフムフムと頷く。


「そうか! 始めから魔石を使う設定にして、術式も書き直せば!」

 カトリーナに説明しながら、イワンの頭の中は凄い速さで回り始めている。台座に木炭で新しい術式を書き込み始め、魔石を設置する場所を考え始めた。

「動くだけでは商品として、不十分よ。安全性も考慮しなきゃ」

「は? 安全性ですか」

「小さな生き物が間違って穴に入った時、それを飛ばさない仕組みとか。悪意のある人物が毒でも入れたら、これも弾かなければいけないでしょう?」


 キョトンとした表情のローブの魔術師。

「そんな事、考えもしませんでした。確かにそうですねぇ」

「ウチの工作室には、ソコソコ道具は揃っているはずよ。職人が必要なら、手配をするから早めに伝えて。貴方の所にしかない道具や薬品は、ここに運ばせるから遠慮しないでね」

「へ? 私は王宮に帰れないので?」

「満足行く試作品が出来るまでよ。何度も試作品を検証するのに、我が家と王宮を往復する時間が短縮できるし……」

 豪勢な美女は勝気な顔に、ゴージャスな微笑みを浮かべた。


「台座製法の秘密が守りやすいでしょう? そのうち模倣品が出回るでしょうけど、その時間を出来るだけ稼がなくっちゃ」

 模倣品が出るまでの期間が、価格競争も無く市場を独占できる事になる。と、ダイアナは呟く。赤髪の美女は肩を竦める。

「商売は大変だな。機密の保持や市場独占が、商売の要か」

「あらやだ、何言っているのよ」

 豪勢な美女は肩を竦めた。


「商売の要は人よ。人に喜んで貰らえるから、私たち商売人は存在意義が有るの。さぁ、次は難民に送る品目の選定ね。カトリーナ、王宮へ急ぐわよ!」

 ポカンとした表情を浮かべるイワンを屋敷に残し、ダイアナ達は素晴らしい勢いで王宮へ向かって行った。



 王宮の大広間は官僚や有力貴族で、ごった返していた。これまで足止めされていた難民たちが、ついにアルバへの移動を始めたのだ。異常だった寒気が緩んだことで、移動が容易になった事も要因の一つだが、主たる原因は違う。


 食べ物が無いのだ。


 国境近くの難民キャンプでは、細々と続いていた食料供給がついに途絶える。ブリテン大王国とカムリ公国の軍隊でさえ兵糧が足りず、現地徴発を繰り返す有様だ。その為、何とか持ちこたえていた農家も難民と化す、最悪の状況を迎えた。

 当然、アルバの対策本部は混乱を極めた。備蓄している食料の把握。そして難民に振り分ける事の出来る数量。悲観的な数値しか出てこない。


 そのカオスと化した大広間に、ダイアナ達が躍り込んだ。


「商業ギルド長 ジミー・マクレガーの名代として、お邪魔いたします。娘のダイアナと申します」

「ダイアナ嬢ちゃんか、久しいの。ギルド長は、どうしたんじゃ?」

「国王陛下に申し上げます。父は商用でブリテン大王国に出張しております」

「フォエフォエ。戦争当事国へ、ようも足を延ばすの。商売も大変じゃ」

 突然王宮に何の用事か、と尋ねるグレアム。豪勢な美女はスカートの裾を抓んで一礼する。

「我がギルドの大型キャラック船、が穀物や食料を満載して、アルバに到着いたします。どうかお役立て頂きますよう、お願いいたします」


 ウオォ……


 大広間がどよめいた。備蓄食料担当の官僚が、半泣きでダイアナへ駆け寄る。彼女の手を取り、額に押し付けた。

「感謝…… 感謝いたします。これで何万人の命が救われることか。『春の飢餓』を回避できる見込みが立ちました!」

「こちらが積み荷の詳細です。さっそく分配の…… あら何よ」

 カトリーナに袖を掴まれた豪勢な美女は、眉を顰める。赤毛の美女は小さな声で耳打ちした。


(船は十艘じゃなかったのか?)

(全部、只であげる訳ないでしょ! 予備よ予備。それから八艘分の代金は例の台座の販売権利という事にしてあげるわ)

(……ガッチリしているな)

 ダイアナは鼻を鳴らすと、官僚に微笑みかけた。


「さぁ、食料分配の方策を検討いたしましょう。命がけで戦禍を逃れて来られた方々を、早急に救済しなければ」

「美しい上に、この度量。正に貴方は聖女様です」

 ダイアナは苦笑いをして、蹲る官僚の手を取った。彼は神の使徒を迎えたような、清らかな表情を浮かべている。周りの官僚も目頭を押さえていた。そんな光景をカトリーナは白い眼で眺める。

「敵に回すと、こんなに恐ろしい女は居ないな。それとも官僚おとこたちが単純バカなのか?」

 肩を竦める彼女を見つけて、ジャガイモ官僚が大声を上げた。


「カトリーナ様! 探しましたぞ。こちらにいらっしゃいましたか!」

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