第23話 どこでもド◯



 翌朝。


 朝食もソコソコに、荷馬車へ移動する二人。クリスは妙に機嫌が良く、カトリーナの態度は普段と変わりが無いが、髪や肌に艶が有り輝いて見える。厩にはそんな二人をジト目で見つめる、ローブの魔術師が待っていた。

「今日は用事が無いのかな。朝から付き合ってくれるの?」

「えぇ。本来であれば昨日の晩に、お話ししておきたかったのですが、お二人がお忙しそうでしたので……」

 恨めし気なイワンの視線を感じ、二人はドギマギとし繋いでいた手を離す。


「こちらをご覧下さい」

 彼は真ん中に穴を開けた、木の台座を取り出した。台座の表面には何やら古代文字で呪文が彫られている。ローブの魔術師は穴に、小石を落とした。通常であれば、すぐ下の地面に落ちる筈の小石が消え、荷台でコトリと音がした。

 あわてて荷台に回り込むカトリーナ。そこには先ほどの小石が転がっていた。

「一体、どうなっているんだ?」

 イワンに勧められ、再度穴に小石を落とす。


 コトリ


 小石は荷台に現れた。二度見する赤髪の美女。ローブの魔術師は肩を竦める。

「人間の排泄物を一定地域に、飛ばす魔道具の試作品です。今は便宜的に着地点を荷台に設定してありますが、昨日カトリーナ様が仰ったのは、こういう事ですよね。しかしこの術式には、幾つも欠点がありまして。とても実用化でき……」

「お前は天才か!」

 イワンの言葉を喰い気味に遮る彼女は、彼の肩をガッシリと掴んだ。そのまま彼を荷台に乗せ、馬を走らせようとする。

「ちょっと、クリス様を忘れていますよ!」

「おぉ、いかんいかん。早く乗れ。飛ばすぞ、振動で舌を噛み切るな!」

『ギャー』


 二人の男性の悲鳴。王族の青年は荷台から、半分落ちながら厩を後にした。静かな王宮で騒がしい一日が、また始まる。


 三人の荷馬車が付いた先は、商業ギルド長を務めるマクレガー家であった。王宮の所有物とはいえ、作業用の荷馬車が豪華なマクレガー家へ横付けされると、違和感が物凄かった。門番に制止されなかったのが奇跡のようなものである。

「カトリーナ様。裏口に回りませんか?」

「時間がもったいない」

 正面玄関のノッカーをガンガンと叩き付けた。


「うるさいわね、戦争でも起きたの? 何よ、『カトリーナとその一行』じゃない。朝っぱらから何の用よ!」

 豪華な二階のバルコニーから、ダイアナが顔を出した。それを見ると赤髪の美女は、木製の台座を振り回し叫んだ。

「これを見てくれ! 世紀の大発明だ!」

 彼女の大声に、屋敷の家人が集まり始める。綺麗に清掃したとはいえ、少し汚穢の臭いの残る荷台。『カトリーナとその一行』の男性陣は、恥ずかしそうに身を小さくして固まっていた。


「折角王族の方に、ご降臨頂き申し訳ございませんが現在、当主は不在ですの」

 豪勢な美女は小首を傾げて、三人を応接室へ通した。マグレガー家の当主である父親は、ブリテン大王国に出張中だという。今にも話しだしそうなカトリーナを、往なして席に座らせる。

「ホラ、これでも飲んで落ち着きなさい」

 ダイアナはメイドが持ってきた茶器から、薫り高い紅茶を注ぐ。


 赤髪の美女は、それを一息で飲むと件の台座の説明を始めた。途中からイワンの首根っこを掴み上げ、小石の実験を実演した。台座の穴を通過した途端、小石は消えた。

「あら、どんな手品? 小石は何処に消えたの」

 カトリーナは彼女の手を掴むと、荷馬車まで引きずって行った。荷台にある小石を見せて、息を荒くする。


「イワン。もう一度、やってくれ」

「何度も言いますが、実用化は難しいです……」

「いいからやれ!」

 ローブの魔術師は渋々、台座に小石を落とす。


 コトン


 ダイアナの目の前で、小石が空間から突然現れた。目を見開く豪勢な美女。

「確かに、珍しい魔道具みたいですけど、これがどうして世紀の大発明なんですの? 小石を飛ばしただけでしょう?」

「これをオマルの代わりに使う。排泄物を一箇所に集めて、堆肥として利用するために」

 ポカンとした表情のダイアナ。彼女は小石を拾い、イワンの持つ台座に投げ入れる。小石は、また荷台でコトリと音を立てた。


「これ、売れるわよ!」


 豪勢な美女は魔術師の胸ぐらを掴み上げる。ジタバタとするイワンは悲鳴をあげた。

「物体の移動には微弱とはいえ、魔力がいるんです! オマルに魔術師が付きっきりになる訳にはいかないでしょう?」


 ボトリ


 ローブから手を離された魔術師は、地面に落とされる。ダイアナはブツブツと独り言ちていた。

「これは絶対、金の成る樹になるんだから…… ちょっと微弱な魔力ってどの位なの?」

 イワンはローブを掴まれ、ガクガクと身体を揺さぶられる。

「台座に書いてある術式で、微弱な魔力を増幅できますから…… 新人の魔術師でも片手間にできるとは思いますが」

「貴方、ちょっとこっちに来なさい」

 興奮した様子の豪華な美女は、哀れな魔術師のローブをガッチリと握りしめた。それを見たカトリーナは、思い出したように彼女に声をかける。


「あぁ、ダイアナ。船を使った穀物輸入の件だが……」

「今、ウチの大型船が十艘、船倉を穀物で一杯にしてアルバに向かっているわ。このオマルが実用化出来たら、それの何倍も食料を運ぶ事ができるわよ。さぁ、忙しくなって来たんだから!」

「あ、あ、引き摺らないでください。クリス様! カトリーナ様ぁ〜!」


 哀れなローブの魔術師はマグレガー家の、奥座敷へと連行された。

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